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11✦六年前✧「セラヴェル家のメイドになった日」(1)

(ソリーナ目線)


先日、スティラお嬢様の社交界デビューが無事に終わった。


当日になって、突如無数のガラス片を作ってヴェールに縫い付けるとシアナメイド長が言い出した時には、すまきにして窓から放り出したくなった。


急な思い付きで、振り回されたこっちの身にもなってほしい。お嬢様付きどころか、屋敷中のメイドが必死でガラス片を縫い付けることになった。間に合わせたのは奇跡に近い。


しかし……、奇跡を起こしただけのことはあった。完成した衣装は素晴らしく、当面の語り草になることだろう。


ガラス──ただの透明な板が、あのような装飾品になり得るなんて、それも私たちの手で作ることができるなんて、誰が考えるだろうか。

半信半疑ながらもメイド長の指示に従い、ガラスを螺力(らりょく)で熱したり冷やしたりしたら、ガラス板が粉砕され、無数のガラス片が出来上がった時は、心底驚いた。


メイド長は、あのような知識をどこで得たのか。聞いてみても曖昧(あいまい)にごまかされるだけだった。……いつものとおり。


シアナメイド長は、昔から不思議な人だ。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


私がこのお屋敷に仕えるようになったのは六年ほど前。まだ十三だった。


街広場の掲示板にて、あのセラヴェル環伯(かんぱく)家が令嬢付きのメイドを募集していると知った時は心が躍った。上位貴族のメイドなんて、普通は良家の令嬢がツテでなるものだから、一般募集は珍しい。


お給金の額も素晴らしかったが、何より私の目を惹いたのは、「年少者と希望者にはセラヴェル家の教育長による一般学習時間を設ける」というものだった。


「私、セラヴェル家のメイドに応募してみる!」


家に帰るなり、息せき切って、両親に伝えたことを覚えている。


「え?ソリーナ、高等学校に進むって言ってたじゃないか。父さんなら大丈夫だ。またすぐに働けるようになるよ」

「そうよ。あなたは賢いのだから。それにセラヴェル家みたいな名門貴族がメイドに平民を雇うわけがないじゃない」


当時、私の父は怪我をして失業したばかり、母は赤ん坊の妹と幼い弟たちを育てるのに必死だった。……私の学費を出すのが厳しいことくらいはわかる。


「セラヴェル家の教育長に学べるなら高等学校より良いかもしれないわ。それに環伯家なんて、屋敷にいるだけで学べることは多いはず。それでお給金までもらえるのよ!」


これは本音だった。けっして家庭の犠牲になったつもりはない。


「平民からも募集している以上、一人も雇わないってことはないでしょ?私ならその一人になる自信もある」


初等学校とはいえ、成績は随一。教師たちに王立学院も夢ではないとお墨付きをもらった私である。


「でも、セラヴェル家の御令嬢って、確か……」


母は心配そうにくちごもった。


「その、恐れ多いことだが、お顔に醜い痣があり、ご気質も暗く陰湿だとか……」


そうつなげると、父も黙りこんでしまう。

確かに、私もちらりとそのような噂を耳にしたことはある。

でも、噂は噂だ。そんなもので人生を決めるわけにいかない。


「そんなの、実際にお会いしなければわからないわ!」


止める両親を振り切って、私は意気揚々と応募したのだった。


……募集要項に「根性と忍耐に自信がある者」という見慣れない項目があったのはやや気になったが。(その理由は、後から嫌というほど思い知る)


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


「まあやだ。平民から募集したらこんなに来るものなのね」


当時十五歳のスティラお嬢様は呆れた様子で、ずらっと並んだ応募者たちを一瞥した。

確かに、噂通り顔には目立つ痣があった。礼儀を知らない子はじろじろと珍しそうに見つめている……が、醜いというのは言い過ぎな気がした。

ご気質も少なくとも、暗くはなさそうだ。……偉そうではあるけど。


(募集しておいて、「まあやだ」はないでしょうに。貴族令嬢なんてそんなものかしら)


内心そう呆れつつ頭を下げた。


「こんなに大勢はいらないわ。簡単な試験をやってもらうから、優秀な子だけ残ってちょうだい」


そう言うと、いくつかの課題をお嬢様は提示した。それに沿って簡単な裁縫やドレスのアイロンかけ、お茶の準備などを次々とこなす。

家でやっていることの延長なので、造作もない。器用さや要領の良さには自信もあった。

しかし……。


「それが平民風のやり方なのねえ。ちょっとセラヴェル家には合わないかしら?」

「そのティーカップ一つで、あなたの人生半分くらい買えるのはご存じ?」

「所作の美しさ……なんてことは、あなた方には無縁なようね」


作業をする我々の間を動き回りながら、ぐだぐだ言ってまわるお嬢様が……ウザい!

なんなんだこの人。嫌味を言うだけなら大人しく座っててくれないだろうか。邪魔だ。


昼休憩を迎えるころには、候補者は半分に減っていた。試験に落ちたわけじゃない、お嬢様がウザすぎて辞退したのだ。……気持ちはわかる。


「なるほど。根性と忍耐、ね……」


もし採用されたらあのお嬢様付きとなるのだ。覚悟は必要だろう。


「でも、あのお給金をいただければ、うちはぐっと楽になるし、勉強もできるかもしれない……ウザいくらい我慢我慢……」


そう自分に言い聞かせる。


✦••┈┈┈┈••☽••┈┈┈┈••✦


簡単な昼食を終えたあと、午後の試験が開始になるまでしばらく時間が空いたので、私は中庭を散歩することにした。


セラヴェル家の中庭など、そうそう入れない。

よく手入れされた花々や、寸分の乱れなく刈り込まれた生垣に感嘆していると、小さな噴水の前で、かがみこんでいる少女を見つけた。


私より少し年上に見える。制服からしてここのメイドだろう。

その方は、桶の中に石や砂利を積み重ねては水を流すのを繰り返していた。


……一体、何の仕事だろう?遊んでいるようにも見えない。


「あの……、失礼ですが、何をされているのですか?」

「えっ?うわ!?」


おおげさに飛びのくと、そのメイドは真ん丸な目で私を見つめる。珍しい明るいアッシュの髪を一つのおさげにして、深い濃紺の瞳をしていた。


「あ、その、お客様でらっしゃいますか!?」


慌ててお辞儀をするメイドに、こちらも挨拶が抜けていたことに気が付き、一礼する。


「失礼しました。私、ソリーナ・セリオールと申します。本日、こちらのお屋敷のメイド試験を受けに参りました」

「まあ……。でしたらあなた、私のお仕事仲間になるのかしら……?」


どこかきょとんとした瞳で、ふんわりと首を傾げている。

セラヴェル家のメイドにしては、なんだか愚鈍そうな方だ、というのが正直な第一印象である。

──シアナメイド長はこの頃、大変な境遇から救出されてまだ一年足らずで、やっと普通の生活に慣れ始めたころだった、というのを知ったのは、この後のことだ。


「まだ試験中ですので。そうなれたら、と思ってはおりますが」

「あなたのような、賢そうな方に来ていただけたら、助かります。ちょうど先日メイドが三名辞め、その前には二名辞め、その前にも三名、その前にも……」


ちょ、ちょっと。離職率高すぎない!?それで平民から募集せざるを得なくなったのか。

内心、かなり動揺したものの、表には出さないように気を付ける。


「それで、その、メイド様……」

「シアナです」

「シアナ様は、ここで何をされていたのですか?」

「ああ……」


シアナ様は、桶の中に積み上げた石を振り返る。


「井戸水の濾過(ろか)装置を改善できないか、試しておりました」

「ろ、濾過(ろか)……ですか?」

「ええ。今も簡単な装置はありますが、砕いた大理石や石灰石で水を弱アルカリ性にすれば鉄分などを沈殿(ちんでん)させられますし、木炭の吸着を使えば臭気も除けて、より良い水質を得られるのではと……」


そこまで話してシアナ様ははっと気が付いたように、一瞬口をつぐんだ。

先ほどまでのぼんやりした様子が嘘のようなその流暢な説明に、少し驚く。

聞いたことがない専門用語もあって、理解はできなかったけれど……。


この屋敷では、こんな若いメイドがそんな難しいことを考えるものなの?


「あの、その…、図書室でそのような本を読んだので、試してみただけです」

「えっ、ここのメイドは、図書室で学ぶことができるのですね!?」


図書室というワードに、思わず、くいつくように質問してしまった。


「はい。仕事に支障さえなければ、図書室への出入りは自由ですし、汚したり無くしたりしなければ、本を自室に持ち込むことも可能です」

「まあ、夢のよう……!」

「ソリーナさん。よろしければ図書室を見学なさいますか?」

「ぜひ!」


ぼんやりした方かと思ったけれど、聡明で親切な方のようだ。私は喜んで着いていった。

……この後に起きる事件が、私の人生を大きく変えるとも知らずに。


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