20✦☾意外な再会
しかし、私が走るより早く、少年が素早く走ってリルネに手を伸ばした。
リルネも必死で腕を伸ばすが……、手の主が少年だと気づくとぎょっとして、手を引っ込めてしまった。
「何してるの!捕まって、リルネ!!」
私たちも手を伸ばすが、すんでのところで手が届かない。
「落ち着いて!!水螺術を使って!!」
水属性のリルネは、水を操れるはずだ。しかし完全にパニックになってしまっていて、螺術どころではない様子。
リルネ以外に水属性の人間は連れてこなかった──、この事態を想定しなかった私のミスだわ!!
その時、突如川の水がリルネごと盛り上がった。
(──え!?螺術……?だ、誰の!?)
チェスカもマーシアも火属性のはずだ……、三人とも一瞬呆然とするものの、すぐに螺力の持ち主に気づいた。
あの少年が、必死の形相で両手を上げている。螺力で周囲の水ごとリルネを持ち上げているのだ。そして、そのままそっと河原に降ろしてくれた。
「リルネ!大丈夫!?」
慌てて駆け寄る。
幸い水もほとんど飲んでおらず、びしょぬれになっただけで済んだようだけれど……、ショックが大きいらしくがたがたと震えている。
マーシアがすぐに火を起こして焚火を作り、チェスカも熱を操って、リルネの髪や服を乾かしてあげていた。
こういうとき、螺力を持たない私は本当に無力だ。
私はリルネの無事を確認すると、助けてくれた少年の前に腰を落とす。
事故が恐ろしくて隠れていたらしい少女も、再び少年の元に駆け寄ってきた。
「本当にありがとう……!水螺術を使えるのね!?すごいわ!」
しかも、かなり強い螺力だ。成人女性ごと水を持ち上げるなんて。
「良かったら御礼をしたいから、一緒に王都エルトリアの屋敷に来てくださらないかしら。私はセラヴェル家のメイド、シアナと申します」
しかし少年は、相変わらず一言も発さないまま、首を横に振る。
……私は少年の暗く赤い眼の奥底に、諦めと怒りの両方を見取った。どれだけ大人に……いや、この世に絶望してきたのだろうか。
リルネに手を伸ばして拒否されたあの瞬間、少年は間違いなく傷ついた表情をした。……当たり前だ。
それでも、彼女を助けてくれたのだ。こんな眼をしながらも。
とても優しく強い子だ。
その時突然、蹄の音と共に、林道から大きな馬に乗った騎士が現れた。
「何やら騒がしいから様子を見に来たら……、これは何事だ?」
「レ、レオネル様!?」
この燃えるような赤茶の鬣、間違いない。
舞踏会でお会いした近衛騎士のレオネル様だ。
「おお、確かセラヴェル家の……シアナ殿と申されたか。いったい何が?」
「その……所用で参りましたところ、メイドの一人が川に落ちまして、幸いそこの少年の螺術で助けてもらい、……あら?」
振り向くと、もう少年と少女の姿はなく、カゴだけが残されていた。……仲間の元へ戻ってしまったらしい。
「レオネル様こそ、このような郊外へいったい……?」
「ああ、日課の見回りですよ。ところで、落ちたというメイド殿はご無事で?」
「はい、なんとか。……ただ、ショックが大きくて」
リルネはまだ肩を抱きしめて震えている……。可哀そうに。
やはり荒野や河原を歩き慣れていないメイドをフィールドワークに付き合わせるべきではなかったのだ。
私は、思い切ってレオネル様にあるお願いをした。
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「お、恐れ多いことでございますわ……」
リルネはそうつぶやきながらも、ぽーっと頬を染めてレオネル様の横顔を見上げている。
とても歩いて帰れそうにないリルネだけでもと、レオネル様の馬に乗せていただいたのだ。レオネル様に抱き抱えられる形となり、まさに騎士と姫のよう。
「いーいなぁー」
チェスカが露骨に羨ましそうに見つめている。
採取した石や砂利まで積んでいただき、レオネル様とお馬様には本当に感謝しかない。
「揺れないようゆっくり歩きます。ついでにシアナ殿たちの警護もしながら、屋敷まで戻りましょう。もう暗くなりますゆえ」
「申し訳ございません、レオネル様。私が至らないばかりに」
「いえ。こういうことも我らの大事な仕事。……ところで、こんな郊外で所用とはどういったことだったのですかな?」
レオネル様には、ガラス装飾についてはあまり正直に答えない方が……と一瞬迷っていると、
「ガラスを磨く石を探していたのですわ」
マーシアが素直に答えてしまった。……別に、悪いことをしていたわけではないので良いのだけれど。
「ほう!ガラスを磨く!?それはまた、なぜ」
「さ、さあ。おそらくお屋敷の修繕などでは……。私も頼まれただけですので」
慌てて、ごまかすように早口で答えた。
けげんそうなマーシアには必死に目配せをし、口パクで(ガラス装飾は秘密よ!)と伝えた。お嬢様がそう言っていたのを思い出したのか、マーシアは慌てて口をつぐんだ。
「いやはや、シアナ殿は変わったことを思いつかれる」
「わ、私の思い付きではありませんわ」
他のメイドに聞かれないよう、自然と小声になる。
どうも、レオネル様は苦手だ……。油断すると前世の記憶があることを見抜かれてしまいそうで。
「その、時に……社交界にはいろんな噂がゆきかいますわね。うちのお嬢様も社交界デビューが少々遅かったため、何かとお話の種でしたようで」
私は話題を変えるついでに、例のお嬢様への中傷について、探りを入れてみることにした。
リルネ達も近くにいるので慎重に言葉を選びつつ、レオネル様の表情を注意深く見つめる。
「まあ、最上位貴族の御令嬢ともなれば、人々の興味を惹きつけてやまないことでしょうな」
……当たり障りのない返答だ。
「先の舞踏会では、ようやっと本物のお嬢様を見知っていただけました。社交界の皆さま方にも噂など当てにならぬと、よくご理解いただけたかと……」
そう言って意味ありげにじっとレオネル様を見つめると、わずかだが、レオネル様の眉根が動いたように見えた。
「……シアナ殿は、本当に忠臣でいらっしゃる。ご安心なされよ。社交界には私もいれば、アンリーク王子もおりますから」
「アンリーク王子?」
なぜここに、突然王子の話が?
「ああその……、ここだけの話、私は彼とは幼馴染でして。昔から病弱ですが、曲がったことを許さない正義感の強い奴です。万一、悪質な噂が蔓延った場合も、何かしら対応はしてくれるでしょう」
……レオネル様はダンスだけでなく嘘も不得手なようだ。
その答えは、今まさにお嬢様の悪質な噂が蔓延っていると言ってしまったようなものだった。
「大変心強いですわ。私が申すのも何ですが、うちのお嬢様は本当にお美しく気高く、あの我儘さがたまらないって言うか、やっぱり悪役令嬢はああでないとって、」
「メイド長!普段のメイド長が出てきてますわ!」
リルネが、か細い声で必死に教えてくれた。
「あ、悪役令嬢?とは……?」
「……こほん、その、自慢のお嬢様ゆえ、事実に反する噂が、二度と出ないことを願っておりますわ」
怪訝そうなレオネル様に、慌ててごまかすと、私は話を打ち切った。
……知りたいことは聞けたわ。
やっぱり、サッシャが教えてくれたお嬢様の中傷の話は──、少なくともレオネル様が把握されるくらいには、広まっている……!
一応、今までは「サッシャの聞き違い」「たまたまの暴言」という希望的観測も捨ててはいなかったが……、これで確定した。
……お嬢様には「敵」がいる──!




