涼夏(夏祭り②)
夏祭り当日、客間で私は浴衣への着替えを、祖母に手伝って貰っていた。
「おばあちゃん、着付け手伝ってくれてありがとう。お母さんとやってたら、もっと時間かかってたと思う」
背中のリボンなんて、一人で結ぶの難しいし。お母さんは不器用さを自覚してるのか、早々に匙を投げておばあちゃんにバトンタッチしたからなぁ。
「いいのよ。孫を着飾るのが楽しみの一つでもあるんだから。お友だちと屋台を回るのかしら? 楽しんできなさいな」
「うん。ありがとう! 行ってくるね」
本当は友だちと回る訳じゃないけど、気恥ずかしいから内緒にしておこう。
◆◆◆
「馬子にも衣装だな。駅まで乗せてってやろうか?」
客間から出ると、台所に居たらしい兄が廊下に顔を覗かせて、茶化してきた。
「うるさいなぁ。お兄ちゃんは黙っててよ。お母さんに乗せて貰うからいい」
すでに車で待ってると思うし、そもそもお兄ちゃんに乗せて貰うとか、先輩に見られたら勘違いさせちゃうかもしれないから無理。
「あっそう……誰と行くんだ? もしかして、とうとうお前に春でも来たんじゃ」
「詮索うざい」
とうとうって何? お兄ちゃんこそ、早く彼女作ればいいのに。結婚するつもりないとか?
じろりと睨みつけると、兄はまあまあ整ってる顔を、曖昧な笑みに変えた。
「……ま、楽しんできな。あんまり遅くなるなよ」
「はーい。行ってくるー」
やっと解放された。
手を振りながら見送ってくる兄に頷いてから、外に出る。
◆◆◆
玄関前に停まっていた車に乗り込み、運転席に座っている母に感謝を伝えると、母はルームミラー越しに微笑み、車を発進させた。
「バイト先の先輩と回るのよね?」
「そうだよ」
お母さんにだけは、誰とお祭りに行くか伝えたから、興味があるのかな?
「涼夏の恋が上手くいくこと、お母さん応援してるから」
にこにこと微笑みながら言われると、悪い気はしない。
「上手くいったら、お母さんにだけ教えるね」
相談に乗って貰うこともあるかもしれないし。お父さんとか、お兄ちゃんに教えるのは抵抗あるからなぁ。
「お父さんが知ったら泣くかも。それにしても、最高のプレゼントよね。今日が夏祭りだなんて」
「うん。人生で一番嬉しい日かも」
奇しくも夏祭りで、好きな人と過ごせるんだから。これ以上の贈り物はないと思う。
「帰るときは連絡してね。必要なら迎えに来るから」
「ありがとう。じゃ、行ってきます!」
駅の駐車場に着き、車から降りて、母が車を発進させて帰って行くのを見送った。
◆◆◆
駅前の広場にはまだ先輩の姿はなかった。
それなりの規模の夏祭りなだけあって、祭り開始前の時間でも、家族連れや恋人、団体の観光客で辺りが賑わっている。
浴衣姿の人たちが、傾きかけた陽光に照らされて、同じ方向に歩いて行く光景は、なんだか幻想的だった。
「早乙女さん? 待たせてごめん」
驚いた。耳に心地いい、私の好きな声が近づいて来ると共に、浴衣を着た黒髪の青年が、目前で立ち止まった。
「五十嵐さん。すみません、ちょっと心臓が!」
駄目だ。格好良すぎる。紺色の浴衣、反則では? それに、髪も黒髪に染め直してる。似合い過ぎ。あ、目に焼き付けないと。下を向いてる場合じゃない。なぜ、カメラを持って来なかったんだろう。一生の不覚ッ。ケータイで撮るしかないか……。
「大丈夫? どこかに座る? あ、あそこにベンチがあるけど」
「ありがとうございます。先輩も一緒に座りましょう?」
心配してくれる先輩が愛しい。不謹慎だけど、具合いが悪い振りをし続けたくなる。
先輩に導かれ、噴水近くのベンチに座り、隣に来るよう促した。
「今日は誘ってくれてありがとう。ここに来るの大変じゃなかった?」
素直に隣に座ってくれる先輩に感動しながら、質問に答える。
「近所に自宅があるので、全然大丈夫でした! ここに来るのも、親に送って貰ったので」
先輩はどうやって来たんだろう。電車に乗って来たとしたら、先輩の方が大変だったんじゃないかな?
「そっか、それなら良かった」
「ところで先輩、写真撮らせてください!」
浴衣姿の先輩は、今日を逃したらもう見られない可能性だってある。
この機会を逃す手はない。
私はケータイを構えて立ち上がった。




