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13✦六年前✧「セラヴェル家のメイドになった日」(3)

お嬢様の声は、それまでとは比べ物にならないほど、鋭かった。


「風螺術(らじゅつ)が使える方、本を舞い上がらせてどかせて!」


はっと気が付き、風属性の私は全螺力(螺力)を込めて、本を浮き上がらせ、他の場所に降ろす。

幸い、候補生の中に風属性は四名ほどいたため、全員の力ですぐに本をどかせることができた。

しかし、頑丈な木枠は重すぎて、さすがに私たちの風螺術では浮かせられない。このままではシアナ様を押しつぶしてしまう……!


続いてお嬢様は叫んだ。


「火属性の方!木枠を燃やして!」

「なりません!図書室で火を使うなどもってのほかです、お嬢様!」


即座にシアナ様が叫び返した。

確かに……、木枠だけをうまく燃やせたとしても、煙だけでも周囲の本には必ず被害が及ぶ。ここにある素晴らしい知の蓄積が……。


「お屋敷から人を呼んで、木枠を退かせた方が……」

「それじゃ間に合わないわ!シアナが脱出できる重みになるまで燃やした段階で止めます。水属性の方、わたくしの声に合わせて一斉に消火を!風属性の方、窓と扉を全て開けて常に外の空気と循環させて!」


恐る恐る申し上げるも、お嬢様は緊張感のある声で我々に命令する。

私も周囲の候補生も、戸惑ったように顔を見合わせる。


「さっさとなさい!このスティラの命令がきけないの!?」

「は、はい……!」


火属性を持つ数人が、シアナ様に遠い箇所から木枠を燃やす。間違ってもシアナ様に炎が及ばないように慎重に。

水属性を持つ者は、水の壁を作ってシアナ様や周辺を守りつつ、即座に火を消せるように準備をする。

我々風属性は、有毒な空気が滞らないよう、かつ、炎が燃え広がらないように調整しながら風を操る。なるべく姿勢は低く、煙を吸わないように。


お嬢様は次々と的確に指示を出し続けた。


「今よ!水をかけて!!」


そして、お嬢様の声と共に水螺術(螺術)で炎は消され、木枠の一部が崩れ落ちると同時に、シアナ様は無事脱出した。


その場にいた全員が、ほぅっと胸をなでおろす。

そのころ、ようやく騒動に気が付いたらしい、お屋敷の人たちが数名飛び込んできた。


「シアナと候補生の一人が負傷したわ。救護を」


惨状を目の当たりにして慌てる従者や執事らしき人にお嬢様が指示を出す。


「私は大丈夫です。そんなことより、大切な蔵書が……!」


痛恨といった表情でシアナ様が叫ぶ。確かに、わずかな時間とはいえ煙に晒された本は、一目で傷んでいるとわかる物も多数あった。


「あなたは、どこまで馬鹿なの!?」


お嬢様は腰に両手を充てると、上からシアナ様をにらみつけた。


「本が何のためにあるとお思い!?人のためでしょう!人が本のために犠牲になってどうするのよ!?そんなこともわからないの!?」


まったく、いつまでも奴隷根性なんだから、この子は!と、お嬢様はぶつくさ言っているが、……その足元は震えていた。

……冷静そうに見えたお嬢様だったが、上位貴族と言えど、私といくつも変わらない少女なのだ。


お嬢様はぐっと片手を握りこむと、改まったように我々に向き直った。


「皆さま、試験中に危険なことになり申し訳ございません。怪我をした候補生、シアナ、救出にご協力いただいた方々に、セラヴェル家当主に代わりお詫びと御礼を申し上げます」


そう言って、お嬢様は深々と頭を下げたのだ。

……貴族令嬢が我々に膝を折ることがあるなんて、この時まで思いもしなかった。


その後知ったのだが、そもそもメイドの採用に貴族令嬢自らが試験を行うこと自体、異例なのだ。


自分に仕え、自分が責任を持つ者になるのだから、自分の目で選ばなければならない、という信念のうえ、お嬢様はすべての試験に付き添われたらしい。そのお志は立派と言えよう。

あのウザさに耐えるのも試験の一環であった……のかもしれない。


「もったいのうございます!お嬢様ァ!」と連呼しながら、半ば強制的に救護班に連れ去られていったシアナ様も、──ところどころ変人と言わざるを得ないが──自らの命をいとわず候補生を助けたのだ。


このお二人、確かに癖はあるものの、どこか心惹かれていることは否定できなかった。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


幸いにも地震の影響はそれ以外には少なく、お屋敷にも街にも被害らしい被害はなかった。

そして、中止となった試験の振替日を待っていた数日後のことだ。


「お嬢様付きメイドへの就任、まことにおめでとうございます!」


お屋敷に呼ばれた私は、満面の笑顔のシアナ様と、つんとすましたスティラお嬢様、そして他のお嬢様付メイド達に迎え入れられていた。


「ソリーナさん、あなたが来てくださって本当に嬉しいです!ともに、お嬢様をお支えいたしましょう!」


シアナ様はまだ痛々しく肩に包帯を巻いたまま、歓迎の両手を上げようとして「あいたたた……!」と悲鳴を上げている。

その中で、私は戸惑いを隠せなかった。


「あ、あの……、試験の振替日は……」

「振替は無しよ!あなたに決まったわ」


「……他の方は全員、辞退されたの」


隣にいたメイドから耳打ちされた言葉に、私は思わず目を丸くした。


「まったく、しょせんは平民ね。この仕事の尊さが理解できないなんて!ま、まあ、事故もあったし、仕方ないけれど……」


お嬢様は複雑な表情をしている。……しかし、まさか全員辞退とは。

あの事故は確かに恐ろしかったが、むしろ私はあの時の対応で、シアナ様の勇気とお嬢様の判断力に感銘を受け、お二人を少々見直していたので意外であった。


「実は、あの事故やお嬢様というより、シアナの影響なのよ」


さっき耳打ちしてくれたメイドが補足してくれた。

……シアナ様の?


「ほとんどの方が『とてもシアナ様のようにはなれない』とおっしゃって……」


確かに、あの事故でのシアナ様はすさまじかった。あのような命がけの仕事ぶりを見せつけられては、怖気(おじげ)づいてしまうのも無理はない。

それに……。


「お嬢様の魅力を理解せぬ者など、このセラヴェル家に不要でございます!!安心なさいませ!このシアナが命にかけてお嬢様をお守り……」

「軽々しく命をかけるのはやめなさい!まだ懲りてないの!?この馬鹿!!」

「馬鹿いただきましたァ!ありがとうございます!」


……お嬢様への、この異様……いえ変態……偏執狂めいた忠誠心も、おいそれとは真似られない……真似たくもないが。


不安半分の採用はとんとん拍子に進み──。

……そして、気づけばそこから六年も経ってしまった。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


「シアナ!どこにでもついてこないで!」

「いえ!お嬢様は先日の舞踏会で多くの殿方に狙わ……、見初(みそ)められた身!念のため監視……お守りを!」

「お手洗いに行くだけよ!!もう!!」


すっかり聞きなれたやりとりに辟易(へきえき)しつつ、私は一人、渡り廊下の先にある図書室の扉を開いた。

教育長のアデリーナ様が図書室の中央で、静かにたたずんでおられる。


「図書室の改修と本の修復もようやく終わりましたね」


壮麗さを残したまま生まれ変わった図書室を見回しながらそう言うと、アデリーナ様も満足そうに頷かれた。

アデリーナ様は、四十代くらいの女性で、寡黙だが深い叡智(えいち)(たた)えた方だ。お嬢様とメイド長の騒音……いや、会話を聞いた後にアデリーナ様にお会いすると、心が浄化される。


「あの地震の後、念のため古くなった建物や書架すべてを改修すると聞いたときには驚きましたが……」


私は新しくなった書架を見上げてつぶやいた。


「安全には替えられません。図書室を閉鎖せず部分ごとの改修にしたため、時間はかかりましたが……。あなた方若いメイドにとって時間は宝。学ぶ機会を守れて良かった」

「本当にありがとうございます。アデリーナ様のおかげでこの六年間、図書室で十分に学べました」


あの日、本の一ページすら読めなかった私は、この六年間で相当な量の本を読み終えることができた。……アデリーナ様の教育と、開かれた図書室のおかげだ。

高等学校と変わらぬ学びが得られると踏んだ、十三歳の私の判断は正しかったのだ。


事故で被害を受けた本も、丁寧な修復でほとんどが救われた。

シアナ様──いまやメイド長──は責任を感じたのか、六年間誰よりも図書室に通いつめ、石の粉を振りかけたり水に浸したりと奇妙な修復を続けていた。


「鉱物系の多孔質素材は(すす)などに含まれる酸性ガスを吸着できるし、石灰石を水に溶かせば、煙害の被害を中和することも……」


ぶつぶつと独り言を言っては、私に気づくと慌てて取り繕ったりしていた。


「そ、そういったこともこの図書室で学んだのだから、大切にせねば!」


今も、この人は理解しがたい。……しかし、そんなところに知的好奇心をくすぐられてしまう。


(──嘘吐(うそつ)きである、ということもわかったしね)


私は図書室を見回しながら、ふっと微笑んだ。


実はこの図書室に、石に関する本は一切無いのだ。

六年間丹念に調べ、アデリーナ様にも確認したので間違いない。


そもそも、石の学問なんて、初等学校でも扱わない。

建築素材や石畳の材料ではあるが、教会所属の職人達の仕事であり、学問の対象になるようなものではない。本が無いのは当たり前だ。


貧民窟に育ち、その後はこのお屋敷からほとんど出たことがないはずのシアナメイド長が、なぜ石なんてものに興味を持ち、どこで難しそうな知識を得たのか。

なぜ嘘をついてまでそれを隠すのか……。


「本当に、謎多き方だこと」


その時、廊下からまた「ご褒美でございます!!」と絶叫が響いてきて、アデリーナ様と顔を見合わせて苦笑した。


──まったく、毎日のように呆れてしまうのに、同時に期待してしまう。あのメイド長が、今度は何をやらかしてくれるのか。

まだまだ、このお屋敷で学ぶことは多そうだと、私はそっと図書室を後にする。



──そして、ふと振り向いた。


石の本が無いのはわかる……、しかしこの図書室には「絶対あるはず」の本も無いのだ。


それは「円環の(ことわり)」についての本……すべてだ。

初等学校の図書室にすら、低学年向けから高学年向けまで、螺術や属性、精霊、「クレミナラの夜明け」や転生、前世からの引継ぎまで、さまざまな本があった。

円環はこの世で一番大切なものだから当たり前だ。


それが、この図書室には一冊もない。これだけの蔵書を誇りながら……通常ならありえない。


一度だけ、そのことについてアデリーナ様に訊いたが、「不要だからです」としか答えは返ってこなかった。

子供心に、それ以上訊いてはいけない雰囲気を察し、それ以降は考えないようにしてきた。


しかし……。


(「謎多き」なのは、シアナメイド長だけではないかもしれない……)


一瞬頭をかすめたその考えを、私は目を閉じて振り払う。


「ソリーナ!シアナをなんとかしてちょうだい!うっとうしいったら!」


お嬢様の金切り声が渡り廊下に響いた。


「そんな!シアナはお嬢様の棘となって……」

「はいはい、ただ今参ります!メイド長、屋敷内で棘は不要です!」


私は眼鏡を軽くなおすと、今日もお二人の元に向かうべく足を速めるのだった。



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