19✦☾子どもたちとの出会い
メイド達を後ろに庇いながら、私は林の中に目をこらす。
女だけで来たのは間違いだったか!?いざとなれば私がおとりになって逃げきってやると心に決めるも、……よく見れば、人影はやけに小さい。
「子どもだわ……!」
「こ、こんな郊外に?」
「街や村からはじき出された浮浪児たちですよ」
チェスカが眉をしかめた。
「やだな。食べ物の匂いにつられたんじゃないかな」
浮浪児──。
王都は華やかだけれど……、少し郊外に出れば、親もおらず、その日食べるのにも困る子どもたちはいる。
多くの教会が孤児院を兼ねているのだが、すべての子が救われるわけではないのは、私がよく知っている。
(私のように、クレミナラの儀式を受けられず、教会を頼れない子だってきっと多いわ……)
数人の子ども達は、薄汚れた服装で呆然とこっちを見つめている。その手足は細く、満足な食事をとれていないことは一目瞭然だった。
一番年少に見える少女は、わずか四、五歳に見える──。
「いくら子どもでも、なんだか怖いわ。……場所を変えましょうよ」
リルネはそう言ったが、私はどうしても自分の過去と重ねてしまう。あの年頃の私は……四六時中食べ物のことを考えていたわ。きっとあの子たちも同じ……。
「……あの、よかったら、少しだけれど食べる?美味しいわよ」
サンドイッチやリンゴをカゴにいくつか詰めて、子どもたちの元に持ってゆく。
「メイド長!?」
チェスカとリルネが同時に叫んだ。
「私の分を少し分けるだけよ」
子ども達は一瞬ざわついたものの、比較的年長──十二歳くらいだろうか?──の少年が皆を片手で制止、警戒心を露わにした。彼がリーダーなのだろうか。
……きっと、今まで大人に何度も酷い目にあわされてきたのだろう。
しかし、その少年に手をつながれている幼い少女は、サンドイッチを食い入るように見つめたまま、手を伸ばそうとしている。他の子も同様だ。
「ここに置いておくわね。良かったら食べて。カゴごとおうちに持っていっていいわよ」
そっとカゴを置くと、私はその場を離れる。
私がいたらきっと、彼らは手をつけないだろう。
六人はいただろうか……満足いく量ではないと思うけれど……。
(でも、……どんなに少なくても、食べ物は無いよりあった方が絶対に良いわ。ビスケットひとかけらで命をつないだこともあったもの)
あの頃のことを思い出すと、胸と胃腸がぎゅっとなる。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
メイド達の元に戻ると、チェスカが呆れた様子で腕組みをしていた。
「あんまり良くないと思うなぁ。野良猫だって一度餌をやったら居ついちゃうし、餌をくれないと知りゃ、今度は盗むようになるもんだ」
「あの子たちは人間よ!?なんてことを言うの!!」
率直さはチェスカの長所ではあるのだけれど、さすがに言って良いことと悪いことがある。
しかしチェスカは冷めた目を私に向けた。
「メイド長って貴族の出ですよね?お上品に育った人には想像つかんかもしれんけれど、私は平民だからよくわかるんさ。野良猫みたいに育った人間は、タチの悪さでは野良猫以下ですって」
「私は……貴族ではない、平民よ」
本当は平民どころではない。貧民窟の浮浪児だった。──あの子たちより、多分酷かった。
「だったらなんでわからんのさ?安易に同情したらつけこまれるだけって」
……チェスカが悪いわけではない……。
彼女の言ったようなことは、私だってこの目で直に見てきた……けれど、彼女の言葉を正しいとは絶対に認めたくなかった。
認めてはいけないと、私の中の何かが必死に訴えている。本能のようなものだ。
でも……。
「まあまあ。あの子たちだってお腹が膨れたら、いったん満足しますよ。子どもなんてそんなものです」
マーシアはとりなしてくれるが、リルネはまだ不安そうな表情をしている。
……貴族出身なのはリルネだ。彼女は浮浪児なんて見たことがないだろう。
知らないものを警戒するのは無理もない。あの子たちだってこちらを警戒していた。
いや、チェスカみたいに、知っているからこそ……ということもある。そっちの方が根深い。
「大丈夫よ。……さあ、お昼を食べたら、石英砂を探しましょう」
私は、微笑んでそう言うことしかできなかった。
こういうところは、前世の自分を思い出してしまう。
いつだって言いたいことはちゃんと言えなかった。そのくせ自分は報われないと、漠然と世の中を恨んでいたわ。
──推しと出会うまでは。
今世ではそうはなりたくないと思っていたのに。
✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦
「だいたいその、せきえいしゃ……?とは、どういった物なんです?」
明るい表情で、マーシアが話題を変えてくれた。
「白っぽい砂で、ガラスの材料にもなる物なの。ガラスと同じくらい固いから、ガラスを削って磨くことができるのよ」
「まあ、ガラスって作れますの?」
リルネもようやく気持ちが落ち着いてきたようだ。
「もちろん。教会の製作所などで作られているのよ」
この世界では、ガラスのような準鉱物も含めて、鉱物関連の加工はほとんどを教会所属の製作所が行っている。建築資材の製造に至るまで全部。公共事業みたいなものらしい。
民間ではほとんど扱わないからか、そのあたりのことは学校でも教えない。だから高等教育を受けている貴族すらこの程度の認識だ。
(お堅い教会が取り仕切っているから、実用一点張りで、宝石のような装飾分野は発展しなかったのね……)
教会といえば清貧を重んじ華美を嫌うもの。仕方ないのかもしれないけれど。
(ま、ないなら、できる範囲で作ればいいだけよ!)
メイド達はスカートを膝上で縛り、慎重に河原を歩く。
「水には入らないでね。流れが急なところもあって危険だから。川の端の砂を取るのよ」
持ってきたカゴやザル、庭師から借りてきたシャベルなどで砂を掬う。
上層の泥などは取り除いて、砂を洗い、水を入れると重たい石英砂は沈むので、取りやすくなる。
そういう過程を繰り返して、白っぽい石を残していく。
「白っぽい砂、透明な砂……それ以外でも何か綺麗な粒とか気になる石があったら拾っておいてね」
ある程度まで選り分けたら、持って帰って残りは屋敷内で選別しよう。
「まあ、こんなきれいな石もありますのね!」
靴や服の汚ればかりを気にしていたリルネも、石英の結晶を見つけて喜んでいる。
「砂利なんてよく見たことなかったから……。石が綺麗なんて考えたこともなかったよ」
チェスカも興味津々で、スカートを大胆にたくしあげては、ドロワーズにはさみこんで動き回っている。か、かなりはしたないけれど、他に人がいるわけではないし、大目に見ましょう……。
そうして川を少し下りつつ、探していると、私は懐かしい建物を発見した。
──お嬢様と初めて出会った、崩れかけた東屋だ。
そういえば、確かにこのあたりだった。知らず知らずのうち、かなり王都に近づいてきていたようだ。
あの頃からさらに崩れてしまっているが……、廃墟では、壁材や瓦礫などから、思わぬ鉱物が採取できることがある。
喜び勇んで廃墟に駆け寄り、木槌などで石を割ってまわる。果たして……
「まあ!黄鉄鉱に……こっちはエメリーだわ!」
黄鉄鉱は瓦礫の中から発見できた。磨けば金に輝く。黄金の加工はやはり教会に独占されてしまっているのだけれど、黄鉄鉱なら使えるわ!
エメリーとはとても固く黒い石だ。研磨には便利だが、前世でも産地は限られており、まさか見つかるとは思っていなかったので、思わぬ大収穫だ。
「まさに宝の山だわ!!」
廃墟で大はしゃぎしていると、後ろからチェスカの呆れ声が聞こえてきた。
「メイド長~そろそろ帰らないと陽が暮れます」
「こんな廃墟が宝の山に見えるんですねえ、メイド長には。……不思議なお人ですわ」
マーシアも苦笑している。
し、しまった。久々のフィールドワークで、つい夢中になってしまった……。
「ご、ごめんなさい。でも、皆のおかげで十分集まったわ。そろそろ……」
そう言いながら顔を上げると、やはりまた視線を感じた。
(やっぱり、誰かに見られてる……?)
顔を上げて周囲を見回すと……、
「あ、あら。あなた達」
さきほど、サンドイッチのカゴを渡した少年と少女だった。少女は妹なのだろうか。ぴったりと少年にくっついて離れない。
少年は無表情で黙ったまま、空になったカゴを差し出す。
「わざわざ返しに来てくれたの?ありが……」
「きゃあぁ!」
背後で、リルネの悲鳴が聞こえた。
振り向くと、河原でバランスを崩したのか、リルネが川に落ちて流されてきている……!
「リルネ!」
私は叫びながら、川に駆け寄った。




