6✦☾鮮烈社交界デビュー!
大広間の奥に控えた管弦楽団が入場の演奏を終え、全員が大広間に出そろった。
(やっぱりうちのお嬢様が一番だわ……!)
会場の端から、お嬢様の晴れ舞台をメイド達と見守る。
我が子の学芸会を見る気持ちってこんなかしら!?
エスコート役の騎士が一歩下がり、スティラお嬢様はその場で華やかに一礼しようとした――とたん、直前に裾を踏んで、ごまかしようがない程、はっきりとよろめいてしまった。
許しがたいことに何人かがくすくす笑ったが、お嬢様を支えた騎士の鮮やかな所作が逆に注目を集める。
「ご無事でいらっしゃいますか、スティラ様」
朗々とした声。すらりと背が高く、礼服の上からでも引き締まった体躯がわかる。小麦色の肌に勇壮な顔立ちの中に鋭く光る金褐色の瞳。
特に、赤茶色の鬣のような髪は、ひときわ目をひいた。
「え、ええ……平気よ、これくらい……、あら?」
お嬢様はその騎士に支えられたままの姿勢で、まっすぐにその顔を見つめた。
「まあ!あなた思ったより、ずっと美形じゃないの!」
お嬢様が思わず口にした言葉に、騎士は一瞬目を見開き、周囲の令嬢たちが小さくざわめいた。
……我らお嬢様付きメイドチームは頭を抱えている。
(は、はしたない、お嬢様……!平民の娘でももう少し上品な反応をいたしますよ……!)と、心で叫んでも伝わるわけもなく。
周囲の視線にはっと我に返ったお嬢様は、慌てて咳払いし、取り繕うように顎を上げる。
「と、とにかく……礼を言うわ!」
お相手の騎士は、そつなく一礼し、その場を収めてくれた。──彼こそ、王宮付近衛の若き騎士、レオネル・アルヴィアだ。
「お嬢様を助けたことに関しては、感謝いたしましょう。でも、お嬢様に距離が近すぎない!?ちょっと褒められたからって!ねえソリーナ!」
「有名なレオネル様じゃないですか。エリート集団の近衛騎士の中でも出世頭で、女性人気ナンバーワンですよ。彼が最初のお相手なのは、ラッキーですね」
伝統的に、社交界デビューのファーストダンスは、エスコートした騎士がお相手をすることになっている。
ファーストダンスだけは、どの令嬢にも恥をかかせず、安心してダンスのリードを任せられるお相手をという、はからいなのだろう。
(確かに、そうでもしないと、会場中の殿方がスティラお嬢様に殺到してしまうから仕方ないけれど……!)
ガラス細工の衣装効果も相まって、印象的な登場となったスティラお嬢様には、すでに多くの殿方が熱い視線を送っている。
心の中は鼻高々だが……、どの殿方もご立派ではあるものの、お嬢様のお相手となると見劣りすると言わざるを得なかった。
け、決して私の見る目が厳しすぎるというわけではない。
「た、確かにこの中では、レオネル様はだいぶんマシ……、あ、いえ、良き殿御であることは間違いありませんが……」
ぶつぶつ言っていると、管弦楽団が軽快なワルツを奏で始めた。
レオネル様は、お嬢様のお手をとると踊り始める。
このお役目があるからか、王宮付の騎士は皆ダンスがお得意ときいていた……が、レオネル様はどうやら例外らしい。
さきほどまでの堂々とした態度とはうらはらに、足さばきもたどたどしく、動作のあちらこちらに不器用さがにじみ出ていた。
大柄で人目を惹く容姿なだけに、ひときわ目立ってしまい、観客の目が好奇と不安を帯び始める。
「なんてことなの!お嬢様の大切なファーストダンスなのよ!?ちょっと行ってくる!」
「メイド長!?」
ソリーナの声を振り切って、王宮付メイドのふりをしながら、会場中央にそっと近づくと、お二人の会話が聞こえてきた。
「あらまあ。王宮付騎士のダンスはこういう作法なのかしら?存じ上げませんでしたわ」
相変わらず、お嬢様の嫌味ったらしい口調が冴えている。美形の騎士様相手にも手加減なしだ。
そんなところも推せる!
「も、申し訳ない。自分は見てのとおりの無骨者で、実は今日もこのような場に出る予定はなく……練習はしたのですが」
「ふふ。それでは先ほどの御礼ですわ。ダンスはわたくしにお任せくださいませ!」
凛とした声でお嬢様が言うと、その白く細い腕で、レオネル様を優しくリードし始めた。
裾を翻すタイミングで一歩分早く重心を移し、あたかも彼が主導しているかのように見せながら、自分が全体の流れを支配する。
旋律に合わせて弧を描くスカートは、ヴェールの装飾をきらめかせ、燭台の光を千の星々に変えて舞い散らせる。
「スティラ様……?」
レオネル様が驚きの声を漏らす。自分が足をもつれさせるはずの場面を、逆に軽やかに引き上げられているのだ。
──そう、スティラお嬢様は、昔からダンスは非常にお上手なのだ……!
階段を降りるだけでよろけていたとは思えない足さばきである。
「騎士様、胸を張って。視線は前へ。ええ、そのままですわ」
全体が円を描くように舞う中、二人の姿はひときわ鮮やかだった。レオネル様の不安定な足さばきを、お嬢様が巧みに受け止め、美しい流れに変えてしまう。
さすがお嬢様!という誇らしい気持ちと、お嬢様と見つめ合うレオネル様に謎の嫉妬心が……!
「ほら、ダンスは心配ないようですから、壁際に戻りますよ!」
小声で耳打ちされ、ソリーナに引きずられるようにして元いた場所に戻されると、メイド達は皆、お二人のダンスにすっかり魅了されていた。
いや、メイド達だけではない。他の観衆も、踊っている令嬢や騎士達すらが、お嬢様とレオネル様に目を奪われている。
管弦楽団が奏でる旋律が高まり、その足取りは三拍子に乗って二人の調和を深め、ついには音楽と一体となる。
観客はもう、最初のぎこちなさなど忘れ、ただ見事な旋律と舞の美しさ、そしてお嬢様が放つきらめきに酔いしれていた。
「なんと絵になるお二人なのだろう」
「優雅で力強く……こんな素晴らしいダンスは初めて見ましたわ」
――この舞踏会の主役は、紛れもなくスティラお嬢様だ!
曲の終焉と同時に、割れんばかりの拍手が広間を包む。
控室にいた令嬢たちも、今や心からの笑顔でお嬢様に拍手を送っていた。
その中で頬を上気させ、微笑むお嬢様――その姿に胸が熱くなる。
社交界への布教……じゃない、デビューステージは大成功!
――ご覧なさい。このお方こそ、私の最愛の推しなのです!!
……でも。
歓声の合間に、嫌な視線も確かに交わされていた。
それは密やかに……しかし、確かに冷たい温度で存在している。
これだけ目立てば嫉妬をかうのはやむを得ないかもしれないが……、浮浪児として悪意の中で生きてきた私にはわかってしまう。
これは単なる嫉妬とは……おそらく別種のものだ。
やはり、お嬢様を「悪役令嬢」として陥れようとする輩がいる……!?




