7 会わない男と会いたい女
忙しくて会えないというのは言いわけだ。
心の底から焦がれるように恋しく思っているならば、たとえどんなに忙しくとも恋人に会う時間は作れるものだ。
恋多いことで知られていた俳優のセリフだが、遼一は多忙を理由に繭子の誘いになかなか応じられずにいた。
愛しているわけでもないはずのリリコとは、このところまた頻繁に会っているのに。
多忙の合間を盗んでまで。
繭子とはまだ付き合っているとまではいえない。
自分に好意を寄せてくれている可愛い女性とは思ってはいても、彼女に会いたくてたまらない、とまではいえなかった。
大阪支社へ日帰り出張の帰りに東京駅で会うことになったのは、どうしても会いたいとせがまれたからだ。
遼一の態度に不満があるのか、会えないぶん気持ちが募っただけなのか、繭子の心は遼一にははかりかねた。
東京駅のステーションホテルにあるラウンジで繭子は待っていた。
リネンのワンピースが涼し気だ。
時間は夕食時だったが、
「お疲れでしょ? 今日はお茶だけで帰ります」
繭子は遼一の顔色を見て気遣った。
「わがまま言ってごめんなさい」
きのうは資料作成に手間どり、終電が終わってからタクシーで帰宅し、今日は今日で新幹線の始発に乗って大阪支社の会議に日帰り出張だ。
自分ではタフなほうだとは思っているが、明日からも予定が立て込んでいた。
さすがに疲れが溜まっている。
帰ったらすぐにシャワーを浴びて、そのままベッドに倒れこみたい、それが本心だった。
「こっちこそ、いつも時間が取れなくて申し訳ない。こんな仕事ばかりの人間、つまらないでしょう?」
遼一は運ばれてきたエスプレッソを一息に飲み干した。
「お忙しいのは仕方ないわ、お仕事なんですもの」
繭子はアイスティーをストローでかき混ぜて言った。
「ずっと会えなくて不安になってしまったの。もう会えないかも、会う気がなくなったのかも、って...」
繭子の瞳がかすかに潤んで見えた。
「不安にさせてしまったのは僕の責任だ、すまなかった」
「いいえあやまらないで。強引よね、私。こんな待ち伏せみたいなことまでして」
「そんなに不安にさせた僕が悪いんですよ」
「私、待っていてもいいんです。ただ、中川さんが私のこと真剣に考えていただいているのか、わからなくて」
遼一は返事に詰まった。
正面きって将来を考えているのかと訊かれても、今はまだ気持ちが定まってはいない。
「私は中川さんと正式に交際したいと思ってます。こういうお話は直接会って話さなくちゃいけないでしょう?」
繭子が続けて言った。
「真剣に考えてくださってるんだったたら、少しくらい会えなくても平気だと思うの」
「正式に、ですか」
「両親にも紹介したいんです」
それはすなわち、遼一の逃げ場はなくなるということだ。
おそらく興信所の身辺調査もされるだろう。リリコとも早目に手を切らなければならる。
「お返事は今すぐじゃなくていいんです。よく考えてからでいいんです。待ちますから、私」
いい話だと誰もが言うだろう。
繭子は女性としても魅力的だと思う。
喜んでいいはずだった。
が、遼一は気が重かった。
今一歩踏み出せないのはなぜなのか、自分でもわからなかった。
繭子とティーラウンジで別れ、遼一はタクシー乗り場に向かった。
遼一がタクシーに乗り込もうとしていると、すれ違いざまに若い
男がクルマから降りてきた。
一瞬だったが、ギターケースを下げた男は見間違えようもない、
尾崎怜だった。
あの横顔だ。
あとから降りてきたのは恋人だろうか。
長身の怜に並んで歩いて行く、二人の後ろ姿がタクシーの窓から見えた。
ふいに、リリコに会いたくなった。




