第85話 ラフメイカー
全力で更衣室に戻って爆速で着替え、乱れた服装のまま保健室に向かい「体調が悪くなりました! 帰ります!」とものすごい早口で叫んだ。
「ちょっとちょっと急にどうしたの!?」
保健室の先生はいきなり威勢よく体調が悪いことを申告してきた倫太郎に驚くが、その表情を見てやおら理解する。
今現在行方が分からないかなたと、そのかなたと仲が良い倫太郎。
倫太郎が何をしたいのか、保健室の先生はその思いをくみ取った。
「……体調がそんなに悪いのね」
「はい! すごく……すごく! 今にも吐きそうです!」
「あー、感染症かもねえ。それじゃあもう帰ったほうがいいわね」
「ですよね! 帰ります! ありがとうございます!」
頭を下げてすぐさま保健室から出て行った。まるで春の嵐がごとくの倫太郎の勢いに、保健室の先生はクスっと笑いながら、倫太郎の担任に電話をする。
「あ、もしもし? 保健室です。はい、そちらのクラスの釘矢君が体調すぐれなくて、はい、熱が、えー……38度ありましてですね、はい、帰らせました」
そうして担任を納得させて通話を切り、もう一杯コーヒーを淹れることにした。
「……見つけてあげてね。鈴木さんのこと」
◇◇◇
暇木と手知に教室から持ってきてもらったカバンを校舎前で受け取り、頑張ってね! と拳と拳を突き合わせ、倫太郎は全力で走って学校を出る。
事前にLANEでは雫にかなたを探しに早退することを伝え、何か手掛かりになることを知っていれば教えてほしいとメッセージを送っていた。
居場所の手がかりなんてない。
どこにいるのか、わかるわけがない。
だからといって、ヒントが見つかるまで待つなんてできるわけがない。
「とにかく、駅だ……!」
学校から地下鉄の駅までの道を、倫太郎は走り出した。どこか遠くへ行こうとするのなら、おそらくきっと駅に行こうとするはずだ。電車に乗ってしまう前に、かなたに追いつかないといけない。倫太郎は周囲にかなたがぽつんと居るかもしれないと注意しながら、全力でスタミナなんて関係なしに走る。
かなたと何度も何度も、この道を歩いてきた。これまでずっと独りぼっちで歩いていた、重苦しくて辛いだけの道が、かなたが隣に居てくれるだけで途端に楽しくなった。
駆け抜けていく景色が視界に映るたびに、一枚一枚、写真のように風景とかなたの笑顔が浮かんでくる。
『てかさ、こう、プレイヤーとしての分身じゃない、テンセグっていうゲームって。出てくる女の子キャラクターってみんなどこか悲しみを抱いててるわけじゃん。やっぱそこで庇護欲をかきたてられるわけだから、そりゃあもう壁だなんて言わずに心を曝け出して女の子キャラクターとイチャイチャする妄想をする方が正当な楽しみ方じゃん?』
テンセグの楽しみ方について喧々諤々と討論しあう、かなたの笑顔。
『日本大橋にさ、バスケコートあるんだよ。たまにコスプレイヤーの人がバスケ漫画のキャラでシュートしてる写真撮ってたりしてて。いやー、女性の人が男性キャラのコスプレしてるのって謎の魅力あるんだよなぁ。こう……色気っつうかさぁ』
雫と雷華と一緒にバスケをしに行った時、道中で沈む倫太郎を気にかけるように話しかけてくれる、かなたの笑顔。
『期末考査終わったら全力でバイトしまくるぞ! 夏だし、夏っぽいコスプレとかしてみようかなー。前スク水バニーとかイカれた発想した二次元イラスト見ててこれだ! って思ったんだけどこれ多分店長から全力で止められそうだったわ。ねえねえ、夏っぽいコスプレってどんなんがある?』
休日の学校で一緒に期末考査の勉強をした帰り道、バイトに復帰するのを待ち望んでわくわくが止まらない、かなたの笑顔。
その笑顔を倫太郎はかみしめるようにして思いだす。
その眩しくて柔らかな光に包まれた笑顔が、本当にいつもいつも可愛くて、仕方がなかった。
(思えば、俺は、出会ったころから鈴木さんのことが……好きだったんだ)
ずっと前からかなたに惚れていたのだ。自分に恋だなんていう感情が芽生えるだなんて思いもしなかった。
心臓が、全力で走って痛くて苦しいのに、かなたのことを思うだけで、会いたいと思うだけで、その痛みが鎮痛剤のように消え失せていく。
(こ……これが……恋の力……ってやつなの、かな……)
かなたのためなら、肉体のリミットなんて些細なストッパーにしかならない。たとえ筋肉が悲鳴を上げても。酸素が枯渇し肺が苦しみに悶えたとしても。
関係なかった。自分の体の、痛みだなんて。
これまで自分の体が大嫌いだった。ただデカくて、周りを怖がらせて、誤解させられて、そして大切な人を傷つけてしまうような、この体が。
(さんざん俺に迷惑をかけたこの体なんだから……! 今日のこの時くらい、言うこと聞けよ……!)
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
大きな体で全力で走る倫太郎に、通り過ぎる人々は奇異の眼で見てくる。
――え、なにあの高校生、こわ……。
――喧嘩かな、誰か追いかけてるのかな。
――なんか、やばいことしてるんじゃない? 怖いから通報したほうがいいかも……。
――邪魔したら殴られそう、いやだなぁ。
(ああ、もう、聞こえてるよ、その声!)
周りの目に怯える日々はもうこりごりだ。倫太郎はその視線に怯えることなくただひたすら走り続ける。
「鈴木さぁん! どこだぁあ!!」
恥も外聞もあったものか。
倫太郎は叫びながら、愛する人の名を呼びつつけた。
そうして夏の日差しに汗だくになりながら、倫太郎は駅前までたどり着こうとしていた。
「こ、ここまでの道で……鈴木さんは、いな、かった……」
もしかしたら通り過ぎた店、例えばカフェに入っているのかもしれない。それならそれで、構わない。もう一回引き返して、次は店の中を見て回ればいいだけだから。
今急がなければならないのは、電車に乗る前のかなたを見つけることだ。一度電車に乗ってしまったら、そこから先は見つけることが困難になる。それこそ警察沙汰になる恐れがある。
その前に、絶対に見つけなければならない。
「鈴木さんは、俺の、帰る方向と、反対方向……!」
地下鉄の駅の利用客の視線を振り切りながら倫太郎は改札を通り、いつもホームで別れていた場所に立つ。ここからどっちだ。上りか、下りか。
電車はひっきりなしにやってくる。もうすでに電車に乗っていたとしたら、もう終わりだ。
「あきらめるな……! どこだ、どこに――」
背の高い倫太郎は、その広い視野で微かながらも、捉えた。
「あっ……!」
思わず声が出てしまう。
反対側のホームに立つ、かなたの姿を、倫太郎は見つけた。
よかった、居た……と言う喜びと安堵、そして……
(なんて、寂しそうな顔を……)
心痛な思いに胸が苦しくなる。
かなたは頭を下げ、背中を曲げ、まるで亡霊のように地下の薄暗いホームに立っている。
駅のチャイムが鳴る。反対側のホームに電車がやってくる。ホームから差し込んでくる電車の光を、かなたは呆然とした表情で見ている。
まるでその光に――誘蛾灯かのように、吸い込まれるように――
「っ!!」
倫太郎は反対側のホームに向かうべくすぐさま階段を上った。階段にほとんど人がいなかったのは幸いだった。倫太郎は二段飛び、三段飛び、四段飛びで一気に駆け上がる。下りの階段も、もうすべての道中がわずらわしくなって、思い切ってジャンプした。ふわりと浮かんだかと思うとそのまま真下にずしんと着地し、膝に痛みが走る。
(痛いからなんだよ、だからなんだってんだよ! 馬鹿野郎が!)
その衝撃に耐えうる強靭な靭帯を持って生まれたことを、倫太郎はこれほどまでに感謝したことはない。もうほとんど転がり落ちるようにして下りったころにはもうすでに電車のドアは閉まりかけていた。
プシュー
というドアが閉まる音に心臓が飛び上がりそうになりながら、倫太郎はまるでトライを決めるような決死のダイビングで、電車の中に強引に飛び込んでいった。
「はあ、ぐぅっ……!」
電車の中に入り、思わず膝に付く。周囲の乗客は突然飛び込んできた倫太郎を見て怯えた様にざわついている。
(うるさい、関係ないだろ……!)
そう思わず毒突きそうになるが、
『発車します。お急ぎのところ恐縮ですが、駆け込み乗車は大変危険です。安全確保のため、余裕を持ったご乗車をお願いいたします』
という電車のアナウンスが社内に響き渡って、倫太郎は
(……すいません)
心の中で車掌さんに謝った。
倫太郎はゆっくりと立ち上がり、周りの乗客は怯えるように離散していく。
(……思わず、電車に飛び込んだけど……冷静に考えたら鈴木さんは電車に乗ったのかどうか、分かんないな……)
倫太郎がいる車両と、かなたが立っていた場所の車両は離れている。倫太郎はゆっくりと、車両間のドアを開けながらかなたを探すことにした。
(ああ、なんか、思った以上に足にダメージ来てる……まあ、いいや、もう。足の一本や二本くらい)
倫太郎が通り過ぎるたびに、乗客は奇特な目で見てくる。倫太郎はかなたを探す様に周囲を見て回るから、その倫太郎と目が合い、慌てながら視線をそらしていく。
(……周りの人から見たら、汗だくの中人探しみたいに電車の中を練り歩いている俺って……バケモノみたいに見えるんだろうな)
こればっかりはバケモノ扱いされても言い返せないな、と倫太郎は思う。
(でも、これまでさんざん我慢してきたんです、今回くらい、見逃してください……すみません……)
そう倫太郎が怯える乗客たちに心の中で謝りながら、次の車両に入ろうとした時だった。
ドアのガラス越しに、倫太郎は見つけた。
かなたの姿を。
かなたは座った状態で、うつろな目でカバンを抱えている。
「よ、よかったぁっ……」
見つけることができたことで倫太郎はホッと胸をなでおろした。反対側のホームで見たときよりもずっと近くに居るからわかる。
普段のかなたとはまるで違う。
そこにいつもの笑顔はなく、輝きを失っている。
(声は……電車の中だし、やめておこう。鈴木さんが電車から出たところで、声をかければいい……)
途端に、ドッと疲れが体に襲い掛かってくる。これまでずっと動き回っていたからごまかしていた疲弊や体の節々の痛みが、ズキズキと倫太郎を突き刺していく。
それでも、絶対にかなたを見失うことのないように、眼だけは冴えていた。吊革につかまりながら、なるべく周りに不審に思われないように何でもないですよという風にしながら、視界の片隅に常にかなたをとらえている。
(……そうだ、一旦、飴川さんに連絡を取ろう。鈴木さん、見つけたって)
かなたから目を離さないように気を付けながらスマホで雫にLANEのメッセージを送った。
すぐにLANEの着信音が鳴ったかと思うと、発信先は雫だった。倫太郎は電車の中とあって声を抑えるように注意しながら、通話ボタンを押す。
「あ、もしもし、飴川さ――」
「居たの!? よかった、よかったよぉっ……!」
電話口で雫はボロボロと泣いていた。周りに先生たちが居るのか、大人の声が聞こえてくる。
おそらくかなたの捜索のために先生たちが集まっていたのだろう。倫太郎は分からなかったが、その傍にはかなたのクラスメートの女子たちも居た。彼女たちもかなたの安否が確認できて、心の底から安堵したのか魂が抜けるような声を漏らしている。
「鈴木さんの担任です、釘矢。お前、本当にいたんですね?」
雫に変わって担任の先生が倫太郎に問いかける。倫太郎は「はい、電車の中に、います」と答えた。
「釘矢君は今日は学校休んで……あ、早退、したのね。随分元気そうな声をしているけれど……もしかして、仮病? まあ、今回くらいは見逃してあげましょう」
「ありがとう、ございます……」
担任によれば、これ以上見つからなければ今すぐにでも警察へ連絡するつもりだったという。ひとまず警察沙汰は避けられたと、倫太郎は安心する。
「……鈴木さん、どんな様子か、分かる? 声はかけられそう?」
「ちょっと、まだ声はかけられてないですけど、でも……いつもとは全然、違います」
「そっか……。あの、釘矢君。できれば鈴木さんは今すぐにでも学校に戻ってもらって、事情を聞きたいところだけど……正直、私たちも鈴木さんに何が起きたのかわからないの。成績も伸びていて、鈴木さんを探そうとしてくれている友達もいて、とても問題行動を起こすような子には思えないから、先生たちもどうしたらいいのか、悩んでいて……」
だから……と、担任は倫太郎に頼む。
「鈴木さんの悩みを、聞いてあげてほしいの。それと、本当に学校が苦しかったら、明日休んでもいいよって、伝えてほしいの」
大人と子どもの距離感では中々伝えられない親身な言葉を、同級生である倫太郎に託したのだ。
「……はい」
もちろん、そんなこと。
言われなくても分かっていた。
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