10 苦しい嘘
スマホが電話の着信を知らせている。
遼一はベッドの上で体をひねると手を伸ばし、床に置いたスマホを拾い上げた。
繭子からだった。
数秒して留守番の応答に切り替わった。
「出なくていいの?」
全裸のリリコが遼一の裸の肩に顎をのせた。
ちょうどベッドにもつれこんだタイミングだった。
「大事な会議中だから」
白けた表情で遼一がタバコをくわえた。
長年禁煙してきたのに、自宅ではまた吸うようになっていた。
「...中、ね」
「なんだよ?」
「出た方がいい電話、だよね」
眉根を寄せる。
「リリコ、悪い予感するんだけどな」
ふだんなら誰から着信があろうと気にもとめないリリコだったが。
まして詮索などしようともしない。
正式な交際を求められてから、多忙を口実に遼一は繭子を避けていた。
あとで、仕事中で出られなかったとでもLINEを返しておけばいい。
いつまでもはぐらかしておけるものではない、それはわかっている。
曖昧な状況がいつまで続くのか、自分でもわからなかった。
頻繁にリリコと会うようになったのは、
繭子に不実な態度をとっているのは、
禁煙していたタバコを吸うようになったのは、
何もかも尾崎怜に会ってからだ。
怜が何をしたわけではない。
ただ、遼一の目の前に現れた、ただそれだけのことなのに。
「恋の相手から、じゃないね」
わけしり顔でリリコが言った。
「難しい顔してたもの」
「まあ、難しいお得意さまかもな」
「あ、そ」
リリコはあっさり引き下がり、苦そうにタバコを吸う遼一の横顔を眺める。
間接照明の部屋に煙がゆらゆらと漂っていた。
「結婚しようか、俺たち」
タバコをビールの空き缶に捨て、遼一がふと口にした。
「おやおや、自棄ですか」
リリコが呆れたように笑った。
「俺じゃダメ?」
「だって、リリコは誰のものでもないんだもの」
「あ、振られた」
遼一が自嘲した。
本気で言ったわけでは、もちろん、なかった。
それはリリコも承知だ。
遼一は深いため息をもらした。
「どうかしてるな、俺」
まったくどうかしていた。
怜に会ってから、遼一の中で何かが崩れかけていた。
水槽の水にこぼれた黒いインクが滲んで広がっていくように、不穏なものが遼一の中に渦巻いている。
「今日はもうそんな気分じゃない、よね?」
返事も聞かずに、リリコはさっさと着替え始めた。
遼一は無言で仰向けになって天井を見上げた。
「自分に嘘をつくのがいちばん苦しいんだよ」
去り際にそんな言葉を残し、リリコが部屋を出ていく気配がした。




