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最終話 アナベルをたよりに

 次の日。普段と同じような顔をして教室にやって来たかと思うと、クラスの友達の女子たちに一斉に囲まれた。

 

 ――めっちゃ心配したんだよ!?

 ――勝手にどっかいっちゃうなんて、幼稚園児みたいなことしちゃって、もう!

 ――最近物騒だから、まじで怖かったんだからね!

 

 そんなことを怒涛のように捲し立てられたかなたは、色々と心配をかけてしまった事にかなたは一人一人に丁寧に謝る。

 無断下校をしてしまった理由について問われた時には、

 

「学年30位に入ったら新しいスマホをくれるって約束したんだけどさぁ、その、親がやっぱダメって言って、それで自暴自棄になって嫌になって学校飛び出しちゃったんだよね」


 と言ってごまかした。

 

「ちょっとまってそれひどくない?」「うわ、それされたら流石に病む」「かなためっちゃ頑張ってたのにそんな仕打ちするなんて」「気持ちは分かるけど、でもやっぱり勝手に学校出ちゃったらダメだよ」


「はは、せやな」


 そのあと、朝のHR後にかなたは担任に呼ばれた。生徒指導室に連れられ、生徒指導担当の先生と3人で事の経緯を改めて説明することになる。


 かなたは反抗することなく、粛々と誠心誠意込めて謝罪した。

 一時の着の迷いで学校から抜け出してしまった事、それで周りに大きな迷惑をかけてしまった事を、涙でごまかすことなく、真剣な顔で反省した。

 

 生徒指導担当の先生は、一時は無断下校の事態を重く見て停学処分も検討していた。だが、かなたが努めて反省の姿勢を示していたこと、学業も中間考査よりも飛躍的に向上しており授業態度も真面目であること、無断下校以外の問題行動がないことから、情状酌量の余地はあると判断するに至った。

 

 そうしてかなたに下された処分は、授業の出席は認められず、別室で反省文を書かせる謹慎処分。そして、もうすぐ始まる夏季休暇指中、毎日生活日誌と反省文を書いて提出し、厳に反省していることを示すこと。


 それで反省していることが証明できれば、停学処分は免れることも言い渡された。


「わかりました。寛大な処分、ありがとうございます」


 かなたは深々と頭を下げ、担任と共に生徒指導室を出た。


「……本当に、すみませんでした」


 謹慎処分の別室に向かう途中、かなたは担任に謝罪する。


「最初はね、生徒指導の先生はは重い非行行為だって怒って、問答無用で停学処分の可能性もあったの。警察沙汰の一歩手前だったというのもあるけど。でも……」


 担任はどこか言い淀んでいた。


 迷いながら、悩みながら、担任は言葉少な気に、言う。

 

「……鈴木さんが無断下校した時、私、あなたのご両親に電話したの。お母さんが、電話には出てくれたけど……」


「私みたいな不出来な娘なんてどうでもいいって言われました?」


 あはは、とかなたは笑って見せた。そのかなたの諦めた様な笑顔に、担任はぞくっと悪寒が走った。


 担任は、かなたの母親から冷淡な声で言われたのだ。

 

 『娘? あの子のこと? それがどうしたんですか? 今忙しいので後にしてもらって構わないんですが。無断下校? それが? だからなんですか? 今からあのでくの坊を探しにいけと? あの、私、そこまで暇じゃないんですけど。警察でも呼んだらどうですか? それでは』


 未成年の子どもを預かる親とは到底思えない暴力みたいな発言に、担任は返す言葉を見つけられず、そのまま電話が切れてしまったのだ。


「……その、もしも……家庭で、辛いことがあったら、いつでも、相談していいですからね?」


 かなたは察した。自分が親から見捨てられているという”特殊な状況”を加味され、このような寛大な処分になったのだと。


「じゃあ、一つだけ良いですか? あの、バイトだけは謹慎期間中でも続けたいんです。バイト先だけが、心の拠り所なので」


「……わかったわ」


 担任はかなたの心情を慮り、許可した。

 

 かなたは学校側には一人暮らしをして生活費をバイトで何とか補っていることを、伝えてはいない。

 もしも伝えてしまったら、間違いなく両親に話がいくだろうと。そして、学校側からなぜ一人暮らしをさせているのかと追及され、両親はそれを心底から面倒だと思うだろうと。

 妹の全国ツアーはもう始まっている。これからますます忙しくなる中、自分のことなんて気にもかけたくないはずだ。


『ああ、もう、いいです。わかりました。あの子、学校を辞めさせます。それでいいですか?』ってなっても、もはや驚かない。


「しばらく、そこで反省文を書いていなさいね。時折、先生が見張りに来るから、怠けないこと」


 付いた先は、自習室だった。広々とした部屋でかなたは1人、静かな時間を過ごした。


「反省文……1000文字かぁ、多いな……。えーと……だいたい7ツイート分くらいか。なんか急に書けそうになったな」

 

 かなたは一応真面目な顔をしながら原稿用紙に向かう。

 外は晴れ晴れとした青空が広がっていた。

 謹慎処分とは言うが、夏季休暇まであと3日しかない。授業も出ず、どこかのんびりとした時間が過ぎていく。

 自分一人だけ、先に夏休みに入ったような気すらしてきた。


「……みたいなことを反省文に書いたらどちゃくそ怒られるんだろうなぁ」


 ふふっと、かなたは笑った。


「会いたいなぁ……倫太郎」

 


 ◇◇◇


 

「お、来たな! 話聞かせろよな!」

「それで結局どうなったんだよ。好きな女さ無事に助けられたのか?」

「こっ……告白、っていうの、し、したの……!?」

「うわっ……だ、大胆だ……!」

 

 倫太郎の教室にて。こちらも登校して教室に来た途端、友達の多車、風治、暇木、手知がワッと駆け寄ってきた。


「え、えっと……」


 倫太郎は協力してくれた友達には詳細を語りたかったが、かなたの過去までひっくるめて全て口にするわけにはいかない。ある程度省略する必要があった。


「……ひとまず、助けることはできて……告白も、した」


 うおおおおおおお!!! と多車たちは大いに盛り上がる。


「それでそれで!? どうなったんだよ!」


「……えっと、その……ほ、保留、という感じになりました」


「かーっ! 悪い女だなぁ!」


「だから女言うなっつうの」


 多車はちょっと強めに風治を叩いた。倫太郎は困ったように笑っている。


「す、すごい……恋愛って……現実にあるんだ……」「生の映画を観ているみたいだよ……」


 暇木と手知はひたすら圧倒されていた。その体の大きさとはまるで関係なく、倫太郎の度胸に。


「んで、お前の好きって言ってたのって、鈴木さんよな。校内放送で言ってた、無断下校した人」


 こっそりと多車は倫太郎に囁き、 倫太郎は恥ずかし気に頷く。


「今日、顔ちょっとだけ見たわ。可愛い子じゃん」


「でしょ!? 可愛いよね!」


 倫太郎は激しく同意するように元気よく頷いた。あまりにも堂々と言うものだから、多車は感心したように頬を緩ませる。


「いいね、それくらい胸張って言えてこそだな。まー、うちの彼女の方が可愛いけどなー!」


「いやいや、俺の方こそ!」


 へへへ、と倫太郎と多車は肩をつつきあう。


「……あー、くそ。飴川に振り向いてもらうように、俺も頑張らねえと……」


 すっかり青春を満喫している二人を見て、風治は悪態をつきながらも気合を入れなおすのだった。


 

 ◇◇◇



「かーなーたーちゃーん!!!」


 休み時間。かなたが謹慎している教室を見つけた雫は、一人ぼっちのかなたに会いにやって来た。


「あ、雫……」


 飛び込んでくる雫の笑顔を見た瞬間、かなたは申し訳なさで頭がいっぱいになる。

 雫は昔から大層な心配性だ。それにLANEを長いこと既読無視してしまったという負い目もある。

 それになにより……。


「はい! おしおきの、ギューだよ!」


「あ、それ、苦しいからやめ――ほぎゃぁー!!!」


 かなたがやらかした時、決まって雫はかなたの顔を大きな胸で押し付けて抱きしめてくるのだ。

 豊満なおっぱいに顔をうずめて決して悪い気はしないのだが、息が苦しくなるほどがっちりとホールドされては嬉しさよりもギリ苦しさが勝つ。


「本当に、ほんっとうに!! 心配したんだからね!!!!」


 ネットミームとしてすっかり普及しつつある『次やったら”コレ”だからね(胸を持ち上げながら)』が現実にあるというのは確かにロマンを擽るものではあるのだが、やられるかなたにとってはたまったものではない。


「ごめん、ごめんて! マジで! LANEでもめっちゃ謝ったけどほんっとうに反省してるから!!! それでも駄目なんか!?」


「駄目!!」


「駄目ってことあるぅ!?」


「かなたちゃんがちゃんと反省するまでずっとこうだからね!!!」


 かなたはひっくり返った昆虫みたいに手足をバタバタとして抵抗するが、押し付ける力があまりにも強すぎて引きはがせない。


「勝手に、行かないでよ」


 ズズッと、雫が鼻水を啜る音が聞こえる。


「……ごめん」


 かなたは雫の背中に手を這わせ、ゆっくりと、抱きしめ返す。


「かなたちゃん……私、他の子よりも、先生よりも、ずっとずっと、かなたちゃんのこと、知ってるよ。習い事の時に、何に一番苦しい思いを、していたのかも」


「……」


 かなたは言葉が出てこなかった。

 雫は両親のことを言及しているのだと、かなたは悟っていた。


 雫に両親の愚痴をこぼさなかったのは、決して雫のことを信用していないわけではなかった。

 愚痴を吐けば、ほぼ間違いなく、ちゃんと受け止めてくれるだろうと、思っていた


 それをしなかったのは、単に怖かったからだ。

 ほぼ間違いなくは、100%ではなかったから。

 もしかしたら、万が一の確率で、雫が拒否するかもしれないから。

 そんなことをする性格ではないことは分かっているはずなのに、はぐらかしたりごまかしたりし続けてきた。

 

 そうして結果こうして謹慎する羽目になるほどに迷惑をかけてしまった。


(……変わらないと、私も。倫太郎の想いを受け止められるように、少しずつ、前に進もう)


「あの、さ。夏休み入ったらさ、ちょっと二人で遊ぼうや。そこで、私の身の上話ってやつを聴いてほしいんだ」


「っ……! 聴く、聴くよぉ……!」

 

 雫は驚いた。かなたが自己開示をすることはこれまでなかったからだ。

 それもきっと……。


(釘矢君が、かなたちゃんを変えてくれたんだ……)


 雫は心の中で、倫太郎に厚い感謝をした。


「というわけでさ、あの、そろそろホールドを解除してみてはいかがかな……?」


「駄目」


「そんな殺生な!」



 ◇◇◇


 

 

「……で、お前ちゃんと鈴木のことぶん殴ったんだろうな」


 昼休み。倫太郎とコスプレ喫茶に行くよう取引を持ち掛けた場所で、雷華は倫太郎を呼び寄せて事の次第を倫太郎に問いただしていた。


「あはは。ちょっと、頭をポン、と」


 倫太郎がニヤニヤとしているものだから、雷華は呆れたようにため息をつく。


「……大体事情は分かった。あいつからもLANEで返事が来た。家庭の事情とやらでうっぷんが溜まって、非行行為をしたと。とんだ人騒がせ野郎だ」


 倫太郎は、雷華にはかなたの身の上話まではしていない。それでもかなたからざっくりだが雷華に話をしていたようだった。

 

「心配してくれているんだね、常鞘君」


「は? どこが?」


「だって、本当にどうでもよかったら、俺に殴れだなんて命令しないでしょ」


「……」


「眉間に皺ってそこまで何重にも重なるものなんだ……」


「黙れ」


 雷華は一蹴するが、倫太郎はと言うとニコニコしているから何とも手ごたえがない。


「というか、お前、なんだ、本気で鈴木と付き合いたいと思ってんのか? 正気?」


「へへへ……まあね……」


「キモ」


「へへへ……」


「なんでもっと気持ち悪くなってんだよバカタレ」


 雷華の眼からしてみれば、とっくの昔からかなたと倫太郎が相思相愛だというのは分かっていた。

 だからくっつくならさっさとくっついてしまえ、妙な駆け引きを見せつけてくれるなと苛立って仕方がない。


「付き合うか付き合わねえかの小競り合いをされてもこっちは目障りなんだよ。せめて三か月以内には結論だせ」


「え、さ、三か月?」


「いや、そうだろ、バカが。お前これを一年二年三年とするつもりか?」


「そ、そんなつもりは」


「そうだろうが。目の前でもじもじとするの見てて目の毒だから、付き合うのも別れるのも早くしろ。3か月経っても結論出さないようなら俺があいつをしばいて無理矢理にでも〇か×か吐かせる」


「そ、そんな無理矢理……」


「そうでもしねえとお前ずっと先送りされたままだぞ? いいのか?」


「……鈴木さんのペースとかあるから……って考えたけど、うん、そうだよね……。ここは、男である自分が、積極的に動かないと!」


 ありがとう! と倫太郎は朗らかな笑顔を雷華に見せる。


「……はいはい」


 雷華は適当にあしらった。




 ◇◇




 放課後。これからコスプレ喫茶のお給仕に向かう時間だ。


 校門の前で、かなたは人を待っていた。どこかソワソワとしていて、落ち着かない。

 これまで何回も何回も、一緒に通る道だというのに、どんな会話をすればいいのか分からなくなる。


(あー、うー……駄目だ、顔が変になってる)


 かなたは両手で頬を何回か叩いて整形しようとするが、すぐに弛緩してみっともない顔になってしまうような錯覚に陥っていた。


「……あ、あの」


 うつむいていた自分の影が、さらに大きな影に覆い隠される。

 声だけでわかる。雰囲気だけでわかる。

 ふわっと漂う彼の優しい匂いで、分かる。


(ニヤつくな……ニヤつくなよ……)


「お、おおぅ! どうしたんだい釘矢、くぅん!」


 かなたは変な声で返答しながら振り返った。


 そこには、倫太郎がいた。


 「あ、あは、は……ど、どうも」

 

 大好きな、大好きな、倫太郎が、笑って、自分を恥ずかし気に見つめている。

 出来るだけ一緒にいたいと、かなたがバイトに行く日はお店まで付いて行くことになったのだ。

 その押しの強さに、かなたは結局負けてしまったわけである。


(ああ、もう……! その表情、反則なんだよ!)


「……そ、それじゃあ、い、行きましょうか……かな、た、さん」


「っ……!?」


 突然下の名前で呼ぶものだから、かなたは全身に鳥肌が立ってしまった。

 嬉しくて、嬉しくて、たまらない。

 そして、それ以上にめちゃくちゃ、恥ずかしい。


「こ、このぉ……!」


「あ、は、は……か、顔、赤いですね」


「本当に言うようになったなぁ、おい……!」


「だって、俺は、か、かなたさんの、こと……こ、攻略、しないと、いけないです、からね……。た、短期決戦の、気持ちで、行きますっ、から……覚悟して、ください」


「……このぉ!」


 かなたは倫太郎の背中をバシバシとたたきながら、肩を並べて歩き出す。


 198cmの倫太郎と、144cmのかなたの影は、まるでお似合いみたいに、夏の道に仲睦まじく寄り添っていた。

 

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