番外編 灰の中から繋がった因果
「おい……大丈夫か」
声をかけたのは、倒れた拍子に咳き込んでいる女だった。
煤で真っ黒になった顔に、涙と鼻水が混じっている。
「……あんた……」
何か言おうとして、言葉にならない。
女はただ、震える手で地面を掴んでいた。
「もう大丈夫だ。
ほら、帰ろう」
そう言って肩を貸すと、女は堰を切ったように泣き出した。
「ううっ……ううう……!」
声を殺そうとしているのが、逆に痛々しかった。
――助かった。
その事実が、ようやく実感として胸に落ちてくる。
生まれ育った孤児院の仲間たちを救い出せたのは、
あの最悪の日から、ひと月ほどが経った頃だった。
火事のあった孤児院の跡地は、
今も黒く焼け焦げたまま、封鎖されている。
だが、建物が燃え落ちた代わりに、
街の奥に隠れていたものが、次々と表に引きずり出された。
領主と人身売買組織の癒着。
禁制魔道具の横流し。
名簿に載らない子どもたちの“移送”。
どれも、火事がなければ、
いや――
火事で証拠を燃やそうとしなければ、
もっと長く闇に沈んでいた話だ。
皮肉なものだ。
俺が上司に「孤児院の人間が丸ごと消えた」と失踪の連絡を入れ、
その直後に火事の報せが飛び込んできた。
「偶然」にしては出来すぎていた。
俺が躍起になって調べた、というのもある。
火事のあと、
どうにも胸の奥に引っかかるものがあって、
過去の通報記録を少し洗った。
ほんの、少しのつもりだった。
だが出てくる、出てくる。
行方不明。
未解決。
記録なし。
途中で打ち切り。
しかも、そのどれもが、
不自然なほど、きれいに消されている。
紙は残っているのに、
担当者の名前がない。
処理の印がない。
結論の欄だけが、空白のまま。
今まで、
よく隠し通せていたものだと、
正直、感心するくらいだった。
いや――
隠し通せていた、というより。
誰も、本気で掘り返そうとしなかっただけか。
今回の事件が、
最後の一押しになったのだろう。
堰を切ったように、
一気に流れが変わった。
証言が、証言を呼び、
今まで口を閉ざしていた連中が、
次々と名乗り出る。
「あの時も、おかしいと思っていた」
「言えば消されると、分かっていた」
「関わりたくなかった」
そんな言葉が、
遅すぎるくらいに、あふれ出した。
そして、
どの話を辿っても、
必ず同じ名前に行き着く。
領主だ。
最初は、遠回しだった。
次第に、はっきりし始め、
最後は隠す気もなくなった。
領主の名前が、
あちこちから顔を出す。
転落劇は、街じゃ喜劇として消費されているらしい。
酒場では、あいつの失脚を肴に、笑い声が上がっている。
……笑えねえよ。
だが、助かった連中の顔を見たら、
そんな感情も、どこかへ引っ込んでしまった。
きっかけは、あの少年だった。
孤児院の人間が消えたと、
門の前まで転がり込んできた、あの少年。
隣国から、捨てられるみたいに送り出されてきた。
「訳アリだ」とだけ聞かされていた。
だから、少し気にかけて、
とりあえず泊まれる場所を紹介した。
――それだけのことだ。
まさか、
それがここまでのことになるなんて、
夢にも思わなかった。
あの事件のあと、
上司に一通り報告して、
門に戻ったときには、もう少年はいなかった。
孤児院に向かったのかと思ったが、
そこにも見当たらなかった。
街の連中に聞いても、
「見てない」「知らない」の一色だ。
そのまま街を出たのかもしれない。
隣国へ戻ったのか。
それとも――。
考えても、答えは出ない。
もし、もう一度会えるなら、
礼の一つも言いたいとは思う。
名前も、素性も知らない。
だが、恩人であることだけは、間違いない。
あいつがこの街にいたのは、
たった三日にも満たない。
それでも――
その短い時間が、
俺たちの止まっていた運命を、
根こそぎ動かした。
灰の中から、
確かに因果は繋がったんだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
本編では描けなかった出来事を、
番外編という形でそっと補足しました。
何が起きて、何が起きなかったのか。
どう受け取るかは、読んだ方それぞれに
委ねたいと思います。
またどこかで、お会いできたら幸いです。




