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32✦☾善役令嬢の憂い

ユーテリア様から「口にできない話」を引き出すため、頭を回す。

アシュレーン家の令嬢が、王宮で従者もつけず……目的は何?


「そういえば、レオネル様も何かご心配なご様子でしたわ」


ため息まじりに言ってみると、ユーテリア様の態度が明らかに変わった。


(当たりね!)


「何でしょうか……。王宮の警備のことか……」


(反応はない……違うようね)


「舞踏会のダンスのことか……」


もしダンスのお相手がレオネル様なら、確かに心配でしょうと思ったが……。


(これも違うようね)


「アンリーク王子の御病状のことでしょうか……」


ユーテリア様ははっと顔色を変えた。


(なるほど、王子関連ね。スティラお嬢様の噂とは別筋かしら?)


私はユーテリア様を安心させるように微笑みかけた。


「私もアンリーク王子のご健康をいつも願っておりますが……それにしても、レオネル様がご心痛を抱かれるほどとは……、大変な事態でなければ良いのですが」


ユーテリア様はもはや両手で唇を多い、震え始めていた。

白く細い首はうなだれ、瞳から光が少しずつ薄れてゆく。


「大丈夫ですか?やはり、レオネル様の元にお連れいたしましょうか……?」

「いえ……いえ。……あのような噂をレオネル様のお耳にいれるのは……」

「……噂?」


なるべく態度に出さないように、私はユーテリア様の両手をそっと包むように、自分の手を重ねる。

……一か八か、再度カマをかけるとするか。


「私もそういえば、不安な噂を聞きましたわ。……どこかの御令嬢には精霊がいらっしゃらない、とか……。もちろん嘘に決まっているでしょうけれど……」


──果たしてビンゴ!

ユーテリア様は整った眉根をゆがめ、ふいに声を高めた。


「ああ!やはり、その噂は王宮にも……!」

「もしや、トルドー家のお茶会で……」

「はい……、心配のあまり、つい口走ってしまったのです……」


(ラッキー!トルドー家をすっ飛ばして核心に到達……!)


しかしこの令嬢が……?「善役令嬢」としての暗躍の一環……には見えないけれど。


「なぜユーテリア様のような方がそのような……。根も葉もない噂でしょうに」

「いえ!!……いえ、その噂は真実でございます……。精霊も螺力も持たぬ恐ろしい『逸脱者(デスヴィア)』が、有力貴族に交じり、アンリーク王子を狙っているのでございます……!」


ユーテリア様は、お顔を膝に埋めるかのようにうなだれ、美しく結われた髪が崩れるのも厭わず、頭を横に激しく振った。


逸脱者(デスヴィア)」──。

忌むべきその言葉が、まさかこのたおやかな御令嬢の唇から漏れでるとは……。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


しかし、これは間違いない。──スティラお嬢様の噂だ。


(でも……、ユーテリア様はなぜそんな噂を「真実」とまで思い込んでいるの……?)


「ユーテリア様……!落ち着いてくださいませ。貴族にそのような者がいるわけはございませんわ。『クレミナラの夜明け』には教会の神官たちも立ち会い、精霊と螺力(らりょく)の引継ぎを確認いたしますゆえ」

「ごまかす方法はいくらもある、と……」

「どなたが?」


思わず、声が鋭くなってしまった。

ユーテリア様が一瞬びくりと顔を上げる。慌てて私は心配そうな微笑で取り繕った。


「そのような不埒(ふらち)なことを、ユーテリア様に申し上げる者とは……、どういった?」

「……言えません……、でも、嘘をおっしゃるような方ではないのでございます……!」


上位貴族であるユーテリア様をそこまで信頼させるとは……。そういえば中傷が広がったスピードも異常だったわ。


(思ったより、敵は巨大なのかもしれない……。でも、だとしたらなおさら意図がわからない……。そこまでして、なぜお嬢様を?)


疑惑を深めつつも、ユーテリア様のお手を握りしめる。


「それで、王子を心配してこの王宮までいらっしゃったのですわね。……なんと勇気ある行動でしょう」


ユーテリア様の、涙にぬれた瞳をそっとハンカチーフでぬぐってさしあげる。

……例えこの方が、お嬢様の敵となるような「善役令嬢」だとしても……、これが演技にはとても見えない。そもそも、今の私は、「レオネル様の遠い知人のアンナ」でしかないのに、演技をする意味もない。


「でも……もしその噂の令嬢が私の聞いた方と同じなら、次の舞踏会には出席されないそうですわ」


私がそう言うと、ユーテリア様は驚いたように顔を上げる。


「ま、まあ……そうですの?」


(当人も私も、まったく納得してませんけどね!!)


……と心の中では叫びつつ、あくまで平静を装う。

今はこの令嬢が、噂をこれ以上振り撒かないよう、説得しなければならない。


「このような噂が広まっている以上、当然のことかと。王子と舞踏会でお会いすることもなく……危険はありませんわ」

「確かに……そうですわね」


ユーテリア様を落ち着かせつつ、ただ、やはり噂についてはしっかり否定しておかねば。


「それに、そんな噂を信じるのは、儀式や教会をも疑うこと。恐れ多いことです。ユーテリア様ほどのお方がそのような中傷に心揺らされますれば、王子も心配されましょう」

「そう……、ですわよね。ありえないこと……わたくしも、そう思いたい」


少しずつだが、落ち着きを取り戻している様子だった。


「万が一にも真実ならば、教会が対応されるでしょう」


私がそう力強く言うと、ユーテリア様はようやく柔らかな微笑みを浮かべ、そっと立ち上がった。


「……そうですわよね。アンナ様、ありがとうございます。お初にお目にかかる方ですのに、醜態をさらしてしまって」

「そのような……、恐縮でございます」

「いてもたってもいられず王宮まで参りましたが、……屋敷へ帰ります。……どうか、このことはレオネル様やアンリーク様には内密に。これ以上あのお方にご心配をかけたくありません」

「はい、誓って」


私はじっと頭を下げ、ユーテリア様を見送りながら考えた。

噂を広めた一人は彼女のようだが、それを吹き込んだ者がいる。黒幕はさらに上位の貴族かもしれない。


(アシュレーン家より上位の貴族って……)


ぞくりと背中に悪寒が走る。

これは……、私の手に負える話ではないかもしれない。

お嬢様をお守りするためにも、いったん体制を整えた方が良いかもしれないわ。


そして、ふと思った。

──ユーテリア様はきっとアンリーク王子をお慕いしている。

上位貴族の令嬢が単身で王宮に来るなど、よほどの想いあってのことだろう。


(スティラお嬢様に、強力なライバル現る!?かしら……?)


そういう意味でも、本当に彼女は「善役令嬢」なのかもしれない。


(で、でも、そういうことなら王子はユーテリア様にお譲りしても……。け、決してお嬢様が劣っているという意味ではなくて!その、多分、お嬢様にはもっと相応しい方が……)


「決して、娘を嫁に出したくない気持ちとかではなくて……!」

「……アンナ殿?」


中庭で一人力説していると、レオネル様が怪訝な表情で立っていた。ユーテリア様とは入れ違いになってしまったようだ。


「ほう、アンナ殿には娘御がおありでしたか?今から嫁入りの心配とは」


……しっかり力説を聞かれていたらしい。


「……おありじゃないです……。気にしないでくださいまし。それより、私に何か御用が?」

「そうだ、ぜひ貴殿にお会いしたいという方がおられるのだが」


そこでレオネル様は、意味ありげに微笑んだ。


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