36✦☾まさかのワンマンステージ
──確かにお嬢様の衣装は今回も人目を引いた。
会場に現れたときには、あまりにきらびやかさに、賞賛のため息を我慢できなかっただろう方もたくさんいた。
しかし……。
「……あんまり、酷いです」
あの冷静なソリーナまでが怒りをあらわにしている。
「……メイド長、今日はもう帰りませんか~~?悲しくなってきました……」
マイペースさでは右に出るものがないユアンも、私の袖口を引っ張る。
舞踏会が始まり、管弦楽団が優雅に一曲目を奏で始めたというのに、お嬢様にダンスを申し込む殿方は、誰一人いなかった。
──通常は、考えられないことである。
殿方も令嬢達も、遠巻きにしては、こそこそと醜い噂話を繰り返すばかり。
「なぜ、“逸脱者”かもしれない令嬢がこんなところに……」
「近寄らない方が良いわ。どんな災厄があるかわからなくてよ」
「王宮も何を考えて参加を許可したのだ……」
(レオネル様……、この事態、フォローしてもらえないですか!?)
と会場中を見回しても、レオネル様はいらっしゃらない様子……。
王子も王子で、姿すら見せようとしない。
肝心な時に、役に立たないわね!!
確かに、お嬢様は鋼メンタルの持ち主よ。でも、主君がこんな恥をかかされて、黙ってみてられるものですか……!
……と、抑えつけようとするソリーナとユアンを無理やり振り切り、鼻もちならない貴族連中に、一言言ってやろうとしたときだった。
「……スティラ様、貴女には逸脱者の疑いがかかっているのはご存じですか」
貴族男性の一人が口火を切った。
「螺力も精霊もない、という噂は本当なのですか?」
「そ、そうですわ!舞踏会に参加されるなら、まずその疑惑を払拭してからではなくて!?」
次々と、お嬢様に棘のある質問が投げかけられる。
「螺術を見せてくださいまし!そうすれば皆も納得いたしますわ!」
しかし、お嬢様はそのような言葉の中でも、艶然とした笑みで真っすぐ立っておられる。
「皆さま、おかしなことをおっしゃいますわ。ここは、螺術ではなく、ダンスをお見せする場ですのよ」
そして……すっと片腕を上げ、その場でくるりと一回転をする。ドレスについたガラス装飾が一斉に揺れ、キラキラと複雑な光を反射した。
たったそれだけの動作でも、人目を奪う美しさ──。
……そして、なんとそのままお嬢様は、お一人で踊り始めたのだ。
困惑と侮蔑の混じったざわめきがお嬢様の周りに広がる。……当たり前だ。
舞踏会に来て、パートナーもなく、一人で踊る令嬢など聞いたことがない。
私すら驚いて、言葉が出せなかった。……まして、周辺の令嬢や貴族たちはあっけにとられ……、というより度肝を抜かれたに近い表情で、お嬢様を遠巻きに見守っている。
それは一風変わったダンスだった……、少なくとも貴族の上流階級では、男女ペアで踊る以外のダンスは習わない。
しかしお嬢様のダンスは、まるで最初から一人で踊る振り付けかのようだった。それは斬新で……見たこともない、新しいダンスだった。
「な、なんて非常識な……」
一人の男性がそうつぶやいたものの、その美しさの前には、動くことすらできないようだった。
踊っていた令嬢や殿方も動きをとめ、管弦楽団ですら、演奏をやめた。
かすかなざわめきだけを音色に……、窓から入る満月の光を浴び、その光を細かく散らしながら、お嬢様は一人で踊り続けた。
首元のカットガラスのネックレスが、イヤリングが、光を集めては七色にきらめく。お嬢様の複雑な足の動きに合わせて、ドレスは揺れ、その回転によってオーナメントのように複雑に組まれたカットガラスも光を撒き散らす。
……舞踏会前代未聞のありえない事態……それなのに、お嬢様のダンスはその場にいる人の目を奪い、離さなかった。
これは、お嬢様のワンマンステージだ……!
なぜだろう、自然と涙がにじんでくる。
月のスポットライトを浴び、一人で踊るお嬢様……、その姿は、私の中の大切な何かを思い起こさせる。
必死で手を伸ばそうとして……届かなかった。まさしく夜空の星のような……。
じき、お嬢様は優雅に回転して足をピタリと止めると、観衆に向けてお辞儀をする。──先ほどまでお嬢様に攻撃的な言葉を投げかけていた人々は、もはやワンマンステージの観客でしかなかった。
「スティラお嬢様……!!」
私は思わず、一人で拍手をしていた。推しの素晴らしい初ワンマン!手がちぎれるくらい拍手をするのは当然!!ソリーナとユアンもそれに続く。
罵声を浴びせていたはずの貴族たちの中からも、ちらほらと拍手をする人が現れ、次第にその音は大きくなっていった。
方向を変えて、何度もお辞儀をするお嬢様。
そのお嬢様は、一歩踏み出ていた私にゆっくりと手を伸ばす。……私も自然と手を伸ばしていた。
気が付いたときには、私は「わあぁぁっ」という大きな歓声の中にいた。
なんと、お嬢様は私の手をとり、私を相手に踊り始めたのだ。
……恐縮ながら、私は屋敷では何度かお嬢様のダンスの練習相手をつとめたことがある。なので、踊ること自体はできるが……、
しかし、まさか王宮の舞踏会で、メイドを相手に踊るなんて──、前代未聞どころではない。
管弦楽団はいつしか、演奏を再開していた。優雅かつスピーディなワルツが流れ出す。
音楽を受けて、お嬢様のダンスはますます冴え、それに引き上げられるように私の動きもしなやかになる。
……私にとっては、本当に夢のようなひとときであった。お嬢様のお手をとり、その翡翠の瞳を見つめ、月と燭台の光の中でただ躍動する。
両手をとられ、息つく間もなく、瞳にはひたすらお嬢様の微笑みしか入らない。頭の奥はしびれたようになり、何も考えられなくなる。
カットガラスのきらめきは想像以上に、お嬢様の一挙手一投足を輝かせていた
キラキラとした光の中で、……確かに、お嬢様と一体になれたような気がした、その瞬間、
「……スティラ・セラヴェル様!?」
悲鳴のような声が、その場を引き裂いた。
驚き振り向く観衆の中、呆然と立っていたのは──。




