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30✦☾計画頓挫からの、潜入大作戦!

興奮するお嬢様を(なだ)めつつ、ソリーナから事のあらましを訊いた私は、急ぎ、総執事長の部屋に向かった。


総執事長セズネイ様──この屋敷の、すべての使用人を束ねる責任者だ。

数百年にもわたり、代々この屋敷にお仕えしておられ、その忠誠心は筋金入りである。


「セズネイ様……、どういうことでしょうか?」

「シアナメイド長か。──次の満月に開催される舞踏会、スティラお嬢様は欠席とする」


セズネイ様は今日も、美しいグレーの髪をきっちり後ろになでつけ、耳の横から首にかけての跳ね具合すら計算されつくしたかのようだ。立派な口ひげも(わず)かの歪みもなく整えられている。


「セズネイ!なんでよ!?わたくしは舞踏会の主役よ!?次こそアンリーク王子だって出席されるかもしれないのに!」

「お嬢様、決定事項でございます」


セズネイ様はあくまで厳格にそう答える。


(お嬢様の上目遣いの最高キュートな駄々にも、眉一つ動かさないなんて……!さすがですわ……!)


総執事長の理性に感服しつつも、私も一歩前に出た。


「理由をお聞きしてもよいでしょうか。私どもお嬢様付きメイド達は、前回の成功を受け、よりお嬢様を輝かせるため、準備を進めております」


そう食い下がってみるが……。


「今の社交界の状況からして、お嬢様がお出になる時ではないと判断したまで。これはセラヴェル伯の意向でもあるゆえ、異論は認めぬ」


セズネイ様の薄い唇は一文字に閉じられ、それ以上の発言を許す気はないようだった。


「じゃあお父様のところに直接行くわよ!」


お嬢様はそのままセラヴェル伯のところにカチコミ……説得しに行ってしまわれた。


──けっして誰も説明しないだろうが、……理由は例の中傷だろう。


(私が知るような噂を、セズネイ様やセラヴェル伯が知らないわけもないわよね……)


だとしたら、お嬢様に甘いセラヴェル伯だからこそ、決定は覆らないだろう。愛娘をむざむざ中傷の中に放り込むなど、環伯としても父親としてもできないに決まっている。


私もやむなく、その場は引き下がることにしたものの、「お嬢様を輝かせ隊」の活動については引き続き、優先して進行する許可はしっかり取り付けた。


例え、次回の舞踏会に出られないにせよ、舞踏会は満月のたびにある。ドレス装飾はどうせ必要になるのだ。


しかし……。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


お嬢様は結局、ふくれっつらで部屋に戻ってきた。


「主役不在の舞踏会なんて……!苺のないショートケーキみたいなものよ!」


お嬢様の例えってちょくちょく庶民的なのよね。そこがまた推せる!

しかし……、メイド部屋では皆が意気消沈していた。……無理もない。


「せっかく川まで行って苦労したってのにさ」

「大きくて綺麗なガラス……見たかったです~~」


せっかく推しユニフォームやチーム名まで作り、やる気に満ちていたというのに。


「また、次の舞踏会があるわ。どちらにしてもドレス作りは続けましょう」


そう皆を元気づけながらも、私もモヤモヤしていた。


(舞踏会で、さらなるお嬢様の美しさを見せつければ、前回と同じく、お嬢様の中傷を振り払えるかもと考えていたけれど……)


それは甘かった、ということだろう。


(しかし……、舞踏会を欠席したりしたら、それこそ中傷者の思うつぼでは?)


中傷を認めたと受け取る貴族もいるだろう。そうやって、どんどんお嬢様を窮地(きゅうち)においやるのが、「敵」の目論見なのでは──。


(そもそも敵とは誰なのかしら……)


いるかもしれない「善役令嬢」が暗躍するにしても、まだ動機がない……。


(一度舞踏会で目立ったくらいで、そこまで強い恨みや嫉妬をかっているとも思えないけれど……)


そんなことをぐるぐる考えていると、突然ドアが開き、お嬢様がメイド室に乱入してきた。


「何をサボってるの!?舞踏会には何としても出るわよ!!さっさと前回よりキラキラなドレス作りに戻りなさい!!」


(お嬢様は、諦めていない……!)


そう思うと、私もぼんやりしていられなかった。


「皆、計画はそのまま続けるわよ。引き続きガラス装飾作りは進めます!」

「「諦めたらそこで試合終了よ!」」


前世での某名作の名台詞を言うも、まさかのお嬢様とハモってしまった。恐れ多くも嬉しい!これは運命では!?

……と思ってお嬢様を見つめるも、露骨に嫌そうな顔をされていた……。

それにしても、こっちの世界にも似たような名セリフがあるのね。


「シアナ!あなたはお父様の説得法を考えて!」

「わ、私がでございますか?」

「だって、エヴァルスもアデリーナも私の味方してくれないんだもの!理由すら教えてもらえないのよ!?意地悪だったら!」


相変わらず女児みたいなことを言ってらっしゃる可愛い……。

理由を言えないのはお嬢様を傷つけたくない一心だとは思うけれど。


「はっ……、ということは、私だけがお嬢様の味方なのですね!?なんてエモいシチュ……!じゃなくて、かしこまりました!命に代えても……!」

「毎度あなたの命軽すぎない!?」


いつものように土下座したまま、私は考えを巡らせる。


セズネイ様からいただいた、前回舞踏会の参加者リストについても調べてはいるし、貴族社会に詳しいラーサやリルネにそれとなく話を聞いたりもしているが、動機の想像もつかないのでは、雲をつかむような話である。


(こんなことをしていても、中傷者は探しだせない……!)


──とうとう、私はある決心をした。


「お嬢様、私に王宮への出向許可をくださいませ。方法は考えがあります。ただしお屋敷の方々には内密で」


土下座したままじっとお嬢様を見上げる。


「それで舞踏会に出られるようになるの?」

「わかりません。しかしやってみる価値はあります」


お嬢様はうっすらと微笑むと、ソファに足を組んで座る。


「やってみなさい?」


──この笑みのためなら、何だってやってみせるわ!


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


その数日後──、私はエルトリア王宮の宮廷仕立部屋にいた。


「アンナ様、本日もお越しくださったのですね。助かります」


仕立師たちがにこやかに挨拶してくれる。


「ええ。では、昨日の続きをやりましょう。私の言った材料は集められましたか?」

「はい。……あの、本当にこれで良いのでしょうか?」


遠慮がちに差しだされたのは、壁などに使われる漆喰(しっくい)の欠片を集めたものだ。できるだけ白く、割れにくそうな欠片を集めてもらった。


「十分です。では作業にかかりましょう」


伊達眼鏡をくいっと指で押し上げる。


──私は、先日からここで「アンナ」として、宮廷仕立師たちに、ブローチ制作の指南を行っているのだ。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


数日前のこと──。


私はまず、エヴァルス様に「レオネル様に、先日の護衛についてメイド長の私からも正式に御礼に伺いたい」とお願いした。

レオネル様は王宮付き近衛騎士でアンリーク王子のご友人……きっと王宮内のことには顔がきく。


「これはメイド長殿。わざわざご丁寧に、痛み入ります」


王宮の騎士訓練所にて、笑顔で迎え入れてくださったレオネル様に丁寧に御礼差し上げたのち、さりげなくこう申し上げる。


「そういえば、ドレス装飾について王宮より文が届いておりましたわ。……装飾の作り方を指南されたしと」

「あの装飾は王宮内でも未だ話題になっておりますからな。ただ、セラヴェル家からは危険な技術ゆえ指南は難しいとのご回答だったそうで、宮廷仕立師達も落胆しておりました」


私はこほんと小さく咳をすると、改めてレオネル様を見つめた。


「スティラお嬢様はお優しいお方──皆様の安全のためとはいえ、お断りしたことを心苦しく思われております」


(実際は、『秘密よ!浅ましい!』と叫びながら暴れられていたけれど……ま、まあ、ついでにお嬢様の株を上げておきましょう)


「そこで、他の装飾でもよろしければ、私を通じて製法をお伝えしてもかまわない、と。…あ、あの、私も製法などわかりませんので、伝え聞いた内容をそのままお話するだけでございますが」

「おお!他の装飾もあるのですか。それは仕立師たちが喜ぶことでしょう!ぜひお願いしたい」


レオネル様は身を乗り出した。

……しかし、よく見ると目が笑っていない気はする……。近衛騎士ならではの用心深さだとは思うけれど。


本当は、レオネル様には私が鉱物に係わる知識があると疑わせるような行動は避けたかった。しかし、背に腹は変えられない。これしか王宮に潜入できる口実を思いつけなかったのだから。


「ただ、お嬢様は大ごとにしたくないと……。セラヴェル家の名は伏せたいとご希望ですの。私についても、レオネル様の個人的な知り合いとして、名前も変え、王宮の方にご紹介いただけますかしら?」


これは一つの賭けだった。怪しまれてもおかしくない提案……、これにレオネル様が乗ってくださるか。果たして──。


「なんと奥ゆかしい……!では、私の知人の、アンナ殿とさせていただきましょう。装飾製法について求人をしたところ推薦があった……という設定でいかがでしょうか」


すんなりと、レオネル様は承諾してくださった。……少々王宮のセキュリティが不安になるが、それだけセラヴェルの名に信用があるということだろう。


「アンリーク王子には事情は話しておきます。なに、反対されるような方ではないのでご安心ください」


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


かくして、私は宮廷仕立師たちに簡単な装飾の指南を行いつつ、──お嬢様の中傷について、自ら探りを入れることとなった。……伊達眼鏡はせめてもの変装である。


我ながら大それたことをしていると思いつつ、目的はあくまで中傷者の情報を得ること。それ以外に悪いことをするわけではないと開き直るしかなかった。


──このまま、舞踏会を欠席し、お嬢様不在で中傷を蔓延(はびこ)らせる事態は、避けなければならない。


しかし、この諜報(ちょうほう)活動は、()()()()()によって思わぬ方向へ進むこととなる……。


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