23✦☾リボンがつなげた縁
翌朝、妙に騒がしくていつもより早く眼が覚めた。
「おはよう、皆。どうしたの?」
「おはようございますメイド長。リルネが……」
「え!?まさか、今日になって怪我や体調が……」
「私のリボンが無いのですわ!!」
リルネは涙を溜めた眼で現れた。身体は元気そうである。
「リボン?……昨日も髪に結んでいたわよね。川に流された時に落としてしまったんじゃ」
だからカバンにしまえと言ったのに……と思いつつ、ぐっとこらえる。
「いーえ。川から上がった時はありました。私、乾かしたんで覚えてます」
チェスカがそう証言する。
「あ、あれはこちらにお勤めに参る時に、お守りとしてお母さまからいただいた、とても大切な物なのですわ……」
だから、どうしてそんな大切な物をフィールドワークに!と言いたくなるのも、なんとかこらえる。
フィールドワークがどういうものなのかも、ちゃんと教えずに連れていった私が悪いのだ。
「じゃあ、川に落ちた時にゆるんで、屋敷に着くまでに落としてしまったのね……」
そうなると、かなり長い道のりを探さないといけない。風で飛んだり、川に落ちて流されてしまっている可能性も……。
「……あの、ひょっとしたら……、あの子たちが」
リルネは小さくつぶやいた。
あの子たち……、あの少年と少女のこと?
「あの少女……、私のリボンを羨ましそうに見ていましたわ。もしや、レオネル様がいらっしゃって皆が気を取られた隙に……」
「リルネ!」
私は思わず彼女の正面に回り、その顔をまっすぐ見つめた。
心の中を何かがぐさぐさと暴れまわるのを、必死で抑えつけ、出来る限り冷静な声を出す。
「……相手が誰だろうと、証拠もなしにそのようなことを言うべきではないわ。聡明なあなたなら、わかってくれるわよね?」
「ま、リボンくらい、くれてやってもいいんじゃない?男の子の方は命を助けてくれたわけだしさ」
「チェスカ!そういうことじゃないわ」
「しかし困りましたわね。探しに行こうにも、昨日の分のお仕事も溜まってますし……」
マーシアが手を頬にあて、ハの字の眉で首をかしげる。確かに……。
しかし、リルネは今にも泣き出しそうにしている。
お母さまからいただいたリボン……、私に母親はいないけれど、前世のことを思い出すと、それがとても大切だということは理解できる。
「シアナメイド長!」
突然、門番の青年から呼ばれて振り向く。
「シアナ様に会いたい、という汚い浮浪児、いやその、少年と少女が来ているのですが……」
「え!?」
あの子たちだ……!!
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
「まあ!よくここまで来てくれたわね!大変だったでしょう」
私は少年を迎え入れる。少女も相変わらず彼と一緒に来ていた。
御礼を渡したいという言葉を覚えていてくれたのかしら。いくらセラヴェル家が有名でも、屋敷名だけから探すのは大変だっただろうに。
「シアナメイド長……、そ、その子たちを門の中に入れるのですか?」
「リルネの命の恩人よ!?」
門番の二人は、当惑したように顔を見合わせている。
少年はやはり黙ったまま、ぐいと手を突き出した。その手に握られていたのは、薄紫の花飾りのついた、見覚えのある綺麗なリボンだった。
「これは、リルネの……。ここまで届けてくれたの?」
少年は黙って頷くと、即座に踵を返して去ろうとする。
御礼を受け取りに来たんじゃない。ただ、リボンを届けに来てくれたのだ。
こんな朝早くから、大人の足でも遠い道のりを……。
「待って!昨日の御礼も渡したいのよ。中に……」
しかし、少年は頑なに唇を結んだまま、首を横に振る。どうしても入りたくないようだ。
「じゃあ、お願い。少しだけここで待っていてちょうだい。門番の方、この子たちを私が戻ってくるまで留めておいて!絶対よ!」
慌てて屋敷内に戻ると、まずはリルネにリボンを渡した。
「あの子たちが拾って、ここまで届けてくれたのよ」
「まあ!……子どもが、あの道のりを……?大人の足でもかなりかかったのに……」
リルネは、じっとリボンを見つめて、そっと胸に抱きしめていた。本当に大切な物なのだろう。
「良かったわね、リルネ」
私も胸をなでおろす。リルネには何度も辛い思いをさせてしまったわ。
御礼は好きにして良いと言われていたので、芸がないけれど、またしても食べ物や多少のお金などを用意しようとした……ところで、お嬢様がひょっこり現れた。
「リルネの命の恩人が来たらしいじゃないの」
「はい!昨夜申しましたとおり、御礼を……」
私が準備していたバスケットを、お嬢様は突然もぎ取った。
「セラヴェル家メイドの命の対価なのよ!?それをケチなバスケット一つで済ませるなんて、恥ずかしいことはしないでちょうだい!」
「お、お嬢様!?」
驚いていると、お嬢様はなんと金貨を五枚ほども持って、自ら門につかつかと歩いてゆく。それは、この世界では小さな家が建つ金額だ。
「それに、私のメイドなんだから、私が御礼を言うべきじゃない?」
さすが私のお嬢様!度量が違うわ!……多分後からエヴァルス様が真っ青になると思うけれど。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
しかし、お嬢様は、門の前で待っている少年たちを見て、期待外れと言わんばかりに目を細める。
「あれが?本当にまだ子どもじゃないの。しかも汚いわね!」
「お嬢様!御礼をおっしゃるのでは!?罵倒はどうか、このシアナにだけお願いします!!」
少年たちは、突然現れた光り輝くお嬢様に、あきらかに度肝を抜かれていた。
特に少女は、宝物でも見るように、キラキラと目を輝かせている。
(よくわかるわ、その気持ち!!うちのお嬢様のビジュヤバいわよね!?)
……と叫びながら少女に駆け寄りたいのを我慢して、お嬢様の後ろに控える。
「私はこのセラヴェル家の娘スティラ。うちのメイドの命を助けてくださったとのこと。御礼を申しあげるわ」
お嬢様は見事なお辞儀をなさると、少年に金貨を入れた袋を渡したが、少年は、中身を見るなりぎょっとして、お嬢様に突き返した。
「……ない」
小さくつぶやいて、首を横に振っている。
「え?」
「そんなものは、受け取れない」
袋に手を伸ばそうとする少女を守るように引き寄せ、少年はそう言った。
この少年の声を、私はこのとき初めて聞いた。
「あぁら、遠慮なんてしなくていいのよ?当然の褒美だわ」
「ちがう。欲しくない」
きっぱりと言い放ち、お嬢様を睨む。
「帰る」
少年は、ぐるりと背を向けると、まだお嬢様に目を奪われている少女の手をとり、半ば無理やり歩き出した。
「まあ、なーんて無礼なのかしら!?金貨の価値もわからないなんて!しょせんは子どもね!!」
「お嬢様!私行ってまいります!!」
「え?ちょっと、シアナ!?」
私はふくれっ面のお嬢様から金貨の袋をもぎ取ると、あわてて少年を追いかけた。
しかし……速い!浮浪児はだいたい足は速い。というか、鈍足だと生き残れないため、生存者バイアスだ。
──でも、それなら私だって負けないのよ!!
そして数十秒後。
「ぜぇ…ぜぇ、や、やっと、お、追いついた」
「……すごい。俺、追いつかれたの初めて」
少年は本当に驚いているようだった。
「これでも昔は韋駄天ノイラと名乗……、ま、まあ、そっちは妹さんもいるしね。……それより」
私は少年に目の高さを合わせる。
「……なぜ欲しくないのか、理由を聞いてもいいかしら。この金貨があれば、あなたも、妹さんや昨日一緒にいたお友達も、しばらくは困らないってわかるわよね?」
しかし、少年は私の眼を見てはっきりと答えた。
「しばらくは。でもその後、また困る」
「それは……そうかもしれないけれど」
少女の方はちらちらと不安そうに少年の顔を見上げている。
どうしてもこの少女を見ていると、空腹でたまらなかった自分を思い出してしまうのだ。
しかし、少年は毅然とした様子で続ける。
「それに、突然金貨なんかもらったら、みんなおかしくなる。なまける、欲張りになって、悪いこともする。一度そうなったら、なおらない。周りのやつらからも、妬まれて狙われる。もらう前より、何もかも悪くなる」
この子は……。
話し方からして、おそらく初等学校もまともに出してもらっていない。……でも、とても賢い子だ。
そして、この子が話した事情もよくわかる。そうやってダメになっていった人たちを……この子もきっと何人も見てきたのだ。
「……わかったわ。じゃあ、こちらで預かっておきます。今は少しだけ……」
そのとき遠くから足音と、何を言っているかわからない弱い声が聞こえてきた。
少年たちが身構えたのがわかり、私も思わず振り返る。
すると──。




