表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何も起きない異世界召喚 僕のスキルは、意味不明だった  作者: 一月三日 五郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

第九話 何もない日、

 天井の隙間から、淡い明るさが落ちていた。

 地面から伝わる冷気に、体が自然と縮こまる。


 体を起こそうとして、息を止めた。

 腕も背中も脚も、動かすたびに鈍い痛みが走る。

 前日に、慣れない仕事をしたせいだ。


 すぐには起き上がれず、そのまま横になる。

 体が、思うように動かなかった。


 目を覚ましたのは薪小屋だった。

 屋根と、風を防ぐための壁があるだけの簡素な建物。


 それでも、借りられただけ運がよかった。

 ここは、与えられた場所ではない。


 腹の奥が、空っぽだと分かる。


 昨夜、食事はもらっている。

 だが、腹が落ち着くほどではなかった。


 顔に当たる光が強い。

 屋根の隙間から差し込む日差しが、白く目に刺さる。


 体を起こし、外を見る。


 太陽は、すでにてっぺんに上りかけていた。


 一瞬、頭が真っ白になる。

 朝ではない。

 昼に、近い。


 やってしまった、と思うより先に、喉が渇いた。


 この時間まで寝ていれば、食事はもう終わっているはずだ。

 次があるかどうかは分からない。

 今日で終わる可能性も、頭をよぎる。


 慌てて身を起こそうとして、また息を止める。

 体が、思ったより重い。


 起こしに来なかったことが、遅れて引っかかる。

 忘れられていたのか。

 

 周囲に、音がない。

 この時間にしては、静かすぎる。


 井戸へ向かう。

 人影は見えなかった。


 水を汲む。

 桶に落ちる音が、やけに大きく響く。


 顔を洗い、携帯食を口に入れる。

 前にもらったものが、まだ残っていた。


 あの時とは、感じ方が違う。


 空腹は、少しだけ紛れた。


 もう一度、耳を澄ます。

 やはり、誰の気配もない。


 全員、外出しているだけだろうか。


 そういう日も、あるのかもしれない。

 それ以上は考えないことにした。


 薪小屋へ戻り、木くずを掃いた。

 薪を並べ直す。

 向きをそろえ、隙間を詰める。


 気づくと、同じところを何度も触っている。

 手を止める理由が、見つからなかった。


 これからどうするのか。

 いつまで、ここに居させてもらえるのか。


 答えは出ない。


 時間だけが、置き去りにされていくように感じた。


 体も足も痛む。

 それでも、じっとしていられなかった。


 孤児院の周囲を歩く。


 奥の部屋の窓が、目に入った。

 風は入っていない。

 ただ、開け放たれている。


 近づいて、足を止める。

 中の気配はない。


 窓の前まで行って、やめた。

 勝手に覗くのは、違う。


 受け入れられたわけではない。

 勝手な振る舞いをすれば、それだけで立場を失う。


 そう自分に言い聞かせ、遠回りする。

 正面の入口へ向かうために、建物をぐるりと回った。


 歩きながら、足が重いことに気づく。

 初めてここを訪れたときよりも、はっきりと重い。

 疲れのせいだけではない。

 胸の奥に溜まったものが、足に伝わっているようだった。


 入口の前で立ち止まる。

 扉は閉まっている。

 中から音はしない。


 ノックする。


 返事はない。


 もう一度、少しだけ間を置いてノックする。

 やはり、反応はなかった。


 嫌な沈黙が続く。

 ここまで来て引き返す理由も、もう見つからない。


 取っ手に手をかける。

 冷たい金属の感触が、指先に伝わる。


 ゆっくりと力を入れる。


 扉は、抵抗なく開いた。


「すみません。寝床をお借りしている者ですが……誰かいませんか」


 声は、思ったよりも静かに響いた。

 だが、それだけだった。

 返ってくる声はない。


 一歩、中へ入る。

 鍵は、かかっていなかった。


 炊事場を覗く。

 鍋も包丁も、使われたあとに戻されたように置かれている。

 だが、火を使った形跡はない。

 朝の支度が始まる前で、止まっている。


 食堂へ進む。

 机と椅子は大きく乱れてはいない。

 食べ残しもないが、丁寧に片付けられた様子とも違う。

 人が腰を上げたあとの気配だけが、曖昧に残っている。


 子供部屋。

 玩具や毛布がいくらか散らかっている。

 だが、それは慌てて投げ出されたものではない。

 いつも通りに使われ、

 いつも通りに置かれたままのように見えた。


 どの部屋にも、人の気配はない。

 声も、足音も、息遣いも。


 残っているのは、ひとつだけだった。


 孤児院の、一番奥の部屋。


 そこへ続く廊下を進むにつれ、空気が少し重くなる。

 理由は分からない。

 ただ、足を進めるたびに、胸の奥がざわついた。


 扉の前で立ち止まる。


 ここは、まだ確認していない。


 理由は分からない。

 だが、この扉の向こうには、見なくていいものがある気がした。


 そんなものは、思い込みだ。

 そう自分に言い聞かせる。


 何かあったのなら、確かめるしかない。


 見ないまま引き返す気には、なれなかった。


 扉の前に立つ。

 木目は古く、取っ手の金属はくすんでいる。

 触れれば、冷たいだろうと思った。


 すぐには手を伸ばさず、耳を澄ます。

 向こうから、音はしない。

 息遣いも、衣擦れも、何も聞こえない。


 短く、ノックする。


 反応はない。


 もう一度ノックする理由を探すが、

 どちらにしても、返事がないことは変わらない気がした。


 誰もいなかった。


 そう思って、背を向けることもできる。


 だが、それでは足りない。

 自分が納得できない。


 取っ手に手をかける。

 指先に、ひやりとした感触が伝わる。


 一度、力を抜く。

 呼吸を整えようとして、うまくいかない。


 扉は、閉まっているだけだ。

 鍵がかかっている様子はない。

 これまで見てきた部屋と、何も違わない。


 そう思いながら、ゆっくりと押す。


 その瞬間、

 ごつり

 と鈍い音がして、扉が途中で止まった。


 思ったよりも、はっきりとした手応えだった。


 扉の向こうに、何かがある。


 閉まっているのではない。

 塞がれている。


 もう一度、押してみる。

 だが、動かない。


 扉と一緒に、胸の奥まで詰まったような感覚が広がる。

 何かが、内側から扉を塞いでいる。


 嫌な汗が、背中を伝った。


 力を込めても、びくともしない。

 壊すわけにもいかず、裏手へ回った。


 開いたままの窓から、中を覗く。


 本棚が、扉の前に倒れている。

 書類が床に散乱していた。


 床の一部が、黒ずんで見える。


 一瞬、目を疑う。


 はっきりとは見えない。

 ただ、床の色が変わっているのは分かった。


 静けさが、長く続いているように感じた。


 どれくらい立っていたのか、分からない。

 息をする音だけが、やけに大きく聞こえる。


 目を離せば、何かが変わってしまいそうで、

 それでも、視線を定めることができなかった。


 ここでできることは、もうない。

 そう頭では分かっているのに、

 足だけが、動こうとしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ