27✦七年前✧「野良猫のようなメイド」(2)
当時、お嬢様はよく野良猫を拾ってこられた。
どれだけメイド長やエヴァルス様に叱られてもどこ吹く風といったご様子である。
「いいじゃない。猫が好きなのだもの」
そうおっしゃるが、結局世話をするのはメイド達だ。
私も教育長として、そのような無責任なことを、お嬢様に続けさせるつもりはなかった。
お嬢様には、本人の御意思に関係なく、セラヴェル家に生まれたお立場がある。
華やかなリボン、美しいドレス、磨かれた靴、豪奢な食卓――そのすべてと引き換えに背負うものでもあった。
しかし……、だとしたら。
「シアナ」とお嬢様に名付けられたあの子は……、食べるのにも困る生活と引き換えに、何かを得ていたのだろうか。
……例えば自由を?礼儀作法や制服に縛られない生活を?
「お嬢様、猫が十匹にもなりました。メイド長より苦情も入っています」
私はお嬢様を、すっかり猫部屋と化した空き部屋に連れていった。
窓は開け放たれているので、猫たちは勝手気ままに中庭を出入りしている。
「あら、まだ十匹だったのね。あと二十匹くらい飼って、猫屋敷にしてみたいわ」
楽しそうにそうおっしゃられる。
「……シアナは、引き取られてひと月になりますが、未だメイド達に馴染まず、言葉も少ないままです」
「何よ、猫の話じゃなかったの?」
「お嬢様。今一度お考えくださいませ。野良猫を無理やり捉え、このお屋敷に閉じ込めることが、果たして猫たちの幸せですか?」
「幸せに決まってるじゃない。昼寝して庭を散歩してりゃ、ごはんがもらえるのよ?」
即答である。
「では、シアナについては?……今の生活は、シアナの幸せですか?」
「そりゃそうじゃない?あの薄汚れた骨みたいな身体の生活よりはずいぶんマシでしょ」
貴族の娘らしい、無邪気なまでの高慢と無知。
これは、教育長として看過するわけにはいかないだろう……。
だが、お嬢様は私の苦々しい表情に気づかれたのか、くるりと振り向いた。
「だいたいアデリーナ。どうしてシアナの幸せを、私に聞くの?シアナに聞けばいいじゃない。シアナは猫じゃないわ。言葉が通じるのよ?」
呆れたように、両手を腰にあてる。
「それに、猫だって不満があるなら勝手に出ていくわ。鎖でつないでるわけじゃなし」
そして、次の言葉を言い残して、お嬢様は部屋から出ていってしまわれた。
「アデリーナは、シアナも猫も、よほど馬鹿だと思ってるのね」
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お嬢様のおっしゃることに、一理はあった。
もしかすると、高慢なのは私の方なのかもしれない。
だが――私は知っている。
世の中には、自分の幸せを判断できない者がいる。
他人から「これが幸せ」と与えられれば、それが毒であっても飲み込んでしまい、苦しみながらも「これが幸せなのだ」と信じ、みずからを鎖で縛ってしまう人間が。
それは円環の理に反することでもある。
(しかし……確かに、シアナをそうと決めつけるのは早計でした。お嬢様のおっしゃるとおり、彼女は猫ではない。対話をしてみるのも良いでしょう)
と、思いつつ中庭を歩いていた矢先であった。
──そのシアナが、目の前で壁によじ登っていた。
思わず目を疑うが、間違いなくメイド服を着たシアナだ。
「シアナ!?何をしているのです!?」
彼女は私を見下ろし、困ったように小首をかしげる。
そして次の瞬間、庭木へ飛び移った。
「な……、あ、危ないから降りなさい!」
(対話どころではない、あれでは、野良猫そのものではないですか……!!)
シアナは木の上へと登り、そこからさらに、開け放たれた窓へ身を投げた。
(あの窓は、図書室……!?)
図書室の最上階は、空気を入れ替えるためによく窓を開けている。
だが、あの高さから飛び込むなど……、知性ある人間の所業とは思えない。
──正直に言うと、私はそのとき、胸の奥で「そら見たことか」と思った。
どれほど外見を整え、読み書きを覚えさせても、あの子の中身は変わらない。
初日に屋敷中を走り回ったあの時から、何一つ。
やはり、浮浪児が急に上位貴族のメイドになどなれるはずがなかったのだ。
野良猫は野に帰るべきだし、孤児は孤児院に――それが円環の定めた幸せ。
それもわからぬ者には、「正しい幸せ」を教え導かねばならない。
それが、私やお嬢様のような者に課せられた責任であり義務だと――そのときの私は信じていたのだ。
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当時、図書室は使用時以外は施錠されていた。
鍵を持つのは、環伯ご一家と総執事長セズネイ様、そして私だけ。
私は慌てて鍵を開け、シアナを追って中へと駆け込んだ。
図書室は円筒形の建物で、大きく四階層となっている。
壁際をぐるりと囲む書架、中央には吹き抜けと最上階まで貫く螺旋階段があり、その階段からすべての階層につながる構造だ。
吹き抜けから見上げると、窓から差し込む光が眩しい。
目を凝らすと、最上階にシアナの姿があった。
「シアナ!メイドは図書室への立ち入り禁止です!すぐに出ていきなさい!」
声が反響する。
──“知とは、円環に選ばれし特権階級だけに与えられるもの。それ以外の者には知を扱う能力がない”
それが、貴族社会における常識だ。
「嫌です」
シアナのそんな大きな声は初めて聞いた。
「分不相応なことを言ってはなりません!あなたに図書室を使う権利はないのです」
「本を読むのに相応な分、などというものは、理解ができません」
「あなたは理解する必要はないのです!」
「アデリーナ様」
シアナは、螺旋階段の手すりを滑るように降りてきた。
そして、まっすぐ私の前に立つ。
「上に来てください」
「シアナ?私の話を聞いていますか?」
彼女は答えず、再び上へと登り始める。
仕方なく、私はその背を追うしかなかった。
そして――上階にたどり着いたとき、目前に広がる思わぬ光景に、言葉を失う。
「これは……!?」




