5 リリコという名の女、あるいは夜の風
尾崎怜。
――かつて愛し合った女の息子。
似通ったその面差しが遼一を動揺させていた。
帰宅した遼一は落ち着かない気分のまま、リリコを部屋に呼び出した。
「癒しの天使リリコが来ましたよ」
連絡をとったのはもう何か月ぶりだろう、遼一の不義理を責めもせず、リリコは会うなり、きのうも会ったような顔でおどけてみせた。
黒目がちの瞳が魅惑的な女だ。
「ずいぶんひどい顔してる...何かあった?」
遼一はあいまいに笑ってみせた。
「ひょっとして恋?」
鼻と鼻をくっつけるようにして、リリコは小鼻をうごめかせ、
遼一の口に軽く唇を重ねてきた。
「恋だって? 俺が?」
「違った?」
「残念。違うな」
遠い日の記憶が呼び戻されたのは事実だったが。
「そうかなあ・・・?」
疑わし気な目で、リリコが遼一を見た。
まるで心のうちを見透かすように目を細める。
「ま、いいわ」
リリコとは体だけの関係だった。
そもそもリリコという名も本名か遼一は知らないし、知る必要もなかった。
「リリコは夜の風、どこにでもいるの」
謎めかして言ったことがあった。
「どこにもいるけど誰にもつかまえられない」
「リリコにはみんなお見通しなんだから」
たしかに。
――1年ほど前、麻布のバーのカウンター席の遼一の隣に移動してくると、
「私、あなたの運命が読めるんだけど、訊きたい?」
遼一の返事を待たずに耳に唇を寄せ、
「あなた、今夜、私を抱くわ」
囁いたのだった。
はじめは商売女かとも思ったが違った。
リリコに金銭をねだられたことはなかった。
相手に何も求めず、求められても、リリコの気が向いた時だけの関係。
リリコから連絡してくることはない。
新しい男が出来ると遼一は着信拒否にされた。薄情な女だ。
ただ体を求めあい、終わればさっさと帰っていく、潔いほどに。
遼一の生活に興味はないらしい、いっさい踏み込んでこない女。
付き合っている女をマンションに招き入れることはない。
唯一の例外がリリコだ。
そんなリリコが遼一にとって今はかえって安らげる存在だった。
「ま、何だっていいわ、話を聞きにきたわけじゃないから、ね」
リリコは喋りながら服を次々に脱ぎ捨て全裸になると、ニッと笑いながら
ベッドに横たわる遼一の上に狂おしく覆いかぶさってきた。
肉欲も過ぎればかえって清々しいほど美しさがあった。




