33✦☾アンリーク王子の企み
レオネル様に案内されるままに、王宮の奥へと通された私は、護衛付きの明らかに豪華なドアを前に立ち止まる。
(こ、これはもしかして……)
「アンリーク、例のメイド長をお連れしたぞ」
護衛が恭しくドアを開けると、レオネル様がそう言いながらずかずかと室内に入りこんていった。
(やっぱり──!)
白い大理石の床に金糸の絨毯。光を受けた薄布が、窓辺で静かに揺れている。
その窓の前、カウチソファに腰かけているのは……アンリーク王子だった。
逆光に包まれた王子は、ただ座っているだけで絵画のようだった。
白いブラウスにゆるやかなケープ。指先まで整った姿勢。
(本当に……生きた彫刻みたい)
視線がこちらへ向けられる。淡い金髪がさらりと流れ、夕闇色の瞳が静かに光を返した。
「シアナ殿……と申されたか。お噂はかねがね。体調が優れない故、このような姿で失礼する。……アンリーク・エルトリアだ」
(まさかの、王子の私室……!!)
「お、お初にお目にかかります。セラヴェル家の令嬢付メイド長を務めております、シアナと申します」
な、なぜ私が、このような場に……!?と混乱しつつも、とにかく最上級のお辞儀をする。
「レオネルより話は聞いている。……王宮の仕立師のため、装飾の指南に通っているとか」
アンリーク王子のしなやかな指には、漆喰の小さなブローチがある。
さすが王宮付きの仕立師達、初めての素材・作業のはずなのに、なかなか美しい物に仕上がっていた。
「このような珍しい装飾は私も見たことがない。……石、とはな。仕立師達もいつになく嬉し気に献上してきた。──礼を申し上げる」
うっすらと開かれたアメジストの瞳がけだるげにブローチを見つめる。
王子がわずかに頭を動かすたびに金の髪がゆったりと揺れ、青白い頬に複雑な影を落とす。
「もったいない御言葉、恐縮にございます。指南と申しましても、ただ伝言役をしているだけでございます。すべては我が主、スティラ・セラヴェル様の思し召し……、ただ、このことは」
「それもレオネルから聞いている。内密に……だな。シアナ殿もスティラ嬢も非常に謙虚である……」
そう言うと、王子はゆっくりと目を閉じた。
静けさが豪奢な部屋を包む……。
と思うと、ぱっとその眼を見開き、突然前のめりに座りなおした。
さきほどまでとは明らかに異なるキラキラとした光が、瞳に宿っている。
「さて、堅苦しい挨拶はここまでだ!シアナ殿、貴殿の本当の目的について……腹を割って話し合おうではないか!」
え?うぇ?
あの、物憂げな態度はいったい何だったの??というほどに、不敵な笑みでこちらを食い気味に見つめている。
慌てて、助けを求めるようにレオネル様を振り向くと、にやりと笑ってウインクされた……。
ど、どういうこと──!?
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「恐れながらアンリーク様、おっしゃる意味がよく……」
なんとかしらばっくれようとしたが、こともなげに王子はこう言った。
「貴殿が、王宮内でスティラ嬢の噂について調べていることは知っている」
(バレてる──!!)
「咎めているわけではない。……例の噂については私も困っていてね。王に伝えるほどでもないが放置はできぬ。私のところで対処したい」
王子は静かにブローチを指先で転がす。
レオネル様も進み出た。
「中傷の内容が内容だ。教会が介入すれば面倒になる。そうなる前に噂を潰したいのだ」
(ああ……やっぱり、王宮の人たちも教会は苦手なのね。わかるわ)
「では、噂の出どころは突き止められたのでしょうか!?」
思わず私も身を乗り出すと、アンリーク王子はレオネル様と顔を見合わせた。
ん??
「我らは貴族社会では意外と不自由だ。部下を動かすだけでも大ごとになる……、かといって事が事だけに信用できぬ者を雇うこともできない……」
わざとらしくため息を吐くと、アンリーク王子は意味ありげにこちらを見る。
……んん??
「ああ、どこかに、信頼でき有能で、社交界に顔を知られておらず、ある程度自由に動け、この噂を消すためなら労苦を厭わない者はいないものか──」
「……王子?」
まさか……。
「そこに貴殿が現れたのだ!まさに飛んで火にいる夏の虫!……と、失礼。渡りに船!カモネギとは貴殿のこと!!」
ビシイ!と私を指さして得意げにウインクしていらっしゃいますが、……王子、キャラ変わってません?病弱ではかなげな美青年じゃなかったんです??
「ええと……つまり?」
「アンリ―ク!それではメイド長殿に伝わらぬ!……つまり、貴殿にはカモネギとして引き続き諜報活動を続け、この中傷の根を突き止めてほしいのだ」
レオネル様、「カモネギとして」って言葉いります??っていうかこの世界にもカモネギに相当する言葉あるんですね……。
ま、まあ、それはともかく。
(……ユーテリア様のお話を聞いて、諜報活動に限界を感じたばかりなのよね……)
ユーテリア様のお名前は出せないため、特定できないレベルにぼかしたうえで得られた情報を王子にご報告する。
「……ですので、社交界の中でもかなりの上層部が根源と思われます」
「なんと……」
アンリーク王子は顔を片手で覆い、ソファに背を埋める。
……社交界の上層であればあるほど、王家に近くなる。身近にそのような人物がいるのはショックだろう。
「これ以上深入りしますと、教会にも怪しまれかねません。そうなっては主君にも多大な迷惑をかけます故、残念ながらここが潮どきと考えておりました」
私は教会に目をつけられるわけにいかない──本当に螺力がないのだから。
「恐ろしい逸脱者」というユーテリア様の叫び声が胸によみがえる。……あれが、私のような者への世間の反応なのだ。
……アンリーク王子は少し目を細めるとつぶやいた。
「ならば、諜報などまどろっこしいことは辞め……一気にカタをつけるか」
(一気に……?そんな方法が?)
そして、私を見つめてにやりと笑った。
「……シアナ殿は舞踏会でスティラ嬢がどのような状況になろうと、お守りできるか?」
「当然」
思わず、王子への礼儀も忘れ、私は即答した。
「お嬢様は精神的には非常にお強いお方で、私の助けなど不要です。……しかし、もし物理的な危険が迫るというなら、」
私は王子の瞳を、真っ向から見つめる。
「この命かけても、お嬢様をお守りいたします」
そして、私はレオネル様を見上げた。
「むろん騎士の皆さまにも、その命かけて──何があってもお嬢様をお守りいただきますわ」
一瞬レオネル様は目を見開いたが、すぐに力強く頷き、王子もそれを受けたかのように目を閉じて微笑んだ。
身分も立場も大きく異なる身で不遜かもしれないが……、確かにそこには不思議な連帯感があった。
そのわずかな沈黙は、チリン!という音で破られる。
──王子が呼び鈴を鳴らし、従者を呼びつけたのだ。
「……セラヴェル環伯に伝えよ。次の舞踏会には必ずスティラ嬢も参加させるよう」
従者が下がると、王子は私に微笑みかける。
「安心されよ。もしスティラ嬢の身体を害するのが敵の目的ならば、中傷を撒いて舞踏会から遠ざけたりせぬ。舞踏会はスティラ嬢を狙える数少ない機会だからな」
……確かに、一理ある。
「理由は不明だが、犯人はスティラ嬢を社会的に抹殺したいようだな」
「なんと卑劣な……」
レオネル様の言葉に、怒りで頭がどうにかなりそうである。
うちのお嬢様が何をしたというの!?ちょっぴり我儘で高飛車で嫌味でドジっ子なだけじゃないの!!
「王家としても、社交界を乱されることは望まないし、不穏分子は早い段階で潰すに限る──」
王子は、ソファのサイドテーブルに置かれていた、チェス盤から、クイーンの駒をつまむとゆらゆらと振る。
「目的が不明な以上、逆張りしていくしかない。──スティラ嬢を不参加にしたいなら、敢えて参加させる。……平たく言うと“オトリ”になっていただくわけだ」
(……オトリですって?言い方が酷い!)
「平たく言わないでくださいまし。この……いえ失礼」
(あやうく“この腹黒王子”って言いそうになったわ!)
さわやかイケメンが実は腹黒なんて、まあよくあるっちゃある設定だけど!
(でもやっぱり、この王子はスティラお嬢様のお相手には考えられないわ!お嬢様にふさわしいのは、もっと誠実で優しくて……。──この王子は却下よ!!ユーテリア様に熨斗つけて差し上げるわ!!)
「メイド長殿?顔が鬼のようになっているが……」
レオネル様に指摘されて慌てて顔を戻す。
「……失礼いたしました。卑怯な中傷者に対する怒りが、つい」
「貴殿の忠誠心には感服する。……ただ、この状況で舞踏会に出すとなれば、スティラ嬢に辛い思いはさせるだろう」
そう……。あのような中傷の中、舞踏会に向かわれるお嬢様の姿を想像すると、私も胸が締め付けられるようだ。
しかし。
「お嬢様は、卑劣な中傷などに傷つけられるお方ではありません」
私は顔を上げて、きっぱりと言い切った。
(あの方は、ダイヤモンドよ──!)




