24✦☾それ以前に人として
「ま、待って……、メイド長……、あ、あなたたち」
息も絶え絶えな様子で走ってきたのは……、
「リルネ!?」
バスケットを抱えて現れたのはリルネだった。
少年たちは露骨に警戒している。……知らない大人にはそうする癖がついているのだ。それも私にはよくわかる。なにせ騙されて娼館に売られかけたのだから。
「大丈夫。この人はあなたが昨日助けてくれたリルネよ」
「あ、あの、私……、その、」
リルネは息を弾ませながら、少年と少女の前に立ち、胸に手をあてる。
そして深呼吸をするエプロンドレスの両端を持ち上げて、深くお辞儀をした。
「リルネと申します。……昨日は、助けていただき、本当にありがとうございました。あなたがいなかったら、私は死んでいたかもしれません」
そこでさらに頭を深く下げる。
「しかも、今日は遠い道のりを、リボンを届けていただいて……、大切な物だったので本当に助かりました」
少年と少女はお互いを見合わせて困惑していた。……おそらく、こんなにしっかりとした御礼を、この子たちは受けたことがないのだ。
「あと、その……、謝罪を……」
リルネは両目をぎゅっとつぶると、かすかに震え出した。
「リ、リルネ……?」
「本当に、ごめんなさい……。あの時……、せっかく差し伸べてくれた手を、取れなくて……」
リルネは、うつむいたまま涙をこらえているようだった。
口に出せないけれど……きっと、少女を疑ってしまったことも含めて。
「別に、いい。そんなこと」
「これは……、せめてもの御礼と謝罪の気持ちなの。受け取っていただけないかしら」
リルネが差し出したのは、小さなリボンブローチとリボン飾りだった。お洒落好きなリルネの私物だろう。
それと、私が用意していた食べ物のバスケットも。
リボン飾りを見て、少女の眼が輝いた。
「髪につけてさしあげるわ」
そう言ってほほ笑むと、リルネはかがんで、少女の髪に……、おそらくはしばらく洗っていないだろう髪に、その手でリボンの飾りをつけてあげた。
手鏡で見せてあげると、少女は頬を紅潮させてにっこり笑う。
「お、俺は、いい。そんなの、変だ」
少年はブローチを固辞したが、少女の眼が注がれていたので、リルネはブローチも少女の胸につけてあげる。
「じゃあ、あなたが預かっていてね」
リルネはそう少女に微笑みかけた。
「これくらいなら、周囲から妬まれたりすることもないでしょう」
私もバスケットに何枚かの銅貨を入れて渡すと、少年はしぶしぶといった様子だが受け取ってくれた。
そして私の名前が刺繍されたハンカチーフを、バスケットの取っ手に結んだ。
「これを見せれば、お屋敷の門番も私にとりついでくれるはずよ。……もし、困ったことがおきたらいつでも来てね」
少年も少女も名前は教えてくれないまま、私たちの元を去っていった。
もう、これ以上私にできることはないのだろう。
私はたまたま運よく、お嬢様に拾っていただけたが、そんな幸運は滅多に訪れない。
ふと、いつか聞いたアデリーナ様の言葉を思い出した。
「円環に選ばれた者は、その責任を全うする義務がある」……。
(私は円環に選ばれたからお嬢様に出会えたのかしら……?その幸運をただ享受するだけで良いのかしら。それとも……何かできるのかしら?例えばあの子たちに……?)
それはただのメイドでしかない私には、過ぎた思い上がりなのかもしれない。……でも、そう言い訳して何もしないのも正しいのかしら……?
「……メイド長?どうしましたの?」
「あ、ごめんなさい!……帰りましょう」
私はあわててリルネに微笑むと、今の自分の居場所──セラヴェル家に戻った。
今は自分にできることをしなければ。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
「リルネ……。よくきちんと御礼と謝罪が言えたわね。偉いわ」
お屋敷に戻ってからそう声をかけると、リルネは少し目を伏せ、じっと、少年が届けてくれた薄紫のリボンを見つめる。
「これをお母さまからいただいた時に、言われたことを思い出したのですわ。常に貴族の娘にふさわしい態度でいなさい……しかし、それ以前にまず人として恥じないよう生きなさい、と」
「立派なお母さまですわ……!」
マーシアがなぜか涙を拭いている。横を見るとテトと、ラーサ、ソリーナまでが少し涙ぐみかけている……!?
母親を知らない私にはぴんとこないが、皆、自分のお母さまを思い出してしまったらしい。
「メイド長に諭されて……、私の態度は人としてどうだったのかしら、と改めて考えましたの。……ありがとうございます、シアナメイド長」
「わ、私は、リルネらしくないと思っただけよ。お母さまの教えを忘れていないことも含め、立派だと思うわ」
皆がリルネを中心に、しんみりと感動に包まれていた……が。
「メイド長もリルネもお人よしっていうか……、盗んだものの、やっぱり怖くなって拾ったふりして返しにきたとか、そういうことは考えないんですね」
チェスカはチェスカである。
「そういう子なら、金貨を断ったりしないわ。……とても賢い子だった」
それでも……、生まれた境遇によってあんな風にしか暮らせない。それが今の王国の現実でもある。
「……皆、研磨材をよく頑張って集めてくれたわ!まだ準備は必要だけれど、いよいよ本格的に『キラキラガラスを磨き隊』の活動に移っていくわよ!」
できることを、頑張るしかないのだ!
「……メイド長は何でも”隊”をつけるのがお好きなのですね~~……」
他のメイドたちが何故かうつむく中で、ユアンが微妙な微笑で応えてくれた。




