第80話 恋の答えなんて
「せーの……どん!」
土日が過ぎて次の日の月曜日。昼休みにいつもの通りプレハブの屋上に集まった倫太郎とかなたは、返却されたテストの解答用紙を一斉に見せ合った。
これまでの点数の累計ではかなたのほうが大きくリードしているが、残る最後の二科目はかなたの苦手科目だ。仮にかなたの得点が散々であったら、逆転の可能性はあったのだが――
「うわー! 普通に鈴木さんの点数が高いー!」
「へへん、なんとか85点もぎとってやったぜえ」
倫太郎こそ得意科目で大健闘したものの、かなたは不安視していた科目で80点以上をマークしていた。
これですべての科目の点数が明らかとなった。そして2人の勝負の行方は――
「ってことで私の大大大勝利ー! いえーい!」
きゃっきゃ、と立ち上がってズンドコズンドコと勝利の舞を踊っている。倫太郎は「負けた……」と空を仰いだ。
悔しかった。
本気で、かなたを超えたかったから。それこそ、最後の科目を見せ合うときにちゃんと競るくらうまでには頑張りたかった。
確かに、中間考査と比べれば相当点数は高い。でも、その嬉しさなんかどうだっていい。
今日見せ合った科目でも、仮にかなたの点数が0点でもなければ逆転は不可だった。それくらいかなたとは点差があった。
それがどうしようもなく、悲しい。
「いやー、君も結構頑張ってたけどねー! ま、ここは私の勝ちってことで!」
だけど。
眩しい太陽を背ににこやかに勝利宣言をするかなたの表情を見れば、その悔しさは幾分か晴れた。
かなたにとって自分は雑魚だったかもしれない。それでも、一応最後の最後まで、可能性が0に近いとしても逆転の芽が残されたくらいまでは健闘したんだ。
これが、これまでの散々な点数の成績のまま挑んでいたら、それこそ全く勝負にならなかった。
だから、よしとしよう。
このかなたの笑顔を見れたんだから。
(可愛い、笑顔を見れたんだから……いいじゃないか、うん)
目標だった30位以内についても、かなたの点数だと十分に可能性がある。今回のテストは全体的に難化していたとのことで、80点を取るだけでも相当の上澄みだとのこと。
「先生からも珍しく褒められたよ。返却されるときも、鈴木よく頑張ったな、って!」
これまでの努力が報われたという爽快感で、かなたの口はしまりができないほどに嬉しさが込み上げている。
(努力が報われて、よかった)
身振り手振りも思うがままに動かす、奇妙で不思議なダンスをドンドコと踊るかなたを倫太郎はほほえましく、そして愛らしく見つめていた。
「で、だ」
そんなかなたのダンスがぴた、と止まり、倫太郎の方へとずんずんと歩き出した。
「え、な、なん、で、ですかっ……?」
いきなり思い人から近づいてきて、倫太郎は自分が変な顔をしてしまっていないか怖くて思わず顔を腕で隠してしまう。
まるでこれから怒られるのに怯える小さな子供みたいだった。
「あのさ、なんか最近私のこと、みょーーーに避けてるじゃんか。土日もウチんとこ来なかったし」
「それ、は……」
恋心を芽生えた状態で、あんな可愛いメイド服を着たかなたを前にまともな会話ができると思えなくて、結局行けなかったのだ。なんて情けない男なのだ、という自己嫌悪は夜な夜な十分すぎるほどやった。
「あれでしょ。理由は――」
確信めいた表情で倫太郎を追い詰めるように言う。
「え、あ、い、いや、そのぉっ……!」
もしや自分の心内がバレてしまったのか、と倫太郎は慌てふためく。
(ダメなのに、まだダメなのに、告白する準備が出てないのに……!)
「負けた方がなんでも言うこと聞くっていうのに、怯えてんだろ」
「……え」
倫太郎はハッとする。そういえば、そんな約束をしていたと。
勉強することに夢中でそんなこと思い出す余裕すらなかった。
「えっと……は、はい」
バレるよりかはマシか、と思い倫太郎は首を縦に振る。かなたは「なんだよ、私がなんでもって言ってとんでもないこと要求するかもってビビってんのかよ!」と不貞腐れるように笑った。
「あ、い、いや、そ、そんなことは……」
「大丈夫だって! 別にそんなヤバいこと要求しないって! まあ、なんでもっていう言い方がちょっとアレだったけども。なんでもって本当になんでもいいわけじゃないからね、うん」
「あ、あはは……」
「つっても、いざ勝ってみると、何をお願いすればいいのかわかんねえなー。いやね、ちょっと前には色々考えてたんだけど、全部忘れてしまったよ。何が良いんだろ、なんかいいアイデアある?」
「そ、それ、俺に聞いてもいいですかね……?」
「だってパッと思いつかねえんだもん、欲しい物」
そこで倫太郎は閃く。
(……ここで鈴木さんの好きなものを聞いて、プレゼントすれば……なんかこう、好感度が上がるのでは……!?)
ゲームの好感度システムよろしく、かなたの好物を送り続ければいずれ好感度がカンストして、そして晴れて告白できるのでは……? と。
(……いやゲーム脳すぎるだろ! 鈴木さんはゲームのキャラクターじゃないんだぞ!)
と言うか俺が告白なんてできるのか……と倫太郎は思う。
そもそも倫太郎としても、かなたに対して込み上げてくるこの”好き”のやり場がが分からない。どう発散すればいいのか分からない。
世の中のカップルの人はどうやって互いに好きを伝えたんだ。
(ずっと一緒に居たいから……とか、いや別に友達でもいいだろ! ってなるし……)
多分、自分みたいなふわふわとした動機はダメなのだろう。
正解が分からない。この好きの消化の仕方が分からない。
世間一般の、社会的な目線から見た、男女の正しいとされる関係性ってなんだ。
どこまでが友達でどこからが恋人なのか。今の自分の感情は、友達のままでいるのが正しいのか。それとも恋人になるようにかなたを振り向かせるのが正しいのか。
(誰か……誰か正解を教えてほしいっ……!)
「なんか考えてくれてるみたいだけど、どう? 答えでそう?」
「えあぁ!?」
「なんちゅう声出してんだ」
くすくす、とかなたは愉快そうに笑う。ああ、可愛いなあもう、と倫太郎は心の中で叫ぶ。
「その……せ、正解、は……」
かなたの好きなモノ。そういえば、なんだ。
かなたのことで知っていることとすれば――テンセグの、あの――
「あ、あの……や、やんやの、フィギュアとかどうでしょう……?」
「ああ、ウチの嫁ね?」
あっけらかんと、いつもの調子でかなたは言う。
”嫁”と。
「んー、いや、確かに最近出たけどあれっておいくら万円だったっけ? それは流石に高すぎでしょ。アクスタ……は公式のやつは揃えてるし」
やっぱりさー、とかなたはどや顔を決める。
「最愛の嫁のグッズは、やっぱり自分の金で買いたいわけだよ」
「……そ、そう、ですか」
そうだった、と倫太郎は悟る。
かなたはそもそも――二次元のキャラクターと本気で結婚したいと思っているんだ、と。
社会的正しさとかそういうものから遠く離れた、自由気ままな姿に倫太郎は惹かれていた。
かなたが思うままに”好き”を語るその姿こそ、倫太郎の”好き”の源泉でもあった。
それゆえ……
(俺……やんやを、超えないといけないのか……!?)
「……どうしたらいいか、少し、考えます……」
「そだなー。私も思いつかねえし、一旦保留にするわ」
倫太郎は先延ばしにするしかなかった。今の状態ではやんやを超えられる道筋が全く建てられない。
かなたがやんやに向ける感情の重さは重々承知している。たかが架空の存在になんて――と軽々しくなんて言えない。
二次元のキャラと結婚したい相手に対し、どうしたら恋人同士になれるのか。
(……答えなんて出てこない)
答えがない以上は、勇み足で進むわけにはいかない。慎重に、慎重に……と自分に言い聞かせる。
「そろそろチャイム鳴るから帰るか」
かなたの言葉に首肯して倫太郎はいつものようにプレハブの屋上から降りて、かなたを抱えるようにして降ろす。
かなたの腰を両手で持って改めて感じる。かなたの腰はすっぽり覆えてしまえるのではないかというほど細く、そして柔らかい。仄かに温い皮膚と骨ぼったい感覚が手に伝う。
(ゆ、ゆっくり……ゆっくり……!!)
かなたの体に触れている――それを意識するだけで倫太郎は腕が震えそうになるのを必死に堪え、絶対にかなたを傷つけないよう恐る恐るとかなたを地上へと下ろした。
「着地! ありがとねー」
倫太郎に腰回りを握られていても尚かなたの顔はいつも通りだ。顔を赤くすることもないし恥ずかしがることもない。
それが倫太郎はほんの少しだけ、悔しい。
自分はかなたに異性として見られていないのではないか、という情けなさ。男として失格なんじゃないかと苦悩する。
(いや、これも……俺がいっつもナヨナヨしているからだ。もっとこう、ちゃんとしてて堂々としている男なら、こうはならない……はず……だ!)
男らしくならなきゃと意気込みながら、倫太郎はふと後ろを振り向く。
体育館倉庫――あそこは、2人だけしか知らない場所だ。あの場所のお陰で自分は平穏を得られ、そしてかなたと遊ぶことができた。
大切な、とても思い入れのある場所だ。
(これからもあの屋上の上で、鈴木さんと一緒に遊べたらいいな……)
そんな日常を、倫太郎は望んでいた。
その日常は、今日の日を境にして、崩れ去る。
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