35✦☾輝きは忍耐で作るもの
中傷者特定まではいかなかったものの、ユーテリア様から貴重なお話を伺えたうえ、アンリーク王子とレオネル様を確実に味方につけられたのは、思わぬ収穫だった。
──そして何より、お嬢様の舞踏会参加が正式にセズネイ様より告げられたのだ!ミッション達成だわ!
「当然よ!皆、私を観に来るようなものなのだから!」
お嬢様は言葉こそ強気だが、表情は得意満面で、どう見ても嬉しそうだ。
王子直々にセラヴェル伯へ通告があったのだから、出席させないわけにいくまい。セズネイ様やアデリーナ様はまだ心配げだが……。
(この笑顔を守れるなら、それだけで報われるわ……!)
──もっとも、まだミッションは二つ残っている。
カットガラス制作とドレスの準備、そして舞踏会当日の護衛だ。
(心配は山ほどあるけれど、お嬢様を信じて応援するしかないわ)
「さあ!今回もお嬢様を“完全主役”にするわよ!」
王宮との行き来で中断していた装飾づくりも再開する。
トーレスが作ってくれた研磨盤も準備万端、いよいよ本格始動だ!
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さて、工房──ソリーナに言わせればただの物置小屋──にて。
メイド達は大きな作業台を囲み、ぎこちない手つきでガラス片を並べていた。
「まずは炭で軽く線を入れて。そう、そのくらい。それから金鋸で――焦らずにね」
鋸がガラスをかすめ、きぃんと細い音を立てる。
私がそっと金槌を当てると、ぱり、と澄んだ音。ガラスが綺麗に割れた。
「わあ、きれい~!」
ユアンが目を丸くして光にかざす。
「ね、傷の通りに割れるのよ」
メイド達は興味津々に覗き込んでいる。
「次は研磨。荒い砂から始めましょう。マスクとゴーグルを忘れずにね」
トーレス特製の足踏み盤に、石英砂をぱらり。水をかけて踏み子を押すと、円盤がぎし、と音を立てて回り出す。
私は手本として、角を落とすだけのベベルカットを見せた。
「まあ……!ガラスが削れていくなんて!」
「円を描くように、面を意識して――そう、丁寧にね」
ラーサとマーシアが見よう見まねでガラスを押し当てる。
水しぶきが飛び、ざらざらと音が響く。
「けっこう力が要りますのね」
「お嬢様育ちには堪えるかもねぇ、ほい交代」
チェスカが笑いながら踏み子を代わる。
「でも、ほら、少し光ってきた!」
「ほんとだ~、ぴかってした~!」
一方でソリーナが眉を寄せる。
「効率が悪いですね。研磨盤が一台では順番待ちになります」
「そうね……。袋に砂を詰めて棒に巻きつけた簡易盤で補いましょうか」
「なるほど。では私、それを試します」
リルネはちょっと不満そうだ。
「見た目は優雅とは言えませんわね」
「このエプロン姿の時点で論外ですわよ」
マーシアの一言で場が和み、笑いが起きた。……エプロンは十分素敵だと思うけれど。
粉の匂い、水の音、円盤の回転。
水螺術を使える者は水を絶やさず、風螺術者は換気を。そしてあとはひたすら磨くのみだ。
ぎこちなかった手つきにも次第にリズムが生まれ、彼女たちの指先の中で、ただのガラス片が少しずつ光を帯びていく。
私も、前世ぶりに「鉱石を磨く楽しみ」を思い出し、懐かしさと新鮮さを同時に味わっていた。
……とはいえ。
装飾を最優先する許可をもらっているものの、手作業で多くのカットガラスを磨き上げるのは、時間がかかりすぎる。
その分は結局、屋敷の他のメイドや従者たちの負担となってしまっている。
(今回はこれで乗り切るしかないけれど……、対策は考えなきゃだわ)
「メイド長!綺麗です!」
テトが嬉しそうに、磨き上げたガラス片を掲げた。
窓明かりを受けて、素朴ながらも確かな輝きを放つ。
「そうよ、それが“カットガラス”よ!よく頑張ったわね、テト!」
粗削りではあるけれど、間違いなくこの屋敷で──いえ、この国で初めて生まれた「カットガラス」だ。
「すごいすごい!キラキラです~~~!」
その声に笑いながら、私は胸の奥で小さく拳を握る。
(よっしゃ!今回も、お嬢様が主役だわ!センター間違いなし!)
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そして当日──。
今回はお嬢様の辛いお姿を見せてしまうことになる可能性も考え、メイドは最低限……、灯りやドレスを揺らすための風属性の持ち主、ソリーナとユアンだけを連れてきた。
「実は、お嬢様に関する酷い噂がまた蔓延っているようなの。……でも当然、事実無根の中傷だから、気にしないようにしてね」
会場で傷つかないよう、二人にだけは伝えておく。
「大丈夫よ、酷いものには私が動くから──」
「それが一番心配です……。メイド長、人を殺めるのは犯罪ですからね?」
ソリーナは私を何だと思っているのかしら?
お嬢様に危険が迫らない限り、そんなことはしないわ。
ところが舞踏会でのお嬢様の扱いは、最初から想定外だった。
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「スティラ・セラヴェル様は、こちらへ……」
なんと、控室からして、別室に連れゆかれたのだ!
前回は他の令嬢と同じ控室だったのに。
「わぁ~、個室なんてすごいです!さすがお嬢様~~」
ユアンは無邪気に喜んでいるが、ソリーナは複雑な表情をしている。
「他の令嬢たちが、“逸脱者”かもしれない方と同室は怖いとおっしゃられまして……」
と、わざわざ伝えてきた従者の腕をつねるのをどれだけ我慢したか!
「特別個室ね!!まあ、前回のわたくしの目立ち方を考えると無理ないですわ!始まる前から他の令嬢達に劣等感を抱かせるのも申し訳ないですから……!!」
高らかにオホホ笑いを披露しているお嬢様の心配は不要なようだ。
アンリーク王子も絡んでいることを考えると、お嬢様への配慮かもしれない……と私は思うようにした。
(お嬢様をオトリと言い切ったあの腹黒王子は、イマイチ信用できないけれどね……!)
しかし、個室でゆっくりお嬢様のドレスの総仕上げをできるのは良い。
前回はヴェールを被せただけの、簡易的な装飾だった……が、今回はガッツリドレス自体に、ガラス装飾を組み込んだ。
襟から胸元中央には、ポイントに大きなカットガラスを置き、細かな装飾も縫い込んである。
ドレスのフレア部分にも、大小のカットガラスをごく細い銅線で組んだ飾りをぶら下げ、お嬢様がダンスで回る都度、揺れるようにしてある。
アクセサリーもばっちり、おおぶりのカットガラスを組み合わせた豪華なネックレスに揃いのイヤリング。
……正直、めっっっちゃくちゃ、大変だったわ!!人力だけで大量のカットガラスを作るのがあんなに手間だとは……。
でも、そのかいはあった……!
「このキラキラ感は気に入ったわ!宝石みたいじゃないの!」
そう言って、お嬢様は華麗にぐるりと回転した。
それだけでも、お嬢様の身を飾るカットガラスが、部屋の明かりを一気にきらめかせ、前回の比ではないゴージャスさ!!
(この完璧なお嬢様の御姿よ……!)
いつも通り平伏しつつ、ふと気が付く。
(……と、ちょっと待って?)
「お嬢様、今『宝石』とおっしゃいました?」
「え?ああ、言ったかしら?」
「宝石を……、知ってらっしゃるのですか!?」
「そりゃあ……、この国じゃなかなか無いけど、知ってるわよ」
(宝石!!この世界にもあったのだ!!)
あの立派な屋敷の図書室にすら、本の一冊もないのでほぼ諦めていた。
(“この国じゃ”ってことは、エルトリア王国以外でなら流通もしてるのかしら?私が探し出せなかっただけ……!?)
舶来品だから、高価すぎて庶民には知られていないのかもしれない。王族や上位貴族だけが知る存在なのかも。
「メイド長、さっきから邪魔です。奴隷ポーズなら部屋の端でやってください!」
わくわくしているとソリーナに蹴飛ばされかける。
慌てて立つと、目の前にはキラッキラに光る月の女神の化身のようなお嬢様の姿が……!
(直視できない!眼福で倒れそう……!)
この素晴らしい御姿なら、ちょっとやそっとの中傷なんて、面影なく吹っ飛ばせるに違いないわ……!!
「当然、今回もわたくしが主役ですわ……!」
鳴り響くお嬢様のオホホ笑いの中で、私はそう信じていた。
──しかし、お嬢様のセカンドステージは大荒れに荒れることになる……。




