22 傾斜していく心、その行先
結局、ふたりはクラシック喫茶で夜を過ごした。
明け方、遼一は腕の中でまだ眠り足りなさそうな顔をしている怜を起こし、代々木公園そばの怜のマンションまでタクシーで送り届けた。
部屋の鍵を開けながら、
「コーヒー、飲んでいけば?」
怜に誘われたが、遼一は断った。
「また今度、な」
「今度って、いつよ?」
「まだわからない、それは」
「それだもんな」
ドアノブに手をかけたままの怜が上目づかいで軽く睨んだ。
「いいよ、俺、ちょっと寝るから、中川さんの夢見て寝るよ」
そう言いながら、怜がドア越しに遼一の唇にキスした。
「じゃあね」
言葉とともにドアが閉まった。
遼一は待たせてあったタクシーで帰宅した。
喫茶店で少しは仮眠がとれたものの、部屋に戻って出社の支度をしなくてはならなかった。
今日は朝から営業部の全体会議がある。
時計は6時を過ぎていた。
熱いシャワーを浴び、裸にタオルを巻いた格好のままでコーヒーを淹れた。
徹夜明けのような気怠さだ。
濃いコーヒーを、キッチンに立って飲みながら昨夜のことを思い返している。
「これまでずっと遠かった」
怜が言っていた。
それは遼一も同じだ。
事故に遭ったことを知っても、見舞いにもいけない、もどかしさ。
物理的な距離だけではない、気持ちの距離も遠かった。
だとしても、きのう、気持ちが寄り添ったとまでは言えないだろう。
遼一にとって怜は難問だらけの宿題のようなものだ。
きのうはただ強く抱きしめてやるだけで怜は満足なようすだったが。
ふたりは、やさしく抱き合って眠っていた。
だけれど、この先は――。
この先が、ふたりに先があるのか。
遼一は男で、女と寝る男だ。
怜も男で、女と寝る男だ。
怜が遼一に何を望んでいるのかわからない。
どこまで本気なのかさえ。
好きだという気持ちは一時的な怜の気の迷いで、恋人のもとに戻っていくこともあり得る。
ただ、自分の気持ちが怜にさらに傾斜していくのを遼一が感じているのも事実だった。
遼一は気持ちを切り替えた。
今日は、朝から会議、昼は繭子とランチデートの約束、午後からも仕事が立て込んでいる。
「涼しくなったら外で食べましょうよ。私、お弁当作ってくるわ」
楽しげに繭子が言っていた。
「卵焼きは甘いのと出汁巻き、どっちが好き?」
会社の屋上はテラスガーデンになっていて、気候のいい時期、社員はそこで休憩したり、昼食をとったりしている。
繭子との関係は現状維持が続いている。遼一のなかでは発展も後退もない。
惰性に似ていた。
遼一の提案で、週に一度、会社の近くでランチデートを続けていた。
そのほうが夜のデートより気楽で、時間も比較的とりやすい、昼休みも時間が決まっているため、1時間以内で切り上げられる。ランチならば話題もたわいもないもので済んだ。
夜のデートとなれば、話題が重くなりそうで、気が進まなかった。
繭子との結婚――。
遼一はまだ実感がなかった。が、正式な付き合いをするかどうか回答の期限は迫っている。
『平凡な地獄』
リリコが遼一の結婚をそう占っていたが。
おそらくそうなのだろうと思う。
繭子は悪気のない、毒もない、穏やかで、おそらく家庭的な女性だ。
一方で、
『危険な地獄』
怜との関係はそうも言っていた。
怜との関係――。
怜は遼一に惹かれている。
それはリリコの言うように、恋と呼べるものなのか。
母親と同じように、彼自身は無自覚なまま、遼一に惹かれているのか。
そうして、怜は遼一をどこに連れて行こうとしているのだろう。
怜の連れて行こうとしてる場所を見てみたい気もする、それが地獄であっても。
「どちらか選ぶ覚悟はあるの?」
リリコが問いかけている気がした。




