涼夏(トリック・オア・トリート)
今日はハロウィン。書店では、ハロウィンの仮装をして、お客様に「トリック・オア・トリート」と言われたら、飴を渡すというイベントを開催している。
「魔女のお姉さん! とりっく・おあ・とりーと!」
母親に手を引かれ、レジの前にきた小学生低学年くらいの少女が、目をキラキラさせて見上げてきた。
「ハッピーハロウィン! 飴どうぞ!」
「ありがとー!」
カウンター内から少女に飴を手渡すと、明るい声でお礼を言われて和む。
「親御さんもよろしければどうぞ」
「まあ。ありがとうございます」
少女と話してる母親にも飴を渡すと、丁寧なお辞儀が返ってきて、ますます和んだ。
書店を出ていく親子に軽く手を振って、大和さんがいる書棚の方に視線を向ける。
◆◆◆
大和さんの仮装は吸血鬼だった。休憩室で初めてその姿を見たときは、かっこよ過ぎて卒倒するところだった。
だって、長い黒髪のウィッグを被ってて、肩らへんで緩く括ってるんだよ!? それを右肩から前側に垂らしてて、ひょっとして中世貴族の世界から、抜け出して来たんじゃないかと思ったくらい! 目にも赤いカラコン入れてて、普段とは全くの別人だったから!
いつもの大和さんも好きだけど、これはこれで有りでしかない。
書店に来てる学生さんとか、OLのお姉さんとかが、チラチラと彼を盗み見てる。
その気持ち、分かります!
「早乙女……? あんた、早乙女涼夏?」
なんか、いやーな声が、聞こえたような。
「私は単なる書店の店員ですが」
「やっぱり早乙女じゃねーか。高校んとき以来だな」
「どなたでしたっけ」
橘遼介。クラスの人気者。私にとっては、やたらと絡んできた厄介者!
こいつのせいで、クラスの女子にはハブられ、男子には遠巻きにされ、友だちができなかったんだから!
灰色の高校生活の元凶がぁ!!
クラスの居心地が悪くて、図書室に入り浸り、色んな本に出会えたのは良かった……のかな。でも、当時の恨みは忘れない!
「俺だよ、俺。高校んとき同じクラスだった、橘遼介!」
「あぁ。お久しぶりですね。それでは、仕事中なので」
「トリック・オア・トリート」
「……はい?」
「ほら、飴は?」
「……どうぞ」
「なあ、バイト終わるまで待ってるから、その後さ──」
図々しくも飴を要求してくる厄介者。事務的に対応してもめげずに話しかけてくる。本当に図々しい!
こんなチャラチャラした男が、クラスの人気者だったことが信じられない。顔か? 顔なのか!?
「早乙女さん、何かトラブルでも?」
「やま、五十嵐さん!」
いつの間にか、カウンター内に入って来ていた大和さん。
彼が小声で話しかけてくるのに合わせて、私も彼の耳元で話す。
「トラブル……じゃないんだけど、ちょっと苦手な人で」
「分かった。俺が対応するよ」
「ありがとう!」
苦手な男の視線を感じながら、カウンターを抜けトイレに向かった。
大和さんが、イケメン過ぎて辛い。あの、スマートに助けてくれる感じが、とてもいいんだよね!
◆◆◆
バイト終わり、休憩室で大和さんの吸血鬼姿を堪能した後、彼が家まで送ってくれることになった。
バイト中、あいつに絡まれてたの、心配してくれたみたい。怪我の功名ってこのことかも?
大和さんの隣りを歩き、家が見えてきたとき。
電柱の陰で、彼が立ち止まった。
「涼夏さん。トリック・オア・トリート」
「……え?」
お菓子なんて持ってないんだけど!
大和さんを見上げると、思いの外近くに彼の顔があり、目を見開く。
「じゃあ、お休み」
大和さんは、呆然と立ち尽くす私に、悪戯っぽく微笑んで、来た道を戻って行く。
大和さんに……いたずら、されてしまったみたい。
口元を押さえ、火照った顔を俯けた。
唇には、まだ彼の感触が残っている。




