5✦☾衣装プロデュースの切り札
王宮での舞踏会は、夕焼けの後、満月が昇り始めるころに始まる。
会場へ続く控室にはすでに数人の令嬢が集まっており、鮮やかなドレスの色が氾濫し、濃い香水の匂いが漂っていた。
……スティラお嬢様への、遠慮がちな、それでいて下世話さを隠せていない視線も感じる。
「ほらセラヴェル家の……、噂どおりですわね」
「なんて痛ましい……、あの痣さえなければ、たいそうな美貌でらっしゃるのに」
「環伯家といえばアシュレーン家と同格ですのに……お嬢様のお顔はずいぶん違うこと」
このような言葉をお嬢様のお耳に入れたくない……と、心配になってお嬢様と振り返ると、お嬢様は横目で隣の令嬢をちらちら見ては、小声で私に囁いた。
「あちらの方の薔薇色のドレス、少々派手すぎないかしら? 華やかなのもゆきすぎると下品になりかねないわよねえ?」
そう言いつつも視線は花飾りを散りばめたドレスに釘付けで、口元がわずかに引きつっている。これはお嬢様が羨ましがるときの癖……単に豪華なドレスに嫉妬しているだけである。
(お嬢様……!この空気の中で、気になるのはそこですか!?いろんな意味でさすがですわ……!)
ひそやかに感動していると、相手の令嬢がにっこりと笑って振り返った。
「まあ……。スティラ様の装いも清楚で控えめで……。私には到底真似できませんわ」
(しかもお相手に聞こえているじゃないですか──!!)
しっかり言い返されて、お嬢様の顔が固まる。
確かに、藍を基調にしたドレスに白のリボンと小粒の真珠で飾り付けたドレスは、他の令嬢のドレスに比べたらシンプルかもしれないが……要は地味だと言われたのだ。
「……そ、それはどうもありがとう。セラヴェル環伯家は野暮ったい飾りは好みませんのよ」
精一杯の見栄を張る声が、少し震えていた。自分から嫌味をふっかけておいて、あっさり返り討ちにあう、そんな残念さもお嬢様の可愛らしいところではあるけれど……。
(この方が「善役令嬢」だったらどうすんですか!バドエンフラグを完璧に踏むのはやめてくださいお嬢様!!)
「だから言ったじゃないの、地味すぎるって!シアナ、あなたのせいですわよ!!」
私の内心を知るよしもなく、小声でお嬢様は、ギリギリと訴えてくる。
(──でも実は、ドレスについては切り札があるのよね。でもそれは内緒、今は我慢のとき……!)
「あと……スティラ様はお噂どおり、お顔が……その、他の方と違って、華やかでいらっしゃるから、派手なドレスは不要なのかもしれませんわね?」
その令嬢は、ちらちらとお嬢様の痣を見やりながら、くすくすと嗤ったのだ。
──私の我慢は秒で終わった。
「うちのお嬢様をお褒めいただき、ありがとうございます」
「ちょっと、シアナ?」
戸惑うお嬢様を差し置いて私は前に出た。
「仰せのとおり、スティラお嬢様は大変華やかでお美しいお方──。この美貌の前にはどのようなドレスも色あせてしまい、メイド長たる私も試行錯誤いたしました」
周囲がざわつくのを感じる。……メイドふぜいが他家の令嬢に勝手に話しかけているのだから無理もない。
しかし、私は堂々とその令嬢を見据える。
ドレスについては最初に嫌味を言ったお嬢様が悪い。しかし生まれつきの痣を侮辱されるなら看過できない。
──それに、この性格の悪さは「善役令嬢」ではないわ。
この方はただのモブよ!!
「美しいって……本気で言ってるのかしら?あの痣よ?」
「あの令嬢にあのメイド……、上位貴族とはとても思えないわね」
「うちのメイドでしたら、あのようなお顔のお嬢様を晒しものにいたしませんわ、おかわいそうに」
モブたちの醜い言葉の切れ端が飛び交うが、私がパン!と大きく両手を打つと、静まり返った。
その機を逃さず、私はここぞと両手を広げ、にこやかな笑みを浮かべる。
「皆さま、私の創意工夫の結果は、舞踏会にて披露させていただきますので、スティラお嬢様の登場を、どうぞお楽しみにお待ちくださいませ」
そう言うと、エプロンドレスの両端を持ち上げて最上級のお辞儀で場を締める。
こんな方々に、私のお嬢様を傷つけさせませんわ!と気張って振り向くと、お嬢様が黙りこくった令嬢たちを完全無視で、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「お嬢様……!」
両手を広げてお待ちしたが、当然のようにお嬢様はするりと腕から逃れ、私の腕は宙を虚しく抱きしめる。
「シアナ、創意工夫って何?ドレスに何かあるのね!?道理で地味すぎると思ったのよ。教えなさい!」
やっぱりそっち──!?コントのようにがくんと膝を折りかけた。
そしてふっと気が抜けて笑ってしまう。
(そのへんの石ころに、ダイヤモンドが傷つけられるわけない──か)
「まったく。秘すれば花……の予定でしたが、台無しでございますわ」
「もう!もったいぶらないでちょうだい!」
その後、幼子のように立ったり座ったりと、そわそわ落ち着かないお嬢様をなんとかなだめすかしていると、ギリギリのタイミングで、ソリーナが「切り札」を無事お嬢様の元に届けた。
よっしゃあ、反撃開始よ!そこな有象無象どもめ、目にもの見せてくれるわ!!
「メイド長、全部声に出てますよ」
次の作戦のために横に控えたソリーナがぼそりとつぶやいた。
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いよいよ、本日社交界デビューする令嬢たちの紹介が始まる。
一人一人、王宮付の近衛騎士のエスコートを受けて、扉から大広間中央の階段を降りてゆく……、そのたびに、盛大な拍手と歓声があがる。
私はつい、その中に「善役令嬢」がまぎれているのではないかと、睨みつけてしまう。性格が良さそうな令嬢は要注意だわ……!
家の格が最上級のスティラお嬢様は、当然一番最後。
そしてついにその時がきた。
「セラヴェル環伯家の令嬢、スティラ・セラヴェル様!」
扉が開き、燭台とシャンデリアの光が差し込んだ瞬間――。
紺のドレスに重ねられた薄いヴェールが、満天の星空のように一斉にきらめいた。
「なんだ?あの輝きは…!」
観衆たちのどよめきが響き渡る。
ヴェールに散りばめられた無数の小さな装飾が、会場中の光を集めては乱反射し、一歩ごとに、星屑を撒き散らすかのようにお嬢様の足元を彩る。
まるでペンライトの海の中で推しが花道を進むように――。
「あんなドレス、初めて見ましたわ!」
「まるで光の化身のよう……!」
貴族たちの視線が一斉にお嬢様に注がれる。
控室でお嬢様を馬鹿にした令嬢達の目に、はっきり嫉妬と羨望が浮かんだのもしっかり確認した。
(ふふん、このヴェールを最大限に引き立たせるために、わざとドレスはシンプルにしていたのよ!)
私は袖の中でガッツポーズをきめた。推しを輝かせるのは、オタクの使命!
もちろん、主役はドレスではない。この画期的な装飾をもってしても、スティラお嬢様自身の美しさの前にはただの引き立て役だ。
豊かな金髪がシャンデリアを受けて輝き、装飾の光で複雑にきらめく碧蒼の瞳が観客の視線を一斉にさらっていく。
「噂とは全然違う……あのように堂々とした方だったとは……」
「あの美貌では、痣すら華やいで見えますな」
ちらほらと聞こえるそんな声に、頬が自然と緩む。
大きな痣をも魅力に変え、頬をほんのり染めながらも堂々と微笑むその姿は、アイドルが大舞台でファンを魅了する一瞬に重なって見えた。
「本当にペンラを両手でぶんまわしたい気持ちよ!応援うちわくらい用意してくればよかったかしら、不覚!!」
「いつもながら、メイド長が何を言っているかはわかりませんが……」
ソリーナはそう言ったあと、眼鏡をそっときらめかせて微笑んだ。
「多分、私も同じ気持ちですわ」
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さかのぼること十時間ほど前・セラヴェル家にて――。
「ガラスで装飾を作りましょう!」
……と私が言ったときのメイド達は、全員一様に「???」という表情をしていた。
「ガラスって……窓に使われている板ですよね。板で……、装飾を?」
リルネがぽかんとしているが無理もない。この世界でのガラスはひたすら実用一辺倒で、教会のステンドグラスすらないのだもの。
宝石に「似た物」なら作れるかもしれないと思いついたとき、脳裏にひらめいたのは、前世の推し活。ライブなどで使用されるペンライトやサイリウム、リングライトだ。
前世の推し――といってももう顔も思い出せないのだが――のライブで、一斉に光るペンライトやリングの華やかさは忘れられない。
あのきらめきをこの世界で再現するとしたら……。
「大丈夫、ここにいる全員が力を合わせれば作れるわ!私を信じてちょうだい!」
板ガラスしかなくても、炎や氷の螺力で加工すれば、大量のカットガラスが作れる。ガラスは急激な温度変化に弱いので、うまくすれば一瞬で細かく割ることができるのだ。
ごく小さい物にするから形は歪でもかまわない。むしろ形は不ぞろいなほうが複雑な光の反射を得られるはず。
この世界に電気はないけれど、舞踏会にはシャンデリアをはじめ無数の燭台があるから光源は十分だろう。
ヴェールに小さなカットガラスを多数縫い付け、風螺術で、灯りやヴェールを揺らせば、きっと──!
そして、物置に余っていた板ガラスを使い、各属性を持つメイド達の協力を経て、見事にその試みは成功したのだ。
「皆、本当にありがとう!作戦成功よ!!」
控室で、スティラお嬢様付きメイドチームは、全員で円陣を組んで喜んだ。
他家のメイド達はちょっと引いていたが、見なかったことにしよう。
美しいだけなく、誰もまだやっていない新しい装飾だ。お嬢様のデビューを、斬新なものとして印象付けられたに違いない!
……しかし、これはまだ序章でしかない。
本番の舞踏会は──スティラお嬢様ご本人にかかっている。




