8✦☾死亡フラグは無事回避!?
「ところで、本日参加されるというアンリーク王子はどうなさったのかしら?」
お嬢様がきょろきょろと会場を見回す。周囲の令嬢たちも同じようにそわそわと落ち着かない。
「ああ……それは──」
レオネル様が口を開きかけたその時、大階段の踊り場から宮廷役人が高らかに声を響かせた。
「アンリーク王子殿下は御体調すぐれぬため、本日はご欠席と相成りました!」
会場にどよめきと落胆が広がる。
……が、私はひとり胸をなでおろした。
(よし、死亡フラグひとつ回避!)
「しかしながら、殿下は皆さまにご挨拶のみでもと──これよりご入場あそばされます! ご静粛に!」
えっ、嘘でしょ!?
歓声が爆発する中、扉が開かれ、王子が姿を現した。
(うわ、回避失敗!!)
現れた青年は、まさに“物語の王子”だった。
淡い金糸の髪が燭光を受けて揺れ、アメジストの瞳が静かに瞬く。頬は透きとおるように白く、儚げな気高さをまとっている。
深緑のマントに金糸の刺繍、歩くたびにふわりと香が流れる。
「まあ……、なんて……」
令嬢たちが息を呑む。
やがて王子は壇上に立ち、軽く片手を掲げ、微笑んだ。
「本日はせっかくの舞踏会に最後までお供できず、誠に遺憾に思います。しかし、皆さまの笑顔を拝し、この夜の華やぎに加われたこと、何よりの喜びでございます。どうか今宵は心ゆくまで舞踏をお楽しみください。そして、初めて社交界に立たれた令嬢方の眩しい一歩を、私に代わって祝福を」
その一礼に、会場の音がふっと消える。
まるで楽の音さえ、彼の一挙一動を見守っているかのようだった。
「どうしよう!今、絶対お嬢様の方を見たわ! 一度でも見たらお嬢様の虜になるに決まってるのに! 死亡フラグ立っちゃった!?」
「シーッ!なんでこの空気の中で騒げるんですか、メイド長!」
ソリーナばかりかチェスカにすら注意され、しゅんとなる。
だって……!
王子は再び扉の奥に戻ってしまわれたが、滅多にお見えにならないだけに多くの令嬢たちのハートをわしづかみにしたらしく、あちこちで桃色のため息が聞こえてくる。
「絶対、わたくしと目があいましたわ!」
「いえ、わたくしですわよ。ああ、これこそ運命の出会い……」
(前世も今世も、“推し”を前にした乙女の反応は同じね……)
そして肝心のお嬢様はというと──
「絶対! 絶対わたくしを見つめましたわよ!! ああ、なんて素敵な方なの……! 一緒に踊りたかったわ……!」
ハート乱舞で完全に“沼落ち”状態!
前世ならスマホを叩き割る勢いでいいね連打してるレベルだ。
「……そ、そりゃ、さすが王子様って感じで、お美しくお優しそうでしたわ。……でも」
あの王子がどこかの善役令嬢とタッグを組んで、お嬢様を陥れるかもしれないんですわよ……!などとは言えるわけもなく。
「お、お嬢様、あちらのケーキはオレランダ大陸からパティシエを呼び寄せた特製だそうですよ?」
「あら。確かにセラヴェル家でも他大陸のパティシエはいないわね、まあ、そちらはフェイレア大陸のお菓子ですって?あらあら珍しいこと……、」
さりげなく、お嬢様が大好きな甘味へと話題を誘導すると、まんまと釣れた。
色気より食い気。安定のスティラお嬢様である。
テーブルに山盛りのケーキをのっけて上機嫌にパクつこうとした瞬間に、一斉に三人からダンスを申し込まれて目を白黒させたり、見目の良い殿方に次々目を奪われるうちに、テーブルにぶつかりそうになったりと、相変わらずの残念ぶりに、私はほっと胸をなでおろす。
「ほ、ほらね?まだまだ恋をなさるような年齢じゃないのよ、お嬢様は」
「メイド長、お嬢様はすでにご結婚されてもおかしくない年齢です。完全に娘を嫁に出したくない父親の気持ちですよ、それ」
「やめてソリーナ!!結婚とか言わないでぇ!想像したら泣きそう!」
その後も舞踏会は夜明けまで続き──お嬢様の社交界デビューは大成功に終わったのだ!
……計八回はよろけたり躓いたりしていたが。
これでもう、誰一人お嬢様を醜いだの陰気だのと言いやしないだろう。
何より、確実にお嬢様は主役だったはずだわ。
(善役令嬢も現れなかった……、死亡フラグをへし折り成功!!)
──だが、この夜の成功が、のちに国どころか“世界”を巻き込む騒動の始まりになるとは、当時の私は知るよしもなかった。




