3✦☾推しがあまりにも悪役令嬢
お嬢様がお茶を終え朝食に向かわれた後、私は今夜の衣装の最終確認をしていた。
(この日のために、どれだけ準備してきたことか……!)
今夜、王宮で行われる舞踏会こそ、お嬢様のデビューステージだ。
しかも、最近病に伏せられていたというアンリーク王子も出席されるとのことで、貴族令嬢やその親は色めきたっている。
王子の目に留まれば、ゆくゆくは王族の仲間入りも夢ではない。
スティラお嬢様は私と同じ二十一歳。確かに遅い社交界デビューだが、主役は遅れて登場するのが定番よ!
「痣のせいで社交界に出られない」なんて中傷は、今夜のお嬢様を見ていただければ吹き飛んでしまうに違いない。
そんなことよりも、心配なのは──。
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前世の最後がアイドルオタクだっただけあって、私にはアイドル以外のオタク知識も多少ある。
それによると、お嬢様のようなタイプはいわゆる「悪役令嬢」──。
もし「善役令嬢」が現れたら、当て馬とされ悲劇的な運命をたどり──酷い時は、命すら奪われるらしい。勧善懲悪にもほどがあるわよ。
「お嬢様の社交界デビューが、よもやそのような展開への伏線であってはならないわ!!」
(で、でも、前世をオサラバした頃の流行では、悪役令嬢が主役になる展開も多かったはずだわ……!悪役令嬢の方が、実は優しくて賢いという方がむしろ主流……!)
「ちょっと!大事な舞踏会で、わたくしにこんな地味なドレスを着せるつもり!?」
考えるそばから、お嬢様がメイド部屋に顔を出した。
準備中のドレスを一瞥すると、話にならないというように軽く片手を振る。
「まあ……、あなたがたのセンスでは、これが限界なのかもしれないけれど、いくらでも替えがきくってことは覚えておきなさいよ。──もちろん、ドレスの替えじゃなく、あなた方の替えよ。お父様は私の言うことなら何だって聞いてくださるのだから」
高笑いをしながら去ってゆくお嬢様を見つめて、私は頭を抱える
(まずい……!全然優しくて賢い感じがない……!いや、あのテンプレな嫌味ったらしさがまたお可愛らしいのだけれど──あれは確実に悪役令嬢だわ!!)
「嫌味だけ言いにきたんすかね、あのお嬢サマは。ヒマなんすか?」
チェスカは呆れ、テトは縮こまっている。
「お嬢様のセンスに合わせる方が大変ですわ……。リボンにリボンを重ねたいとおっしゃったりするのですもの」
ラーサとリルネはため息をつき、サッシャとマーシアは苦笑した。
「じゃあリボンまみれにしちゃったら、魔獣のぬいぐるみみたいで可愛いかもです~~」
ユアンだけはマイペースを崩さないが……、私はリボンどころではない。
「どうしよう!王子に選ばれるのはお嬢様に決まっているけれど、そこに善役令嬢が現れて、あることないことお嬢様のせいにされて、皆の前でお嬢様が悪者にされて糾弾断罪、ザマァ展開で縛り首になったら!!!」
ソリーナに泣きつこうとしたら、さっと避けられた。
「メイド長、また妄想と迷走が並走していて、何を言っているかさっぱりわかりません」
「ま、まずは王子に選ばれないことが大事かしら?それで死亡フラグは回避できる?でもお嬢様の美貌なら絶対選ばれてしまうわ……!」
「王子に選ばれるための舞踏会ですよ。目的を見失わないでください。」
氷のような声で言い捨てると、ソリーナは仕事に戻っていったが、私の不安は尽きない。
「ああ、お嬢様の美しさがいらぬ虫まで寄せ付けるなんて……!薔薇には棘が絶対に必要ね」
「メイド長、ひょっとして今、王子のことを虫とおっしゃいました……?」
水螺術で香水の配合を調整していたリルネが、ぎょっとして振り向く。
「やはり、私がお嬢様の棘になるしか……」
「と、棘とは?」
火螺術を使い、コテで髪を巻く練習をしていたテトが、おそるおそる私の顔を覗き込む。
「テト!焦げてる焦げてる!手元をちゃんと見て!お嬢様のことなら大丈夫。いざとなったらこれが……」
私が普段から持ち歩いている護身用ナイフを見つめていると、ソリーナが凄まじい顔ですっとんできて、私から無言でナイフを取りあげていった。なんなの??
やっぱり皆、特別な日を迎えて、何か落ち着かないのかもしれない。
メイド長たる私が、しっかり皆を導き……、そして、お嬢様をお守りしなければ!
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「でも……確かに、地味ではあるのよね……」
舞踏会用のお嬢様の衣装を前にして、私は悩んでいた。
いっそわざと目立たなくして、王子からお嬢様を隠すことも考えたのだけれど……。
「そんな推し道に反したこと、できるわけがないわぁ!!お嬢様の魅力をダウングレードさせるなんて……人道に悖る行為よ!人類の宝への冒涜だわ!!」
なので、逆にめちゃくちゃ素晴らしい目立つ衣装にして、お嬢様の比類なき美しさを見せつけ、ちょっとやそっとの善役令嬢では太刀打ちできない方向に舵を切ることにした。
つまり、お嬢様を完全に「主役」にしてしまえば良いのだ!
主役は死なない!例え死んだように見えても、なんだかんだで生き返るものなのよ。それでお嬢様の安全も確保されるはず。
(「推しを世界の主役にする」──きっと、それこそが、私の今世での使命なのだわ──!)
そうと決まれば、最上級のデビュー衣装を用意せねば!!……と気負うものの。
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この晴れ舞台のため、ひと月以上も前から、大陸中の仕立屋や靴屋を探し回り、お嬢様にふさわしいドレスや靴を選び髪型を提案させ、装飾品の一つ一つに至るまで、この私が選びに選び抜いていた。
考え得る限り、最高の物を集めた自負がある。
ただ……どうしても足りないと感じてしまう物があった。
それは宝石である。
この世界では、なぜか“鉱石”を飾りに使う文化がない。
真珠や琥珀など生物由来の宝飾品はあっても、宝石は誰も知らない。
石は建材であって装飾ではない──という価値観なのだ。
装飾品といえば、リボンや花飾りが主流。それはそれで綺麗だが、前世の研究では宝石学にも興味があった私としては、少々寂しい。
「宝石があれば……スティラお嬢様の魅力を、もっと引き立てられるのに!」
前々からそう感じてはいたが、悪役令嬢としてザマァされてしまうかの瀬戸際となると、ますます宝石の必要性を感じる……。
でも待てよ、と私はふいに思いついた。
(似たような物なら、前世の知識でなんとかできるかもしれない……!)
思わず立ち上がった。
(地味すぎて、あまり役立てられなかった鉱石の知識だけど……、ここにきてようやく前世チート発動!?)
「ホーセキ?とは何なのですか~?」
舞い上がっていた私の顔を、ひょいと最年少メイドのユアンが覗き込んだ。ふわふわした薄金色の髪が揺れている。
私はにやけていた頬を慌てて引き締めた。
「美しく光る鉱石のことよ。私の前世では当たり前に……、あ、いえ、その、……前世では、そういう石が出てくる物語を読んだことがあった……らしいわ」
歯切れの悪い答えになってしまった。
──とある理由から、「私が今も、前世の記憶がある」ことは、決して悟られてはいけないのだ。
いつもほわんとしているユアンは疑問も抱かず、にっこり微笑む。
「メイド長の前世は、読書家だったのですね~。ユアンは前世でお魚とってました~」
「ユアンちゃん、お魚好きですもんね。テトは前世では料理人だったようです!」
「テトの料理は、火力半端なくてすごかったようですよ」
テトとソリーナも話に加わる。
「私は狩人だったようで、五歳まで家の鍬で獣を追ってたそうですよ」
「ソリーナさんらしいです……!」
「もちろん、今は何も憶えてませんけどね」
「前世の記憶といっても、五歳で消えるのでは、思い出にすら残らないですよねえ」
メイド達は作業をしつつも、楽し気に雑談をしている。
そう、この世界では、誰もが転生者として生まれ、幼い頃は前世の記憶を持つ。
ただし、大人になっても前世の記憶を持ち続ける者はいない……、
いや、「いてはならない」。
私は、その禁を破っている。
そして、この秘密だけは、誰にも──最愛のスティラお嬢様にさえも──決して知られてはならない。
……それが、私のもう一つの使命なのだ。




