1✦☾今世の最愛の推しは……!
はじめてこちらで連載させていただきます。試行錯誤しつつになるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
★基本は毎日1話投稿ですが、ごく短い話は2話まとめて投稿いたします。(年末年始お休み中)
★投稿時間はローテンションです(朝7:30 昼12:15 夕18:30 夜22:00)
★タイトルの冒頭マーク「✦☾」はシアナ一人称目線、それ以外は三人称目線などになっております
★アップ済みの回を後から修正することがあります。(大きく内容変更することは今のところない予定)
その夜私は、勤めていた研究機関から任期更新しないことを伝えられ、重い足取りで帰路についたのだった。
憂鬱で……でも、ごく平凡な一日。
……そんな日常は、その夜あっけなく立ち消えた。
突然の痛みと衝撃。視界が暗く沈んでいく。
急速に遠のいていく意識の中で、私は必死に何かに手を伸ばそうとした。
(あの人だけは……、どうか……)
そう、強く願ったことは覚えている。もう、それが誰かもわからないが。
暗闇にひきずりこまれる思考を横切った、最後の言葉。
それは……、
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「『推しは推せるときに推せ!』」
私はそう叫びながら、テーブルから飛び起きた。
「シアナメイド長!? ど、どうしました、いきなり」
そばかすのある可愛らしい少女が振り向く。茶色のおさげが勢いよく揺れた。
「あ、ああ……気にしないで。ちょっと居眠りしちゃってたの」
未だ残る夢の余韻を振り払い、私は微笑んだ。
(また前世の夢をみてしまったわ。いけないいけない)
ここはお嬢様専用のメイド部屋。
お嬢様のドレスを整え、靴や装飾品を磨き、香水を選ぶのが朝の仕事だ。
そして今世の私は、お嬢様付きメイド達を束ねるメイド長、シアナ。
そばかすの少女は、新人メイドのテトだ。
今も取っ手をぎゅっと握って集中し、コテの温度を上げて端切れの布にアイロンをかけていた。
「あらテト、新しい螺術の使い方を練習しているの?」
「はい!先輩メイドのサッシャさんから、火属性の螺術ならアイロンにも使えるって教えてもらっ……きゃあ!?」
「勉強熱心で素晴らしいわ!……でも、本物のドレスにはしばらく使わないでね」
完全に炭と化した端切れを見て、釘を刺しておく。テトは頑張りやだけど少々ドジっ子さんなのだ。
「螺術」とはこの世界の魔法のようなもので、幼子以外は誰でも使える。属性によって扱い方や得意分野は違うけれど。
「それにしても、シアナメイド長、寝不足なのでは?」
呆れたように言い放ったのは黒髪に眼鏡をかけたソリーナ。この子もメイドだ。
「どうせ、今夜のお嬢様のパーティのことを考えて眠れなかったんでしょう。お嬢様のこととなると正気を失う癖、なおした方がいいですよ」
そう言いつつ、螺術で磨き布をふわりと宙に浮かせながら、靴を丁寧に仕上げている。彼女は風属性だ。
「ソリーナったら、それが仮にも上司に言う言葉!?」
「仮にも上司なら、このクソ忙しい朝に堂々と寝ないでください、メイド長」
ソリーナの必殺技、正論返し。
ちょっと辛口だけど、仕事は誰よりも的確で私の右腕と言っていい。今も、眼鏡の奥の青い瞳が靴の輝きを見極めている。
お嬢様付きメイドは私も含め九名。それぞれの属性の螺術を駆使しつつ、忙しく立ち動いている。
今日は、特別忙しい日なのだ。
「それにしても、さっきメイド長が叫んでいた『推し』がなんとか……って何ですか?」
「──大切な人のことよ」
小首をかしげるテトに私は軽く微笑んだ。
前世の私は日本人──仕事一筋の女性研究者だったが、亡くなる数年前は、とあるアイドルにハマっていた。
そのあたりの記憶は朧気だが、亡くなる間際までそのアイドルのことを考えていたのかもしれない。
「推しは推せるときに推せ」……これは、前世の私からの遺言だと思っている。
「いつまでもおそばにいられるとは限らない……だからこそ、大切な人には全力でお仕えする――そういう意味の言葉なの」
「素晴らしいです!メイド長にとっての『推し』はもちろん……?」
期待の瞳でテトが見上げてくる。
「ええ」
私は大きく頷いた。
「私にとっての『推し』は、このセラヴェル家のスティラお嬢様に他ならないわ……!」
「いいから早く仕事してください」
冷静なソリーナの声を背に、私は今日も誓うのだった。
「推して推して、推しまくってみせますとも!」
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私が転生したのは、このソラニア大陸を支配するエルトリア王国。
その中心がここ、王都エルトリアだ。
私の仕えるセラヴェル環伯家は、最高位の貴族となる。(環伯家とは前世で言うところの公爵家のような位置づけらしい)
王都の大通りを抜けた先、ひときわ広い敷地に建つのがセラヴェル環伯家の屋敷だ。
白亜の外壁は陽光を反射して眩しく輝き、その端々を藍色の装飾が縁取る。
屋根瓦も群青で統一され、白と藍色のコントラストが美しい。
正面玄関へ続く立派な木造の門扉には幾重にも交差する円環の意匠が彫り込まれていた。
円環……それは、この世界ではとても大切なシンボルなのだ。
さて、この麗しきセラヴェル家には一人の御令嬢がいるのだが──その評判は決して芳しくない。
「セラヴェル家の御令嬢が、二十歳も過ぎて未だ社交界にお出にならないのには、訳があるらしい」
……ひそやかに、しかし悪趣味な好奇心たっぷりに、貴族社会のあちこちでささやかれる噂話。
「ここだけの話、お顔に奇怪な痣がおありだとか……」
「それで、ご気風も内向きで陰気……その、大人しいそうだ」
「同じ環伯家でも、アシュレーン家の御令嬢とはずいぶんな違い……」
「まあ、比べたらお気の毒ですわよ」
そして、この手の話は、声を潜め皆で示し合わせたかのように、こう締めくくられる。
「本当に、おかわいそうなこと……!」
さて、そのおかわいそうな御令嬢の朝は、こんな感じで始まる───。




