21 ずるい涙
涙はずるい。
怜はただ静かに涙を流している。
遼一はハンカチで押さえてやりながら、怜の突然の涙に困惑していた。
「ごめん、止まらないんだ、なんで泣いてんのかな」
怜が鼻をぐずつかせながら言う。
「おかしいよね、俺」
怜は無理に笑おうとした。
笑おうとして、またすぐに泣き顔になる。
「変だな、変だよな」
怜がつぶやく。
怜の乱れた息遣いが早かった。
過呼吸になりかけている。気づいた遼一は、あたりを見回した。
路地の先に古い名曲喫茶があるので、遼一はギターケースを受け取り、涙の止まらない怜の肩を支えながらひとまず店に入ることにした。
「あちらの席へどうぞ」
壁には『私語はお控えください』の張り紙が目立つ場所に貼ってある。
客の話し声も聞こえず、店内にはクラシック音楽が流れていた。
薄暗いコーナー、ジャガード織のボックス席に怜を座らせる。
泣き疲れた様子で、怜はソファにおとなしくもたれた。
アイスコーヒーを2杯オーダーし、運ばれてきた水を口にすると、怜はやっと落ち着きを取り戻した。
「ごめん」
低い声で言う。
「驚いた」
遼一が小声で返す。
隣に来るよう、その方が話しやすいからか、怜が目で誘った。
「ごめん」
遼一が隣に行くと、怜が繰り返した。
「俺はいいんだけど、だいじょうぶ? もう落ち着いた?」
「泣くつもりじゃなかったのにな」
怜がまた涙ぐみそうになる。
コーヒーを運んできた制服姿のウエイターがふたりを一瞥し、何か言いたげに去っていった。
「迷惑だったよね?」
顔を寄せ合うようにして怜が言う。
「そうじゃない、ちょっと驚いたけどね」
「肩、借りていい?」
「え、ああ、いいよ」
遼一が言うと、肩に頭をもたせてきた。
静かに、じっと目を閉じている。
「近くに、いる...」
「隣にいるでしょ」
「そういうことじゃなくて」
むずかるように怜が言った。
「これまで、ずっと遠かった」
再び目を閉じ、
「遠かったから。でも、今は近くにいるのがわかる」
怜がつぶやいた。
「...音、中川さんの心臓の音、聞こえる」
「え、本当に?」
「ホントに」
言われて、遼一の鼓動が早くなる。
「抱きしめてくれる? ...ごめん、わがまま言って」
怜が小声で言った。
「いいけど。...こう?」
諒は怜を抱き起すように背中に手を回し、両腕で怜を包み込む。
「もっと、ぎゅっと」
言われ、腕に力を込める。
「ああ、俺、包まれてるんだね今。ライナスの毛布みたいだ」
やっと安心したように、怜が、ほうっと、ため息をついた。
「ライナスの毛布とは、光栄だな」
「だって安心なんだよ、守られてるんだな、って」
怜は体を遼一に預け、穏やかな表情で目をつむっていた。
「ずっとこうしててくれる?」
「いいよ、キミの気がすむまで」
「ずうっとこうして、ふたりっきり、で、いたい」
つぶやくと、怜は遼一の腕の中で小さな寝息をたてはじめた。
ピアノ曲の『月光』が静かに流れている。




