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何も起きない異世界召喚 僕のスキルは、意味不明だった  作者: 一月三日 五郎


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第十二話 何も起きない異世界召喚

 机の上には、古い文献が積み上げられている。


 紙は黄ばみ、端は擦り切れ、

 何度も開かれた跡が、そのまま癖になって残っていた。

 書かれている文字も、

 今の書式とは微妙に異なり、

 一文を追うだけでも、自然と時間がかかる。


 一冊読み終えては、脇へ置く。

 別の一冊を手に取り、また頁を繰る。

 その繰り返しが、いつから続いているのかは、

 もう正確には思い出せない。


 実例は少ない。

 記述は断片的で、

 時代も、筆者の立場も、ばらばらだった。


 それでも、

 一つ一つを無視するわけにはいかなかった。

 わずかな言い回しの違い、

 似たような表現の中に潜む齟齬。

 そこに、何か共通点がないかを探し続ける。


 頁をめくる指が、ふと止まる。


 だが、

 読み返しても、

 新しい答えは浮かんでこない。


 机に積まれた文献は、

 相変わらず、沈黙したままだった。


 執務の合間に再調査を始めてから、

 すでにひと月余りが過ぎていた。


 新たな発見は、ない。


 このところ、魔獣は鳴りを潜めている。


 目撃報告は途絶え、

 被害の知らせも、ぱたりと届かなくなった。

 代わりに上がってくるのは、

 耕作を再開できそうだ、

 という現場からの報告ばかりだ。


 各地から山のように届いていた陳情も、

 いつの間にか数を減らし、

 今では、机の端に追いやられる程度になっている。


 討伐隊の再編案も、

 最近では急を要するものではなくなっていた。

 前線から届く報告も、

 被害より状況整理の方が多い。


 王は相変わらず執務に追われている。

 だが、以前のような切迫感は、

 その表情から薄れていた。


 隣国では、

 不正を働いていた領主が失脚したという報告もあり、

 国境線も落ち着きを取り戻しつつある。


 何か劇的な対応を行った覚えはない。

 できることを、できる範囲で、

 淡々と積み重ねてきただけだ。


 その結果が、これなのだとすれば――

 ようやく成果が出たのだと、

 思いたい気持ちも、確かにあった。


 だが、どうにも腑に落ちない。


 あれほど苦悩し、

 夜を越え、

 判断を先送りにし、

 時に誤りを承知で選び続けてきた対応が、


 血反吐を吐く思いで積み重ねてきたはずのそれが、

 たったひと月で、

 あまりにも静かに収束してしまった。


 あまりに、手応えがない。


 まるで、

 自分たちの選択とは無関係なところで、

 神の見えざる手が動いたかのようだ。


 学者は、改めて資料に目を落とす。


 結果だけを見れば、

 世界は確かに落ち着きを取り戻しつつある。

 だが、その理由を説明できる記述は、

 どこにも見当たらなかった。


 原因が分からない以上、

 最初から考え直すしかない。


 この国が取った中で、

 あれほど大きく、

 そして異質な選択は他にない。


 ――異世界召喚。


 最初に文献を手に取ったときにも、

 一度は頭をよぎった疑問が、

 今になって改めて浮かび上がる。


 なぜ、あの儀式は

「異世界召喚」と呼ばれているのだろうか。


 儀式の結果、現れたのは一人の少年だった。

 過去の文献にも、

「この世界とは異なる場所より、人が現れた」と記されていた。


 であれば、

 異世界人召喚と呼ぶ方が、

 まだ実態に近いのではないか。


 あるいは、

 世界を救う英雄を呼ぶ儀式――

 英雄召喚、という理解も成り立つ。


 誤訳か。

 それとも、経年による意味の変化か。


 他の記述に、

 呼び名と実態に乖離が見られる例はない。

 違和感があるのは、

 この儀式の名だけだった。


 自分たちは、

 何か根本的なところで、

 決定的な何かを見誤っていたのではないか。


 それが何なのかは、

 分からない。


 ただ、当時の判断が、

 間違いだったとは思っていない。


 危険が確認されていない以上、

 試す価値はある。

 王のその意見には、確かに一理あった。


 儀式は、滞りなく進んだ。

 記された手順に誤りはなく、

 結果として、一人の少年が現れた。


 少なくとも――

 儀式そのものは、

 文献の記述通りに機能した。


 そのはず、だ。


 問題はそのあとの結果だ。


 呼び出された少年を鑑定した結果、判明したスキルの名は、ドミノ。


 ――因果を連鎖させ、望む願いをかなえる。


 詩のようで、

 意味を掴みきれない。

 鑑定魔法は、

 解釈までは与えてくれない。


 過去の文献に、

 同じ名のスキルは存在しなかった。

 ただ、異世界から召喚された者は、

 それぞれ異なる力を持っていたらしい。


 であるならば、

 世界を救うために必要な力を持つ者を呼ぶ儀式なのか。

 それとも、

 呼んだものに必要な力を与えるのか。


 少なくとも――

 我々が求めていたのは、

 金貨一枚を探し出す力ではない。


 王の言葉が思い出される。


「金貨一枚で世界が救えるのか!」


 鑑定の結果に、

 誰もが息を呑んだ。


 その直後に現れたのが、

 あの一枚の金貨だった。


 王の忍耐が尽きたとしても、

 無理からぬことだ。


 そもそも、

 あの儀式自体が、

 軽々しく繰り返してよいものではなかった。


 転移魔法は、

 空間そのものに無理を強いる術だ。

 本来、多用すべきものではないと、

 学者は若い頃に教わっている。


 にもかかわらず、

 近年はその無理が、

 積み重なり続けていた。


 遠征があれば転移魔法を使い、

 天候が乱れれば、祈祷魔法で雨を降らせた。


 その一つ一つを、

 当時は必要な対応だと考えていた。


 魔獣の出現や天候不順も

 その歪みの表れだったのではないか。


 だが今は――

 その影響が、

 表に出てこない。


 結果として、

 世界の危機は遠のいている。


 自分たちは、

 最初から何か大切な前提を、

 取り違えていたのかもしれない。


 古い文献の中に、

 こんな一文があった。


 ――世界が必要と認めなければ、

 召喚は成功しない。


 この「世界」が、

 何を指しているのかは分からない。


 この国のことなのか。

 他国も含めた、人の営み全体なのか。

 あるいは、大地や自然そのものなのか。


 土地に意識があるとでも言うのか。

 それとも、

 時代が古すぎて、

 同じ言葉でも意味がすでに変質しているのか。


 考えれば考えるほど、

 答えは遠ざかっていく。


 世界の危機が去りつつある理由。

 異世界召喚の本質。

 魔法が世界に及ぼす影響。

 あの少年のスキルがもたらした結果。


 分からないことは、あまりにも多い。


 それでいて、

 自分は国一番の賢者などと呼ばれている。


 皮肉としか、言いようがなかった。


 ふ、と自嘲気味に笑いが漏れた。


 世界が滅びかねない局面では、

 常に最善手を打っているつもりでいた。

 平和が戻りつつある今になって、

 ようやく自らを疑い始めている。


 なんとも、滑稽な話だ。


 ――まあいい。

 考える時間は、まだある。


 何のおかげかは、

 今はまだ、

 分からなくてもいい。


 机の上で、

 古い文献の頁が、

 静かに閉じられた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この物語では、

あえて多くの答えを示していません。

何が起き、何が起きなかったのか。


※本作は全12話で完結しています。

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