15✦☾絶!!許!!
「そちらの椅子にかけて。楽にしてね」
私の個室にサッシャを招き入れる。
メイドは通常三人部屋か二人部屋だが、メイド長の私は特別に個室をいただけているのだ。
サッシャは、メイド達の中では年長で、陽気な姉御肌。新人のテトの面倒もよくみてくれている。
……そんな彼女が、今は深刻な表情で黙りこくっている。
この感じ……、私は何度も味わったことがある……。
「……シアナメイド長、実は私──」
「お願い辞めないでサッシャ!!」
思わず、サッシャの足元に崩れ落ち、膝にすがる。
「今あなたに辞められたら困るの!!テトだってあなたを頼りにしているし、皆が一年程度で辞める中、二年も仕えてくれたあなたは貴重な戦力なのよぉぉ!」
「あ、あの……、」
「お給金が足りないなら上に交渉するし、私に至らないところがあるなら、なおすからぁ!」
「いえ、……その、ここを辞めるという話じゃあないんです」
「えっ」
ぱっと、とりすがっていたサッシャから一度離れる。
「そりゃ、あのお嬢様のお相手はちょっと…かなり…大変だけど。そうじゃなくて……」
「な、なんだ。良かったぁ、てっきりまた退職願いかとばかり」
今まで何度その相談を受け、遺留に失敗したことか……。ひとまず胸をなでおろす。
「じゃあ、何の相談?大丈夫よ。ここなら人には聞かれないわ」
そっとあたためたミルクを差し出す。
それを一口飲み、ほうっとため息をつくと、サッシャはようやく話し始めた。
「……無闇に口にすることではないと思い、黙っていましたが……、最近、お嬢様への新たな中傷を耳にしまして」
「まあ!やはり舞踏会で嫉妬されてしまったかしら……」
サッシャが残ってくれるのは嬉しいけれど、それはそれで大問題だ。
「そうかもしれないのですが……だとしても、あまりに悪質で」
「悪質?……痣やドレスのことではなく?」
私が問いかけると、サッシャは言葉を選びつつ、ぽつりぽつりと話し始めた。
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それからしばらくして、私は怒り心頭とばかりに御屋敷の回廊を爆速で歩いていた。
さきほど、サッシャが話してくれた内容は、到底看過してよいものではなかった。
中傷の内容自体もだが──むしろ、その意図だ。
何のために、そんな────!?
すれ違う使用人たちがぎょっとして振り向くけれど、そこに気を遣う余裕はなかった。
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私の部屋で、サッシャはうつむき、消え入るような声で伝えてくれた。
「……スティラお嬢様は、螺力を使えない。精霊の加護を受けていない──、そのような噂があるようでございます」
思わず目を見開いた。
「……そのようなこと、軽々しく言ってよいことではないわ」
「もちろんです!私も信じてないですが……」
私はしばらく言葉を失ってしまった。
それは……私のように「クレミナラの儀式」を受けていない者なら、あり得ることだ。
「円環の逸脱者」──、この世界では迫害されかねない存在。
「まさか。お嬢様が儀式を受けていないわけもないし、ただの中傷よ」
「はい。た、ただ……」
再びサッシャは黙り込んでしまった。そして、勇気を振り絞ったかのように、顔を上げる。
「……私は、こちらに勤めてから一度も、お嬢様の螺術を見たことがございません。属性も知りません」
賢明な彼女が、これを口にするには相当に悩んだだろう──。
私は思わず、椅子に座る彼女のひざ元に跪いて、その明るい紅茶色の瞳を見つめた。
確かに、お嬢様は人前で螺力を使われることはない。しかし……、
「安心して。七年間お嬢様に仕えた私が保証するわ。お嬢様には間違いなく螺力はあります。属性もわかっているわ。……ただ、きっと事情があって、人前では使わないだけなの」
これは本当のことだ。
──私は実際に、お嬢様の螺術をこの目で見たのだから。
少し、サッシャの瞳が揺らぐ。
「ねえ。サッシャは私の螺術だって見たことはないでしょ?でも私には間違いなく螺力があるし、それはここでは使えない種類だというだけ……、人によって螺術の特性も、使うべき場所や時も全然違うの」
滔々と語ったものの、私の螺術の話は嘘……。
良心の呵責を感じるものの、ここはやむを得ない。お嬢様にそのような噂が出て、メイドの心が揺らいでいる今、本当に螺力を持たない私のことは、念を入れて隠しておきたかった。
「しっかり者のあなたが、そんな噂を真に受けてはいけないわ。私たちでお嬢様をお守りさしあげましょう!」
サッシャの両手を強く握って訴えかけると、ようやくサッシャの顔に安堵の表情が浮かんだ。
可哀そうに、何日も一人で抱え込んでいたのだろう。
「教えてくれて本当にありがとう。あなたの勇気に感謝するわ。……ただ、念のため他の方には言わないでね。どこからどう広まっちゃうかわからないから」
「はい!」
サッシャは安心したように椅子を立ったが、部屋を出ていくときにちょっと振り向いた。
「あと、いざとなればお給金を交渉いただける、というのもちゃんと覚えておきます!」
そう言って悪戯っぽく微笑む。
すっかりいつもの彼女だ。
「あ、あら……も、もちろんよ!」
こっちの笑顔はちょっとひきつったかもしれないけれど……。
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しかし、サッシャが去った後、私は鬼の形相で自室を飛び出した。
(絶!!許!!)
螺力や精霊がない……すなわち「円環の逸脱者」かもしれない、という中傷は、ただの誹謗とはレベルが違う。
「まともな人間ではない」と言っているも同じなのだ。前世で言うなら「実は凶悪犯罪者」くらいだろうか。──だからこそ私も必死で隠している。
(これは、ただの下世話な噂ではないわ。誰かが明確に悪意をもって流したものよ……!)
認めたくない事実だが……、
(誰かが、お嬢様を陥れようとしている──!!)
舞踏会で感じた、冷たい感情は気のせいではなかったのだ。
(これも見知らぬ「善役令嬢」の仕業!?ザマァ展開の布石なの!?)
しかし、人に話せば事態は大きくなるだろうし、万一にもお嬢様のお耳を穢したくもない──できれば、私一人で対処にあたりたい。
怒りに任せて回廊を歩いていた私は、あるドアの前で立ち止まると、心を必死で静め、おもむろにノックした。
相談は無理でも、頼るならこの人しかいない……!




