表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

11  ふたりの男が再び出会う時

遼一が本社のエレベーターホールで待っていると、見覚えのあるギターケースを下げた男が近づいてきて、遼一の横に並んだ。


一瞬、戦慄に似た衝撃が走った。


Tシャツにラフなジーンズ姿の、尾崎怜だった。

伸びた髪の毛の先が肩にかかっている。

自然体でただ立っているだけなのに、やはり人目をひく容姿だ。

ギターを抱えてステージに立ったらさぞ見栄えがすることだろう。

長身の遼一よりもさらに数センチばかり高い。


この男に出会ってから、その存在に遼一は勝手に振り回されている。


リリコには呆れられ、繭子を不安がらせ待たせて。

それもこれも、怜に出会ったばかりに。

心を乱されるほどの何をこの男に感じているのだろうか。


思わず身構えたが、自分でも意外に冷静でいられた。

ここはオフィスなのだと思いなおし、なんとか自制できた。


「先日はお世話になりました」

息を整え、先に遼一が声をかけた。

怜はわずかに驚いた表情を振り向け、

「あ、レコーディングの時、の」

遼一の顔を見た。

「こっちこそ、ありがとうございました」

怜が軽く頭を下げた。


退勤にはまだ早いホールに人気はまばらだった。


こんな時にかぎって、間が悪いことに8基あるエレベーターはいずれも上層階からなかなか降りてこない。

「今日は仕事で?」

遼一が怜のギターに目をやって言った。

「ええ、打ち合わせで」

どんな内容の仕事かは聞かずにおいた。

広告屋のマナーとして。

「ここに弾きに?」

遼一が訊くと、

「じゃないです、けど。打ち合わせが終わったらスタジオで自主練です」

「熱心なんだ」

「弾いてないと俺、じゃない、僕、すぐ指がなまっちゃうんで」

怜が空いた左手でコードを押さえるしぐさをする。

長い指だが、それなりに筋肉のついたきれいな手だ。


事実、自宅マンションで弾き、レンタルスタジオで弾き、怜は仕事が入ってない時間はギターを弾いて過ごしていた。

他のことをしろといわれたとしてもギター以外に思いつかなかった。

女はいないならそれでもよかったが、ギターは弾いていないと自分でいられない。


「中川さん、僕とほかにどこかで会いました?」

周囲を気にしてか、怜が声をひそめて訊いてきた。

「いえ、先日がはじめてです」

遼一が答えるのに、怜は思い迷うような視線を返した。

「そう...ですか」


やっと来たエレベーターに乗り込み、遼一は自分の部署のあるフロアに着くと、

「じゃあ、僕はここで」

「ええ、また」

互いに目礼を交わし、怜はそのまま上階の会議室フロアに上がっていった。


エレベーターのドアが閉まる瞬間、怜の目は遼一の後ろ姿を追っていた。

飲み会の時のあの意味ありげなまなざしは何だったのか、単に考えすぎだったのか。

遼一のやや距離のある態度がなぜか怜を不安にさせていた。

怜はエレベーターの冷たい壁にもたれかかった。


「お疲れ」

声をかけてきた上司の野々村に遼一は黙って会釈を返した。

いっきに疲れが押し寄せてきた。

デスクにカバンを置き、脱いだ上着を椅子に掛ける。

気がつけばひりつくほど喉が渇いていた。

セルフのドリンクコーナーのサーバーでアイスコーヒーを注いだ。

コーヒーを飲み干しても動悸がおさまらない。

動揺に気づかれたのではないか。

自然にふるまったつもりだが、CMの評判だとか、また機会があれば仕事をごいっしょに、だとか、もっとそれらしく話しかけたほうがよかっただろうか。

自問して悩ましい気持ちになった。

つかの間の思いがけない再会に自分を見失っていた。

人生が台本のない芝居だとしても、唐突すぎるだろう。

この中川遼一が、このていたらくとは。

まったくどうかしている。


「らしくないよね」

リリコの笑い声が聞こえた気がした。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ