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3  新たな女と忘れられない女

「付き合わせちゃってごめんなさい」

繭子はオーダーを済ませると遼一に軽く頭を傾げた。

「あやまることじゃないですよ」

「じゃあ、ありがとう、ね」

遼一は午後のカフェのテラス席で繭子と向かい合っていた。

大原繭子とデートするのは二度目だ。

はじめの接待のような食事がデートであったとするならば、だが。


「でも、お休みにこちらの近所まで呼び出したりして...」

繭子の実家、豪邸に違いない、近くの店だった。


こんなふうに休日らしい休日は遼一にとっては久しぶりだった。

土日の休日出勤は珍しくない。

やっと休みをとれたとしても、溜まった洗濯物をクリーニング店に持ち込み、仕上がった品物を受け取ったらコーヒー豆とビールを買って帰るくらいだった。

もっとも、部屋の清掃は仕事の留守中、週に一度、家事代行の業者に任せているので遼一はたいしてやることもない。

付き合っている女がいない時は、ヘアサロンに行くか、気が向けば近くのジムで汗を流すのがせいぜい、それで貴重な休日が終わるのだから同期の小暮の心配もわからなくはない。


繭子の足元にはうずくまった大型犬が、店の常連なのだろう、慣れたようすで大人しく目を閉じている。

飼い主の髪に合わせたように、黒い光沢のある長毛の美しい犬だ。

「この子にも会わせたくて、動物はだいじょうぶ?」

春らしい薄レモン色のワンピースの繭子は肩に緑色のカーディガンを羽織っている。

「好きですよ、飼ったことはないけど」

犬の名前はジュリアだと繭子が紹介した

遼一はネクタイこそしてないが、カジュアルなジャケットとチノパンだ。

仕事柄、様々な場所に出入りして慣れているので、女性好み洒落たカフェだろうが居心地は変わりない。

通りすがりの人からは似合いのカップルの休日デートに見えるだろうか。


「私たち似てると思うの」


運ばれてきたカフェオレに口をつけ、

「そう思いません?」

繭子が遼一をまっすぐに見つめた。

「私、自分が恵まれているのはわかっているんです。

でもそれは私が望んだわけじゃない、そういう家に生まれただけ」

繭子の声には寂しげな響きがあった。

「中川さんだって見た目を自分で選んだわけじゃないでしょ」

「そりゃあ、まあ」

「私、得したことたくさんあった。得したことのほうが多かったかもしれない。

でも、いつもそんなふうに見られて嫌なこともありました。

中川さんも格好いいからって得してきたこと、あったでしょ? 

そのぶん見た目だけで判断されて嫌な思いもしてきたんじゃないかしら? 

違います?」

「まあ、そんなこともあったかもしれません」

遼一は否定はしなかった。

目の前の繭子が優し気な雰囲気に似合わない、率直な性格の女だと思いながら。

「自分で努力して得たわけじゃないけど、捨てることもできない、だったら自由に使いたいと思ったの、だから...だから、人に頼んで中川さんに会えるようにしてもらったんです」

繭子がいたずらっぽく笑った。


繭子が遼一をはじめて見かけたのは大原貴金属のCM撮影のスタジオだった。

クライアントとして立ち会う父にせがみ、ギャラリーとして連れていってもらったのだ。

娘には甘い父親だ。

スタジオにはライトを浴びた人気俳優がいた。

繭子もファンの、女性から絶大な支持をうける中性的な顔立ちの男性だった。

が、繭子はスタジオの奥に立っている男に目を引きつけられた。

それが中川遼一だった。

次のCM撮影では他の代理店が担当したため、あの時の彼に会う機会はなかった。

繭子は忘れられなかった。

そうして。

「中川さんのこと、どんなにすてきだなあって私が思っていても、私が大原の娘でなかったら、会ってもらうチャンスはなかったと思うの、そうでしょ?」

遼一は一瞬返事に困り、冷めたコーヒーに目を落とした。

「...かもしれませんが、今日は会いたいと思ったからですよ」

「本当に? だったら嬉しいわ」

繭子が素直な微笑みを返した。


「私は中川さんのこと、もっと知りたいし、私のことも、本当の私のことも知ってほしいの。だからまた会いたいんです」


もしもこの女を愛することができたなら、

自分も変わっていくことができるのだろうか、

去っていった女のことを忘れて。


去っていった女の――。


ふいに蘇った記憶が、まだその存在が自分の奥深くに深く刻み込まれていることを、甘い痛みとともに、遼一に思い知らせた。


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