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2  7年後  時の過ぎゆくままに

「よ、中川、ここ、いいか」

遼一が社内のカフェテリアで遅い昼食をとっていると同期の小暮がテーブルの向かいに座った。

「おう、久しぶり、だよな?」

「きのうまで海外出張、一週間、アフリカ」

小暮が愛妻弁当を広げながら言った。

「お疲れ」

「ほんと、今回はハードだったわ」

小暮は大仰にぐったりしたポーズをとってみせた。

弁当は鶏肉料理にブロッコリーとミニトマトが添えらえている。

小暮の健康診断の結果を見て以来、妻がうるさいのだと小暮は愚痴るが、広告業界は結局のところ体力勝負だ。

「ところで、例の噂、マジかよ」

「噂、って?」

「とぼけんなって」

小暮が声をひそめ、

「例の、お嬢様、と付き合ってんのか?」

「ああ、あれか、付き合ってはいないよ」

「そうか? 女子社員の間では付き合ってるって話だけどな、うちの女子のリサーチ能力はあなどれないからな」

疑り深そうな目で小暮が遼一の顔を覗き込んだ。

「ま、食事はしたよ、一回」

「ほら、そういうのは付き合ってるっていうんじゃないか?」

小暮が身を乗り出して言った。

「お嬢様、噂だと、かなり本気モードって話だけど? うらやましい話じゃないか」

「あちらさんは大事なクライアント側だし、食事くらい断れないだろ? 

しかも、前回のプレゼンで負けてて、次回は落とせないんだし」

遼一が答えた。

「そりゃ、ま、仕事熱心な中川らしいことで」

小暮が皮肉で返す。

「あとな、小暮、女子社員じゃなくて、女性社員、な? 女の子呼びもアウトだからな」

遼一が真顔で返した。

「はいはい、コンプラの基本ね、さすがはフェミニストだよ」


「まだ身を固める気はないのか? いい加減、女遊びは...」

「してないって」

遼一が先回りして小暮の言葉を遮った。

「俺は女性みんなに優しいの、遊びとかじゃないから」

「ほら出た、そういうお前の、みんなに優しい、が怖いのよ、自覚してないだろ」

「俺をなんだと思ってんだよ」

遼一が片眉を上げ怒った顔をつくった。

「女に恨まれるとこわいぞ、っておまえさんに言うまでもないか」

小暮がまずそうにブロッコリーを口に放り込んだ。

「けど、まあ例のご令嬢、ちょっと考えてみてもいいんじゃないか? おまえと俺と同い年だろ、いつまでも若くはないんだぜ」

新入社員の頃から小暮は世話焼きだった。

「悪い話じゃないと思うけどな。...じゃ、お先」

遼一の肩を軽く叩いて、小暮はそそくさと午後の業務に戻っていった。


たしかに小暮の言うとおりかもしれない。


上場企業の副社長の娘が好意を寄せてくれているのは事実だった。

取り持ってくれた上司の顔を立てる意味もあり、一度食事に行ったのだが、会った印象も悪くはなかった。

「なぜ僕を誘ってくださったんですか?」

遼一の問いに、

「中川さんこそどうして食事に付き合ってくださったの?」

彼女は白い歯を見せた。

「すてきな男性だから、それだけじゃいけません?」

「ストレートですね」

「だって、そうでしょう? お仕事ができる方だとうかがってますし、スタジオでお見かけして、ああ、この人、すてきだな、って思ったんです。

でも中川さんがどんな方かはわからない、私たちまだ付き合ってもいないんですもの」

その通りだった。

「中川さんこそ私が取引先の娘だから会ってくださったんでしょう? それなら、これからゆっくりお互いのこと知り合っていけばいいんじゃないかしら?」

デザートが終わると、唇の端をナプキンで押さえながら、

「次はいつお会いできますか?」

彼女は純真な笑顔で訊いてきた。


それなのに、遼一はどこか前向きになれずにいた。

家庭を持つための何かが欠けているのかもしれない。

遼一自身、これまで女とは遊びで付き合ってきたつもりはなかった。

遼一なりに本気で付き合ってきたつもりだ。

愛せるものなら愛したいと思った。

ただ、それができなかっただけだ。

――ひとり、緋沙子を除いては。

緋沙子に出会う前、社内の後輩と付き合ったこともあった。しかし遼一の知らないところで結婚前提の交際という話になっていて、まったくその気のなかった遼一との間でトラブルとなった。その後始末をしてくれたのが小暮だった。

以来、社内恋愛には懲りていた。

緋沙子と別れてからは遼一が付き合うのは、スタイリストやモデルなど自立していて、仕事もそれなりに忙しい女に決めていた。

そのはずだったが、女たちは付き合い始めてしばらくすると結婚をほのめかすようになった。

そんな関係に振り回されるのが煩わしく、結果的にいつも長続きはしなかった。

なにより仕事が忙しかった、というのは単なる言いわけか。


あれから――。

緋沙子が遼一の前から去って、もうじき7年が経とうとしていた。

濃密な甘い蜜のような3年間の記憶を遼一の中に置き去りにしたまま、その後の苦い7年。

忘れられない女を忘れようとするかのように仕事に没頭したのは、忙しくしている方が気が楽だったからだ。

仕事が好きで熱心だったのとは少しばかり違ったが、会社での評価は上がった。

暇が出来れば空白を塗りつぶすかのように女たちと付き合ってきた。

徒労だったのかもしれない。

それでも満たされない、存在の空白が遼一の中にあった。

もう二度と満たされることはないのだろう空白。


そうして、遼一は36歳になっていた。


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