26 男が男を愛するということ
「会いたかった」
怜のマンションに行ったのはリリコに会った翌日だった。
遼一が部屋に入り、靴を脱いでいると、後ろから怜が抱きついてきた。
痛いほどに、強く。
「わかった、わかったから」
絡みついた怜の両手をやさしく振りほどき、向かい合うと首に両手が巻きついてきて、唇を重ねてくる。
貪るような、もどかしく熱いキスだった。
遼一は怜の気の済むように身をまかせていた。
「今日、会える?」
いつものLINEに、
「キミのマンションで8時」
返信したのだった。
部屋に入るのははじめてだ。
ギターやら機材が並ぶ部屋は広くはないが、きれいに整えられ、男のひとり暮らしにしてはすっきりし過ぎている。恋人が掃除したのだなと思った。
怜にひかれるようにして、ふたりはベッドにもつれこんだ。
そして、またキス。
遼一はこたえるようにキスを返した。
キス、キス、そしてキス。
ふたりの息が荒くなった。
「ああ、会いたかった」
ふいに、ごろんと横になった怜が上を向いて笑い声をあげた。
「ずっと、会いたかった、こうしたかったんだ」
横の遼一に満足そうに微笑んでみせた。
甘い蜜を舐めた子猫のように。
怜が遼一の手をさぐり、繋いできた。
指と指を強くからませる、もう二度と離さないとでもいうかのように。
「俺、やっぱり、中川さんのこと、好きだ」
息を弾ませて、怜が言った。
「中川さんは?」
「俺も、好きだよ」
「うん」
「で、キミはどうしたいんだ?」
「どう、って?」
「これで満足? だったら、それでいいんだけど」
「どうしたの、急に?」
怜の声に不安が滲んでいた。
「こうして抱き合ってキスするだけなら、いつでも喜んで受け入れるよ」
「俺、中川さんの全部が欲しい」
「それ、意味わかってる?」
「意味、って?」
怜が半身を起こした。
「男が男を抱くってこと、わかってるの? 経験ある?」
怜が弱々しく首を振った。
「こういうことだよ」
言うと、遼一が怜にのしかかり荒々しくキスしながら、片手で乱暴に怜のベルトを外した。
「できるの?」
ジッパーに手をかけると、怯えた目で怜が遼一を見上げていた。
「できないんだろ? 無理しなくていい」
「でも、俺、やっぱり、中川さんのこと好きで、だから」
「わかってる」
遼一はなだめるように言って、怜の頭をやさしく抱いた。
「ホントは俺も経験ないから」
「そうなの?」
「俺を何だと思ってたわけ?」
「――大人の、男の、ひと」
「そりゃそうなんだけど、男と経験はないよ」
遼一が笑った。
「でも、中川さんとだったら」
「だから、無理するなって。今すごく怖がってただろ」
「はじめて、だから」
「うん」
「俺、中川さんの全部が欲しいって言ったの、本気だよ。俺の全部、中川さんに愛されたい、ひとつになりたい」
感情が高ぶって、怜が鼻声になった。
「気持ちはわかってるから」
遼一が怜の頭を撫でて言った。
皺になったスーツを脱ぎ捨て、床に落とし、ネクタイも外した。
「おいで」
抱き寄せると、怜は遼一のシャツの胸に顔をうずめた。
「俺は、俺たちは、たぶん、ここまでだ」
「いやだ」
怜がむかずるように言った。
「抱きしめて」
遼一は無言で怜を抱きしめた。
怜も無言で抱きかえしてきた。
ふたりはそうして、言葉もなくただ静かに抱き合っていた。
やはり、そうだった。
遼一は怜を抱くことができなかった。
怜も遼一に抱かれることができなかった。
そういうことだ。
今日はそのことを確かめたかった。
最後まで行くのなら、それはそれでもいいと思っていた。
どんなに心が惹かれあっていても、ひとつにはなれない。
繭子と結婚しよう、と遼一は思った。
遼一は『平凡な地獄』を選ぼうとしていた。




