五十嵐大和
『物静か過ぎてつまんないし、外見もいつまで経っても地味だし、期待はずれ。私たち別れよー』
去年の夏に告白され、付き合い始めた彼女だった女性は、今年の夏休み前日に何の前触れもなく、そんな言葉を残して、あっけらかんと俺の元から去って行った。
就職活動が本格化しだした時期にできた彼女だったから、二人で出かけるとか、恋人らしいことはあまりできなかったけど、不満があるようには見えなかった。
けど、それは俺の思い違いだったらしい。
大分心に突き刺さる言葉を残されてしまった。
自分でも分かってる。人と話すときは聞く側に回ることが多いし、バイト代は生活費と貯金に回してるから、身を飾ることをしてこなかった。
人生で初めてできた彼女だった人からの言葉を反芻し、いちいちチクリと痛む胸をおさえ、気だるく布団から起き上がる。
「……やばっ」
枕元の時計を見て、いつもの電車に間に合わないと頭を抱えた。
視界に入った自身の髪色を見て、またも落ち込む。
何やってんだろ、俺。
振られた次の日、やけになって貯金をおろし、髪を染めてもらい、ピアスも開けてもらった。
外見は華やかになりはしたが、鏡で見る度に別人を見てるようで、落ち着かないし、なんか落ち込む。
どうやったら忘れられるんだろう。
◆◆◆
いつも乗る電車の一つ後の電車に乗り、やっと一息つく。
座る場所は優先席以外空いてなかったから、仕方なくドア付近の通路に立つ。
なんとはなしに周囲を見回し、見覚えのある人を見つけた。
あれは、早乙女さん……だよな?
バイト先の後輩だ。バイト中は髪を結んでて、今の下ろしてる髪型だと分かりづらいけど、多分そうだろう。
いきなり声をかけるのも憚られたから、彼女から視線を逸らし、目を瞑った。
しばらく電車に揺られると、目的の駅名がアナウンスされた。
目を開け、ちらりと早乙女さんを見る。
降りるために動き出すかと思ったけど、彼女はぼんやりしながら、吊革に掴まったままだった。
早く降りないと乗り過ごすことになる。そうなれば、彼女は困るだろう。
「早乙女さん」
放っておくこともできなくて、彼女の近くに行き、声をかけた。
それでも微動だにしない彼女に首をかしげ、もう一度、今度は肩を軽く揺すりながら、話しかける。
「早乙女さん、涼夏さん!」
なぜ下の名前まで呼んでしまったのか。まあ、その甲斐あってか、彼女は気づいてくれたし、無事に一緒に電車を降りることもできた。
後輩はどうやら俺のことを心配してくれてたらしい。
仕事中でも集中できない自分に呆れるけど、こんな自分を心配してくれる彼女が有難くて、少し嬉しかった。
◆◆◆
目的地が同じなのに、電車を降りて別々に歩くというのも変かと思い、後輩と一緒に外に出た。
途端に真夏の熱気が肌を焼き、目を細める。
やっぱり早く自分の車、欲しいよなぁ。車さえあれば、暑い中歩かなくて良くなるし。
「やっぱ外は日差しが強いね、夏だからしょうがないけど」
「日傘、ありますよ。先輩も入りますか?」
柔らかい口調を意識しながら後輩に話しかけると、いつの間にか花柄の傘を手に持っていた彼女が、傘を開きながら、上目遣いで聞いてきた。
いや、可愛いな……。
不意打ちすぎるだろ。
「……用意周到だね。でも、遠慮しとくよ。ありがとう」
「そうですか。入りたくなったら言ってくださいね」
傘の下から見上げてくる後輩に、心臓が高鳴るのを感じながら、なんとか言葉を絞り出し、歩くことに集中することにした。
◆◆◆
最悪だ。
目の前には元カノ、仕事に集中できない元凶が立っている。
「ウケる……ピアスまで……地味な本質……」
心底楽しくて仕方ないというような笑みを浮かべて、聞きたくない言葉を発してくる。
バイト先にまで乗り込んできて、何を考えてるのか分からず、目の前の女性に恐怖さえ感じてしまう。
「……あんたと付き合ったのだって別に本気じゃなかったんだから……」
サークル仲間で元恋人。一年近く付き合ってたのに、俺はこの女性のことを何も知らなかったらしい。
本気じゃなかったなら、なぜ告白してきた?
会うたび「もっとお洒落してよー」「なんで私に合わせてくれないの?」「恋人なんだから合わせるのが普通でしょっ」といった要求が増えていき、訝しく思いながらも、努力してきた。
その全てを否定されたような気分になり、唇を噛み締める。
「あのっ! お客様対応中すみません! 五十嵐さん、電話対応代わってもらってもいいですか? 非通知なんです!」
「え、あ、分かった」
救いの女神、いや電話か。
本棚の向こうから近づいてくる後輩を見て、肩から力が抜ける。
地獄から地上に生還した人の心境が分かった気がした。
安堵感に浸りながらカウンターまで歩き、カウンター内の電話を見て、首をかしげる。
パートの人が対応してくれたのだろうかと、聞いてみたが、電話自体鳴ってないとのことだった。
もしかしたら、困ってる俺に気づいて、後輩が助けてくれたのかもしれない。
しばらくして、カウンターに戻ってきた後輩に声をかけると、案の定、非通知の電話というのは、嘘だったらしい。
彼女の配慮に救われる。危うく女性不信になりそうだったから。
早乙女さんって、機転が利いて、優しい人なんだな。
◆◆◆
バイト終わり、元カノの対応をしてくれた後輩に、彼女について説明するため、喫茶店にきた。
話し始めてしばらくすると、唐突に後輩が拳を握り締め、前のめりに立ち上がって叫んだ。
「先輩! あの人にどんな言葉で振られたのかは分かりませんが、私は今までの先輩が好きです。金髪も似合ってますが、無理するくらいなら、言われた言葉なんて忘れて、ありのままの五十嵐さんでいてください! 私はそんな先輩が好きなんですッ」
二回も好きだと言われた……。
元カノに言われた数々の言葉が、刃のように心に突き刺さってたものが、彼女の言葉で覆い隠され、消えていく。
それと共に、周囲のざわめきも感じ、じわじわと顔が熱くなる。
彼女の真剣な眼差しをもっと見てたいけど、公共の場所ではこれ以上耐えられない。
「あ、ありがとう……。だけど、ちょっと落ち着いて早乙女さん……ここ、喫茶店……だから」
顔を覆いながら、なんとか彼女を制止する。
後輩がこんなに情熱的な人だとは思わなかった。
この高鳴る鼓動は、羞恥心のせいだろうか、それとも──。
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