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17✦☾お嬢様の秘密と疑惑

その夜。

酷い中傷や、新しい装飾のことで頭がパンクしそうになった私は、そっと中庭に出て、噴水の縁に腰かけた。


七年前……、このお屋敷に引き取られた時から、ここは私のお気に入りの場所だ。

小さく上品な造りの噴水は、夜は止められていることが多く、水音もない。虫たちの涼やかな合唱だけが聞こえてくる。

夜にも残る花の香り、凛とした空気、見上げると木々の影に縁どられた星空……。


「そういえば、お嬢様の螺術(らじゅつ)を見たのも、こんな夜だったわ……」


今も忘れられないあの光景……。

あれはこのお屋敷に来て、まだ一年も経たないころだろうか。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


ある夜、うなされて飛び起きると、まだ周囲は真っ暗だった。

同室のメイドの静かな寝息が聞こえてきたのを覚えている。


(また……起きちゃった)


当時私はまだ闇の恐怖に囚われ、悪夢から逃げるように夜中に飛び起きてしまうことが何度かあった。


悪夢の内容はだいたい決まっていた。

石でできた茨の中に、傷だらけの幼い少女が眠っているのを私は外から見つめている。

助け出そうにも石の茨はびくともせず、自分の手が傷つくばかり……。

じきにゆっくりと起き上がった少女は、私と同じ顔をしている──!

あまりの恐ろしさに悲鳴をあげると、そこで起きてしまうのだ。


私はベッドの上でじっと両手を見つめた。いつもの夢だ……。


そんな夜は、中庭に出て風にあたり、星空を見つめて心を落ち着かせるようにしていた。


「今は、こんな美しいお庭を、自由に歩くことだってできるのだわ……。お屋敷の塀は高いから怖い人たちも来ない、何も心配はいらないの……」


自分に言い聞かせながら、噴水の端にこしかけ、空を見上げる。

その夜は、満月が美しかった。


「……え?」


たまたま目に入った二階のバルコニーで、月の光を浴び、きらきらと輝くのは……、


「スティラお嬢様……!?」


きっと私のように寝付けなかったのだろう。

お嬢様の部屋付きのバルコニーに、寝間着姿のお嬢様の姿があった。


本来、メイドが盗み見て良いような御姿ではないのかもしれない……けれども、そのときのお嬢様は幻想のように美しく……、私は目を離すことができなかった。


いつもきちんと結われている金髪は、無防備に風に乱され、月の光を返す。

うっとりとして見える瞳は、いつもの深い碧色に金がかって、なんとも不思議な色合いとなっていた。


そして、ただ光を浴びていたのではなく──お嬢様は光を操っていた。

いつになく柔らかな表情で、まるで夢みるように、月の光を束ね、星の瞬きをはじき……、ハープでも演奏するかのようにしなやかな指先が淡い光を手繰る。


ゆったりと舞うようなお嬢様の動きに合わせ、光が琴糸のような線となり、あるいは水しぶきのような細かな玉になり、お嬢様の周囲できらめく。


知らず知らず、頬を涙が伝っていた。

お嬢様の美しさに打たれただけではない……、どこか遠くに置き忘れてきてしまった宝物を、ふと思い出したような気持ちになったのだ。


私はいつものようにひれ伏すことすら忘れ、ただただその光の舞に見入っていた。

誰にも話したことのない、私だけの秘密……。


──スティラお嬢様は、光属性だ。


この世界での螺術は「風水火光」の四属性。しかし、光属性はとても希少。

お嬢様がなぜ普段螺力(らりょく)を使わないのかはわからないが……稀有(けう)な存在である以上、無闇に人目に晒すべきものではないと判断されたのだろう。


「お嬢様に螺力があることを皆の前で証明できれば、中傷なんてすぐに消し飛ばせるのに……」


そう考えた私は、悩んでいた次の舞踏会でのドレスのことも合わせ、ある案を考え付いたのだ。


しかし……。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


私は翌朝、再びアデリーナ様の部屋を訪ねた。


「次の舞踏会では、お嬢様の光螺術を皆さまに公開できないかと考えております」


敢えて単刀直入に切り出した。──とたんに、普段ほとんど表情を変えないアデリーナ様の目が見開かれる。

そしておもむろに立ち上がるとわざわざ部屋に鍵をかけた。──普段、そんなことはしないのに。


それを見て、まずアデリーナ様に相談したのは正しかったと知る。

やはりお嬢様の螺術については、秘匿(ひとく)しておくべき……となっているのだろう。

でも、お嬢様も社交界デビューされたことだし、そろそろ解禁しても良いんじゃないかしら?


「ガラス装飾にお嬢様の光螺術を加えれば、先日の舞踏会を超えるきらめきを作れますし、お嬢様の螺術の巧みさもアピールができ、一挙両得かと」


何より、中傷を一斉かつ一目瞭然で否定できる。

一番の目的はそこだが……、まだアデリーナ様のお耳に中傷の話を入れるのは(はば)られた。

しかし、アデリーナ様はじっと私を見つめ……いや、ほぼ(にら)みつけ、静かに唇だけを動かした。


「あなたが何を知っているのかは、問いません。しかし結論から言うと、それはできません」

「なぜでしょうか。確かに光属性は希少ですが、隠し続けなければならないほど珍しいわけではありませんし、何よりあんなに美しいのに披露しないなんて……もったいなさすぎます!お嬢様の素晴らしさを王国中に布教、いやお披露目するには……」

「シアナ」


アデリーナ様は、一言だけおっしゃって、片手で私の言葉を止める。

……その表情に気おされ、つい黙り込む。


「むろん事情はありますが、あなたが知る必要はありません。……その案は却下です。他を考えなさい」

「し、しかし、メイドの中にもお嬢様が螺術を使われないことを疑問に思っている者もおりますし……」

「誰ですか?」


間髪入れず発された、その声の鋭さにはっとする。……なんとなく、ここで、サッシャの名前は出さない方が良いような気がした。


「……誰、というわけではありませんが……、一度お嬢様が螺術を使っているところさえ見れば、そのような疑問も払拭されるかと……」

「そのような疑問を持つこと自体が不敬です」


ぴしゃりと返されて言葉を失う。


(それは確かにそのとおりだけれど……)


「……シアナ。あなたは強い忠誠心で七年間もお嬢様にお仕えしてきました。その年月をふいにするようなことはおやめなさい」


(……え?ど、どういう意味……?)


思わず見つめ返すも、アデリーナ様の唇は固く結ばれ、もう私の方は見ていない。

この方がこうなれば、何を言っても無駄であることはよく知っている。


それに螺術については、私自身も深く探られては困る身。下手を打つと墓穴を掘ることになりかねないが……。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


石のようになってしまったアデリーナ様に深く頭を下げて退室すると、ドアの前でため息をついた。


「いい案だと思ったけれど……やっぱり無理か」


しかし、あのアデリーナ様の様子はただごとではなかった。


『その年月をふいにするようなことはおやめなさい』


アデリーナ様の言葉がよみがえる。まるで、脅しともとれるような……。


(お嬢様の螺術の話は、それほどまでにタブーなの?単にレア属性だからというだけでなく、まさか本当に螺力が……?いえ、私は確かにこの目で見たわ)


でも……もし、夢や見間違いだったとしたら……。

お嬢様も私と同じ、「円環の逸脱者(デスヴィア)」の可能性が──…!?

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