28 偽りの未来
「へえ? 結婚すんの?」
リリコは頓狂な声をあげた。
「リリコ、てっきり例のかわいこちゃんと、なのかなと思ってたんだけど?」
今夜のリリコはボルドー色のシックなワンピースだ。
実年齢は不詳だが、落ち着いた大人の女性に見える。
「結婚じゃなくて、前提にした交際だよ」
遼一が訂正した。
「ま、そういうことで、じゃ、乾杯だね」
いつものように勝手に冷蔵庫からビールを2本取り出し、1本を遼一に投げる。
ソファに座り、遼一とリリコはビールで乾杯した。
「『危険な地獄』は怖かった?」
「じゃないけど」
「けど? 幸せじゃない結婚するのね」
「そ」
遼一がタバコに火をつける。
「かわいこちゃんは? どうすんの?」
「どうにもならない」
「って何?」
「やっぱり、無理だった」
「何が?」
「セックス、男とはできなかった、俺」
遼一が言うと、
「やだ」
リリコがビールを吹き出し、笑いながら口を手の甲で拭った。
「そんなことで?」
「そんなこと、って、そこは大事だろ?」
「あんがい真面目なんだ」
リリコがビールを飲み干して言う。
「どっちでもいいじゃない? できてもできなくっても。はじめてだからしょうがないとしても、よ、突っ込んじゃえばいいのよ、いつもみたいに」
今度は遼一がビールを吹き出しそうになる。
「簡単なことじゃない? いつもやってんだから?」
リリコが冷蔵庫を開けて言う。
「簡単に言うなって」
遼一がリリコから新しいビールを受け取る。
「向こうも経験なくてさ、途中で怖がって」
「で、やめちゃった?」
「怖がってるのを無理やりって、さすがに俺もできないだろ」
「わざと怖がらせたんじゃないの?」
リリコがビールを飲みながら遼一を睨んだ。
怜には酷なことをした。
リリコの言うとおり、わざと乱暴に扱い、反応を試したのだ。
本気で身をまかせるつもりなのか、どうか。
怜が望んだように、ひとつになれるのか。
あの時、もっと優しく扱えば、また反応は違っていたかもしれない。
だが、これでよかったとも思う。
互いに気持ちは確認しあった。
それでいい。
それで充分ではないか。
「じゃあ、奥様になる人の決め手は?」
リリコがマイク代わりに缶ビールを向けてきた。
「決め手? 特にないな、なんとなく、流れで」
「流れで、って、失礼な花婿だね」
「失礼は承知だ。愛してもいない女と結婚しようとしてるんだからな」
「本気で女を愛したことなんてあった?」
リリコが疑うように遼一を見た。
「――いたよ、ひとりだけ」
「ははあ、その人のこと、忘れられないんだね」
「ん、まあ、そういうことだろうな」
「罪な女、誰だか知らないけど」
遼一の中に鮮やかな刻印を残して去っていった女、緋沙子。
そして、今また緋沙子の息子、怜を愛している。
愛し合っている。
だから。
誰と結婚しようがどうでもいい。
「それじゃあ、結婚はますます地獄ね」
「いや、俺、今、幸せだから」
遼一が言うと、リリコが怪訝な表情で見つめ返してきた。




