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12✦六年前✧「セラヴェル家のメイドになった日」(2)

セラヴェル家の図書室は、中庭を抜けた先に離れとして独立していた。

本館とは渡り廊下で繋がっていて、円筒形の壁にドーム状の屋根がある。まるで小さな宮殿のようだ。

図書室というより図書館である。


その外観も美麗だったが、中の蔵書はさらに壮観だった。

歴史、地理、物語の本、果ては王立学院で使われるような学術書まで、棚にずらりと並んでいる。

平民の家では一冊の本だって高価で、手に入れるのに苦労するというのに。

この環境にいられるのなら、働きながら学ぶという私の目論見も夢物語ではないかもしれない。


「素晴らしいです……!」


興味深いタイトルの本を選んで、喜んで手にとるも、……私はすぐに意気消沈した。

難しい単語が並び、読み進めることすら難しいのだ。


平民の初等学校で神童であっても、たった一ページすら満足に読めないという現実に、私は生まれて初めて屈辱感と挫折感を味わっていた。


「まあ。まだ試験中なのに、候補生が勝手に入り込むなんて気が早いこと。もうここのメイドのつもりかしら?」


そんな折、背筋が冷えるような声がして、振り向けばお嬢様が立っていた。

薔薇(ばら)を擬人化したようなその姿に、(とげ)のある笑みを浮かべて。


「申し訳ございませんお嬢様!!!私、シアナが彼女を誘ったのでございます。彼女に(せき)はございません!!」


私が反応するより先に、シアナ様が突然お嬢様の前に、身体を投げ出し這いつくばった。その奴隷のようなポーズにぎょっとする。


こ、ここのメイドは奴隷扱いなの……?


「ちょ、ちょっとシアナ!這いつくばるのはやめて!」

「これは私の習性でございます!」


どんな習性……?このシアナって人、やっぱりなんか変だ!


(かば)っていただいたのに申し訳ないが、この方のちぐはぐさの方が気になってしまう。

愚鈍そうに見えたかと思えば難しいことをすらすら説明されたり、まともな方かと思えば、お嬢様も引くようなポーズをとったり……。なんだか一貫性がない。


「ま、まあ、教育長も図書室は開かれているべき、とか言ってたし、私も別に、入るのが悪いとまでは言ってませんのよ」


どこか言い訳がましく、お嬢様は口をとがらせていたが、円形の壁にずらりと天井近くまで並べられた本を軽く見上げると、腕を組んだ。


「……お父様は元々、知を得るのは特権階級のみであるべきというお考えでしたわ。我々のような『円環に選ばれし者』が正しく使うことでのみ、知は有用。誰もが濫用(らんよう)するようになれば、知の価値は落ちるだけでなく、人々を混乱と悪に導くと」


私はぐっと唇を噛みしめる。

それは一般的な考え方だ……。だからこそ平民が王立学院へ入学するには、高額な学費を支払うのみならず、非常に狭い門をくぐらなければならない。


しかし、私は円環に選ばれなかったことを言い訳に、学問を諦めたくはなかった。


「……ただ、教育長のアデレーナが申しましたの。『選ばれし者』には知を扱える者を見出し導く責任もあるのではないか……、知を扱える者を増やすこともまた、特権階級の義務ではないかと」


私は思わず、顔を上げた。

そのような革新的な考えに触れたのは初めてだったのだ。


「お父様はそれを聞き入れ、セラヴェル家に仕える者には、図書室の利用を自由にさせていますの。実際に、ここにいるシアナなどは、本の知識をセラヴェル家に役立てていますわ」

「なんて先進的なお考えで……」

「お嬢様!!そのようなお褒めにあずかり、シアナ感涙でございます!!」


私の言葉を(さえぎ)り、再びシアナ様が床にダイブされた。どうしよう、この人、変を通り越して、なんか怖い……!


「だから、奴隷仕草はやめなさい!あなたいつまで貧民窟(ひんみんくつ)にいるつもり!?」

「ひ、貧民窟……?」


聞きなれない言葉が飛び込んできて、思わず問いかけてしまった。


「私は、貧しい生まれで身寄りもなく、一年ほど前に娼館に売られかけたところを、お嬢様に救っていただいたのでございます」


シアナ様はすっくと立って、真っすぐに私を見てそう答える。


「しょ、娼館……!?なんて酷い……!」


十三の私にも、そこが女の人が残酷な仕打ちを受ける場所だというくらいの知識はあった。少女までがそんな……!?


私も今まで平民たる自分の身の上を恨んだことは何度もあったが、少なくとも両親に守られ、安心して生活し学んでこられた。

この方は、それすらなかったのだ。それなのにたった一年で、この図書室にある難しい本すら読みこんで、実践されている……!


私は改めて尊敬の気持ちでシアナ様を見つめた。愚鈍だとか変だとか思ってしまったことを恥じ、反省する。


同時に、スティラお嬢様についても、偉ぶったウザいだけの人ではないのかもしれないと感じた。

──貧民窟からメイドに採用するなんて、普通の貴族令嬢がすることではない。


「シアナ様、ご苦労なさったのですね。では奴隷のような仕草もその時の……」

「いえ、それは関係ありません。私の個人的な好みです」


……や、やっぱり少し変かもしれない。


「あのねえシアナ!その出自は誰にでも話すものじゃなくてよ。悪意でどう広められるかわかったものじゃないわ」

「申し訳ございません!!」


いや、最初に口に出したのはお嬢様ですが……と私が心の中でツッコみ、シアナ様が三度めの奴隷ポーズをとろうとしたとき、ギィィィと図書館の扉が開く。


「あら。そういえば午後の試験が始まるんだったわね。そのためにここに来たのだったわ」


シアナ様をなんとか立たせたお嬢様は、そう言って入口を振り向いた。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


昼休憩の間にさらに減った十数名ほどの候補者たちがぞろぞろと図書室の中に入り、物珍しそうにきょろきょろしている。

午後の試験会場はここだったらしい。中庭に出てしまっていた私はその連絡を聞き損ねたようだが、結果的には丁度よかった。


「全員揃っているようね。では、試験の課題について……」


お嬢様がそう話し始めた瞬間だった。

突然、図書室ごと身体が大きく揺れた。


(じ、地震……!?)


最近、たまにある地震だ。しかし何もこんな時に……!


「皆!頭をかばって書架や燭台から離れて!」


お嬢様が鋭く叫ぶ。幸い揺れはたいしたことはなく、すぐにおさまった。

燭台の火もガラスに覆われているから、倒れたり燃え移ることはなかったようだ。


しかし……。


ギシリと音を立て、書架の木枠が倒れ、ある候補者の頭上に山積みの本が崩れ落ちてきたのだ。


「きゃっ!」

「危ない!!」


誰もが一歩も動けない中、シアナ様が走り込んだ。

白い手で本を払いのけ、崩れかけた木枠を肩で押さえ込み、下敷きになりかけた候補生を引きずり出す。

幸い、巻き込まれた候補生は、かすり傷程度で済んだようだった。


しかし、シアナ様は代わりに木枠の下に入り込んでしまい、肩に傷を負っている様子……。その木枠の上にも大量の本が乗ってしまっている。


(こ、このままではシアナ様が……!)


その時、スティラお嬢様が、冷静な声で叫んだ。


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