11 ふたりの男が再び出会う時
遼一が本社のエレベーターホールで待っていると、見覚えのあるギターケースを下げた男が近づいてきて、遼一の横に並んだ。
一瞬、戦慄に似た衝撃が走った。
Tシャツにラフなジーンズ姿の、尾崎怜だった。
伸びた髪の毛の先が肩にかかっている。
自然体でただ立っているだけなのに、やはり人目をひく容姿だ。
ギターを抱えてステージに立ったらさぞ見栄えがすることだろう。
長身の遼一よりもさらに数センチばかり高い。
この男に出会ってから、その存在に遼一は勝手に振り回されている。
リリコには呆れられ、繭子を不安がらせ待たせて。
それもこれも、怜に出会ったばかりに。
心を乱されるほどの何をこの男に感じているのだろうか。
思わず身構えたが、自分でも意外に冷静でいられた。
ここはオフィスなのだと思いなおし、なんとか自制できた。
「先日はお世話になりました」
息を整え、先に遼一が声をかけた。
怜はわずかに驚いた表情を振り向け、
「あ、レコーディングの時、の」
遼一の顔を見た。
「こっちこそ、ありがとうございました」
怜が軽く頭を下げた。
退勤にはまだ早いホールに人気はまばらだった。
こんな時にかぎって、間が悪いことに8基あるエレベーターはいずれも上層階からなかなか降りてこない。
「今日は仕事で?」
遼一が怜のギターに目をやって言った。
「ええ、打ち合わせで」
どんな内容の仕事かは聞かずにおいた。
広告屋のマナーとして。
「ここに弾きに?」
遼一が訊くと、
「じゃないです、けど。打ち合わせが終わったらスタジオで自主練です」
「熱心なんだ」
「弾いてないと俺、じゃない、僕、すぐ指がなまっちゃうんで」
怜が空いた左手でコードを押さえるしぐさをする。
長い指だが、それなりに筋肉のついたきれいな手だ。
事実、自宅マンションで弾き、レンタルスタジオで弾き、怜は仕事が入ってない時間はギターを弾いて過ごしていた。
他のことをしろといわれたとしてもギター以外に思いつかなかった。
女はいないならそれでもよかったが、ギターは弾いていないと自分でいられない。
「中川さん、僕とほかにどこかで会いました?」
周囲を気にしてか、怜が声をひそめて訊いてきた。
「いえ、先日がはじめてです」
遼一が答えるのに、怜は思い迷うような視線を返した。
「そう...ですか」
やっと来たエレベーターに乗り込み、遼一は自分の部署のあるフロアに着くと、
「じゃあ、僕はここで」
「ええ、また」
互いに目礼を交わし、怜はそのまま上階の会議室フロアに上がっていった。
エレベーターのドアが閉まる瞬間、怜の目は遼一の後ろ姿を追っていた。
飲み会の時のあの意味ありげなまなざしは何だったのか、単に考えすぎだったのか。
遼一のやや距離のある態度がなぜか怜を不安にさせていた。
怜はエレベーターの冷たい壁にもたれかかった。
「お疲れ」
声をかけてきた上司の野々村に遼一は黙って会釈を返した。
いっきに疲れが押し寄せてきた。
デスクにカバンを置き、脱いだ上着を椅子に掛ける。
気がつけばひりつくほど喉が渇いていた。
セルフのドリンクコーナーのサーバーでアイスコーヒーを注いだ。
コーヒーを飲み干しても動悸がおさまらない。
動揺に気づかれたのではないか。
自然にふるまったつもりだが、CMの評判だとか、また機会があれば仕事をごいっしょに、だとか、もっとそれらしく話しかけたほうがよかっただろうか。
自問して悩ましい気持ちになった。
つかの間の思いがけない再会に自分を見失っていた。
人生が台本のない芝居だとしても、唐突すぎるだろう。
この中川遼一が、このていたらくとは。
まったくどうかしている。
「らしくないよね」
リリコの笑い声が聞こえた気がした。




