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第84話 わがまま

 「お前、女の涙を見て追いかけなかったんか!?」


 一通り倫太郎の話を聞いて開口一番叫んだのは、風治だった。


「女いうな」


 多車が窘めつつも、概ね同意見ではあった。


「そっか、好きな人がいるんだな、釘矢」


「……うん」


「なら尚更、追いかけなきゃいけねえよ、うん。俺の彼女が泣いてたら授業中とか関係ねえもんな」

 

「……あの、釘矢君」


 倫太郎の背の大きさに怯えることなく、手知は倫太郎に言う。

 

「ぼ、僕……さ、三次元の人に恋とか、したこと、ないから……あれかもしれない、けど……でも、人を好きになるって……すごい、ことだと思う……」


 それに同調するように、暇木が続く。


「どんな人か、わからないけど……でも、釘矢君が好きな人は……きっと、素敵な人なんだなって……思うよ……」 


 雷華はというと、いつのまにかみんなの輪から離れところでスマホを弄っている。倫太郎の口ぶりからして、想い人がかなたであることはすぐに悟っていた。


(……というか、今の今まで意識してなかったのかよ。どんだけ自分の感情に鈍感だったんだ)


 呆れつつも、スマホでとある人と連絡を取っている。

 倫太郎とかなたの関係に収拾をつけるために、1番手っ取り早いであろう、2人の共通の友達に。


「で、なんで追いかけなかったんだよ、釘矢。お前はそんな放っておくような冷たい人間なのか?」


 風治から問い詰められ、倫太郎は上腕をぎゅっと握りしめながら言う。


「……あの人を、傷つけてしまうんじゃないかって、思って……」

 

 かなたから明確に拒絶された時、これ以上踏み込んでしまったらかなたの心を踏み治ってしまうのではないかと躊躇していた。

 触れられたくない想いや気持ちは誰にでもある。入ってきてほしくない、近寄らないでほしい。

 だから何があっても心を開かない。誰にも触れさせないことで、自分を守ろうとしていた。


(……バケモノ呼ばわりされていた俺、みたいに)


 かなたの気持ちは理解できる。


 だけど。


(……そんな、自分の世界に閉じこもっていた俺を外の世界に……引っ張ってくれたのは、鈴木さんなんだ)


 助けてあげたい。それでも、倫太郎は怯えてしまう。どうしようもなく。


 かなたを傷つけてしまうのではないかという恐怖が、倫太郎の心を臆病にさせる。


 「助けてあげたいのに、それを拒まれて……俺、どうしたらいいのか、わから、なくて」

 

 その時、多車が口を開いた。


 「なあ。お前、今の状況、迷惑だと思ってる?」


 「……え?」


 多車の問いに、倫太郎は目を見開く。

 そんなわけがない。時間を割いてまで、ここまで自分のことを気にかけてくれているんだ。迷惑だなんて、思う訳がない。

 

「思わねえよな」


「うん……」


「だったらおんなじこと、その子にしてあげな。お前ならできるさ、あきらめんなよ」


 こつん、と多車は励ます様に倫太郎の肩を叩いた。

 内気だけど、引っ込み思案だけど、やるときにはやる。そんな人間だと多車は信じている。バスケの試合でスタミナの限界まで走り回って、どんな絶望的な状況になっても決してあきらめない。根性はだれよりもある、大した男だと。


「傷つけてしまうのが怖いっつっても、お前がやばいDV男みたいなチャラい奴だったら別だけど、お前そういうことするタイプじゃねえだろ」

 

 風治は笑いながら言う。

 水木原にあれだけ暴言を吐かれ、噂を巻き散らかせられて、よくぞまあ手を出さなかったな、と。本音を言えば一発顔面殴ってくれればスカッとする気持ちもあったのも事実だ。倫太郎なら喧嘩に勝てない相手はいないだろう。

 でも、その暴力で得られる快楽は本当にたった一瞬でしかないことも風治は知っている。一時の快楽に身をゆだねることなく、強い自制心で冷静にいられた倫太郎なら、決して間違えたりなどはしないだろう。そう風治は確信していた。


「ぼ、僕たちも……そう、思うよ」

「釘矢君は、最初、怖いって思っちゃったけど……でも、本当は優しくて、面白くて……いい人、だって」


 暇木と手知が続く。彼らにとって倫太郎は、バスケの試合で頼れるる凄い人だった。運動神経が悪くてどうしようもない自分たちにパスを回してくれて、試合に混ぜてくれた。体格が大きくてスポーツが出来る人はほかにもいるかもしれない。でも、倫太郎ほど、周りに目を配ってゲーム内で一人ぼっちにさせない気配りができる人は、きっといないだろうと断言できる。これほど他人に思いやりの心を持てる人は、そうそういない。

 だからこそ、そんな優しい性格をした倫太郎の恋路を、素直な気持ちで応援したかった。

 

 多車、風治、暇木、手知の四人が、倫太郎の背中を押してくれている。

 四人からの信頼を胸に抱き、倫太郎は深く、深く頭を下げる。

 

「……みんな、ありがとう」


 倫太郎は、すう、はあ、とゆっくり呼吸をした。心を落ち着かせるように。そして、覚悟を決めるように。


 ここまで友達が、応援してくれているんだ。

 

 もう、怯えない。


 静かな校舎の廊下で、雲で隠れていた昼下がりの日差しが、倫太郎の顔に差し込んだ。


 倫太郎の表情は、吹っ切れたことでどこか清々しささえ覚えるような、冴えた顔をしていた。

 倫太郎は、覚悟を決める。かなたともう一度、面と向かって、話し合おう。

 話し合えることが出来なくても、それでも、近くに寄り添ってあげたい。

 自分を灰色の世界から掬い上げてくれた、かなたのために。

 

「……うん。俺、勇気出すよ!」


 晴れやかな声で、倫太郎が4人に向かって言い――


「ちっ」


 雷華が急に舌打ちをした。


 5人はびっくりして雷華の方を振り向く。

 

「おいおい、お前なぁ、こんな時にしけたことしてんなって。流石にそれはないだろうよ」


 多車が流石に諌めようとするのを遮るように、雷華は実に端的に言うのだった。


「釘矢。あいつ、無断下校したぞ」


「……………………………………え?」


 瞬間。校内放送が響き渡った。


『1年B組、鈴木かなたさん。今すぐ保健室、または職員室までお越しください。繰り返します、1年B組の鈴木かなたさん、今すぐ――』

 

 落ち着いた先生の声だが、その裏にどこか焦りのような感情を覚える。


 倫太郎がその校内放送に思わず反応して動揺している様子を見て、多車たちは察する。


「……その、鈴木さんっていう人が、その、お前の好きな人で……」

「そいつが教室に戻らないで……」

「常鞘君が、言うには……無断下校……したってこと……?」

「そ、そんな、無断下校なんてしたら……」


 はあ、と雷華は頭を掻いて、冷酷なまでに言った。


「良くて生徒指導室で口頭指導。最悪……停学かもな」

 

「な、な……なん、なん、で……」


 倫太郎は青ざめる。

 あの時、別れ際のかなたの顔は、すべてに絶望した、投げやりな表情だった。


 恐ろしいことを想像してしまい、倫太郎はサーっと血の気が失せる。

 

「ほら、見ろ。あいつからのLANE」


 雷華は証拠とばかりにLANEの画面を見せる。恐る恐る見ると、それは雷華の雫との個別メッセージ画面だった。

 雷華は5人の輪から外れている間、雫と連絡を取っていたのだ。雫がかなたを呼び寄せ、そこに倫太郎を待ち合わせる。あとはかなたが逃げないように見張ってしまえばいい。そうして2人がさっさと心の内を話しさえすればこの面倒くさい事態も解決するだろう、と少し乱暴ではあるが雷華なりに考えた解決案だった。


雷華の『放課後に鈴木を呼び出せ 釘矢が話したいことがある』と実に簡潔なメッセージの後、雫が『わかった! 連絡とってみるね』と返したその数分も経たないうちに、雫から『かなたちゃんが学校からいなくなった 先生が、無断下校したかもしれないって どうしよう』と明らかに焦ったメッセージが来たのだ。

 自習時間中に勝手にいなくなり、担任がいくら探しても見つけられなかった。


「あいつは鈴木と幼馴染だろ。教師も、ある程度仲の良い奴に声をかけてどこいるかって聞いて回ってんだろ。で、それで一向に見つからんと」


 倫太郎たちの背後には、かなたのクラスメートの女子たちが、慌てた様子で誰かを探している姿があった。女子トイレを見て回って、どこにも居なくて、女子たちはすっかり気が動転してしまっているようだ。

 

「で、そのあとにあいつから帰って来た返事が、これ」


 雷華はスクロールする。


 雫からのメッセージ。


『かなたちゃんから LANE来た 消えたいって』『怖い どうしよう 電話しても出てくれない』『怖い』


「っ……!」


 チャイムが鳴る。最後の授業の合図だ。教室に戻って自習しながら期末考査の結果を受け取る……だなんて悠長なことなんて言っていられない。


「俺っ……俺! い、今体調が悪くなった! ので、帰る!」


 居ても立っても居られない。倫太郎はすぐに更衣室に戻って制服に着替え、かなたを探そうと決心した。


 かなたが本当に遠くに行ってしまうと思うと、放っておいてほしいだなんて言うのを、受け入れることなんて出来るわけがない

 四人に言われて、ようやく気が付いた。

 

 かなたを、離したくない。

 

 わがままだ。

 これは自分勝手な、かなたの想いに反する、わがままな思いだ。

 

 間違っているのかもしれない。人との距離感の詰め方として間違っているのかもしれない。


 だとしても。


 嫌なものは、嫌だから。


『君、もう少し怒った方がいいんじゃないか? さすがに言われっぱなしはダメだろ。嫌なことははっきりと嫌と言うべきだ』


 かなたから言われた言葉を思い出す。

 

 かなたに、はっきりと言わなきゃ。


 離れたくない。傍に居てください、と。


「よし、わかった! 釘矢が体調不良で早退するってこと、俺らから担任に伝えるわ!」


 多車が任せろとばかりに胸を張り、

 

「一回保健室の先生に声をかけた方がいいかもしれん、できるだけ本気で体調悪そうな演技をしてな。裏で吐いてたってことしておけよ、今感染症流行ってるから、無理して学校に居させるようが逆に問題になるしな」


 風治が悪そうな笑みを浮かべながら後押しをして、


「お、俺ら、今から教室にある釘矢君のカバン持ってくるよ……」「着替えたら、すぐに学校から出られるようにね……」

 

 暇木と手知がサポートして、


「……早く見つけろよ。見つからなくて警察沙汰になったら、停学どころじゃ済まなくなるからな」 


 雷華が雷華なりに倫太郎を奮い立たせた。


「絶対に……見つけ出すよ!」

 

 大切な友達を前に、自分のために支えてくれる、協力してくれる友達に、倫太郎は力強く宣言した。


 みんなの気持ちを絶対に無駄になんてしない。

 なんとしてでもかなたを見つけ出すんだ。


 そして……


「鈴木さんの笑顔を、取り戻すんだ」

 

 

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