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第79話 陰キャが恋愛について考えてみた

「なんかあいつ、最近ぼーっとしてんな……。テスト大丈夫だったのかよ……?」


 翌る日。倫太郎は教室で1人窓の外の景色を見ながら黄昏ていた。心ここに在らず、といった様子ですっかり腑抜けてしまっているようだ。


 勉強に熱心になっていたことは傍から見ても分かっていた。だからこそそんな倫太郎の姿を多車は心配していて、理由を雷華に訪ねたのだが「俺が知るわけねえだろ」の一点張り。雷華の口ぶりからして本当に知らなさそうなので、これ以上追求することもできない。


 多車が心配していたテストの結果だが、今日返された科目の分だけ言えば、倫太郎はほとんど勉強してこなかった中間考査よりも遥かに高い点数を叩き出していた。今回は全体的に平均点が低くなったことからテスト返却時の教室は至る所で悲鳴が上がっていたが、倫太郎は上々の結果を得られたと言える。30位以内に入れるかどうかは1週間後に分かるが、今のところは視界良好といった具合。

 何も気に病む必要もない……はずではあるのだが。


(……俺、鈴木さんのこと、好きなんだ……)


 昨日、初めてそれを自覚した倫太郎は、その後のかなたとの会話がぎこちなくなってしまった。すっかり照れてしまい顔を合わせられず、かなたに随分と不審がられた。「急にどした? いつもより5倍くらいどもってるぞ」と言われても「へ、へへ」と下手くそな誤魔化ししかできない。


(き、期末考査の前に気がつかなくてよかった……もし前だったら、テストに全然集中できなかった……)


 一度意識してしまえばそればっかり気が向いてしまう。


 そしてそれは昼休み、かなたと一緒にプレハブの屋上で二人きりになっているときにさらに顕著だった。


「ねー釘矢君。今度のテンセグのイベントなんだけどこれ報酬アイテムってどのクエストやったら効率いいんかね? イベントポイントの稼ぎ方の仕様が今回ガラッと変わって計算むずいんだけど」


 かなたは胡坐座りで手すりに背中を預けスマホを弄りながら、いつもよりもやや遠い位置にいる倫太郎に声をかける。


「え、あ、えっと……こ、今回、のは……イベントポイント稼ぐ、よりも、み、ミニゲームを多く回した、ほうが……希少アイテム、多くとれます……けど……希少アイテムの半分くらいがレベル上げの素材、なので……レベル上げが十分、なら……」


「なんでそんなしどろもどろなのよ」


 かなたはのそっと起き上がり、よたよたと四つん這いのまま倫太郎に近づく。かなたにしてみればわざわざ立ち上がるよりも四足歩行のほうが気が楽だからそうしているわけだが、倫太郎にとってはその仕草が小動物が駆け寄ってくるような愛くるしさを覚え、さらには胸元の制服がダボッと緩み、そこから膨らんだ隙間から胸元の地肌が見えそうになって――


「なんでもないですぅ!!」


 とてつもなく情けない声で喚いてしまい、かなたは「お、おう……」と戸惑った表情を浮かべることしかできない。



 ◇◇◇



(絶対鈴木さんに変だと思われた―!!! うわーもう死にたいーーーーー!!!!)


 昼休み後の授業でも倫太郎はまだ引きずっていて、ただひたすら机に突っ伏して自己嫌悪に陥っていた。


 多車も時間が経過するにつれて見るからに具合悪そうにしている倫太郎を見て流石に不安になるが、声をかけにいくことすら躊躇してしまう。


 そんな状態だから授業中であっても集中できずすっかり気が抜けてしまっており、


「おい……こっち向け」


「えぁ」


 前の席の雷華がプリントを渡すためにわざわざ後ろを向いても、倫太郎が受け取ろうとするそぶりすら見せなかったので雷華はいつものように憎まれ口をたたいた。


「ぼけっとしてんじゃねえ。しっかりしろ、バカタレが」


 いつもならそんな言葉を発しても「えへへ」と倫太郎は受け答えるところだ。


 だが、今回に限って言えば、


「……ごめん」


 しゅんとして落ち込んでいるそぶりを見せた。心の底から悔いているような目をしているものだから、雷華は怪訝な表情を見せる。


「いつもみたいにヘラヘラ笑えよ、調子狂うだろうが」


「……うん」


「うんじゃねえよ」


 雷華は舌打ちをしながら前を向きなおす。いつもと調子が違う倫太郎に、雷華自身も戸惑ってしまっているのか何度もため息をつく。

 

 目の前でいら立つ雷華を気にする余裕すらなく、倫太郎は自分の心の中の自己嫌悪と悪戦苦闘していた。

 

(あーーー、もう、どうしたらいいんだ……! 好きって言う気持ちって、どう処理すればいいんだっ……!)


 ――じゃあ告白すればいいじゃん。


 心の中の自分が囁く。内なるもう一人の自分は、これまでだったら『お前なんかが』『友達なんか作れると思うな』とか囁いていたのが、最近はなんだか態度を変えてきていた。

 自分を急かす様に。呆れながらも、男ならさっさと決断しろ、となげやりな声で。

 

(で、できるわけねぇー!!! そんな勇気なんてないぃーーーー!! 勇気最初から持ってたらこんな苦労してないーー!!!)


 自分と脳内で喧嘩しあいながら倫太郎は1人頭を抱えながら悩ませているのだった。

 

 ◇◇◇




 その日の放課後。テスト期間が明けたことでかなたはHeart Craftに復帰した。はるにゃんからの熱い抱擁と他キャストたちから労いの言葉を頂きながら、かなたは『これからは体調を第一にしますんで、よろしくお願いします!』と高らかに宣言し、一丁前にピースのサインを決める。その奔放な様子を見て、店長は『ちゃんとリフレッシュして帰ってきてくれた』と一安心だった。


「かなたちゃーん!」


 そんなかなたの復帰した日の一番のお客様になりたくて、雫が来店してくる。かなたは「ありがとねー」と言いながら、耳元でこっそりと囁いた。「……いろいろと迷惑かけたね、ごめん」と。その言葉を聞いて雫は目を丸くする。


 かなたからは、雫に対しては『勉強したいから』バイトを休むことしか聞いていなかった。もちろんバイト先でのミスなんてかなたから言われたことはなかったし、雷華と倫太郎とで落ち込んでいるかなたのことについて相談しあったことについても、かなたに言うことはなかった。

 だから、ずっとこの秘密は隠し通しているモノとばかり思っていた。


 「……気づいてたの?」「まーね」

 かなたは苦笑いしながらはるにゃんの方を向いて、雫はすべてを理解した。はるにゃんは申し訳なさそうに雫に手を合わせている。


「……ごめんね。私、どうしてもかなたちゃんが頑張りすぎているのを見て、止めたいって思っちゃったの」


「まあ言いたいことは分かるよ、私だって相当無茶しすぎたし、うん」


「……何もできなくて、ごめん」


「そんなこと言わないの! ここに居てくれるだけで嬉しいんだから!」


 かなたも雫の想いは十二分にわかっていた。


(……私が、小学校の頃の習い事で追い詰められていたことを知っている。だからこそ、止めたいと思うことは普通のことだ)


 テスト期間中も何度か雫から体調について尋ねられてきたし、気にかけてきてくれたということは実感している。


「だから、さ。そんな悲しい顔しないで楽しんでってよ。ね、アメリア様♪」


「っ……うん」

 

 そう言われてしまったら、もう雫は何も言い返す言葉はなかった。

 

「私も……本当に、貴方が、存在してくれていることだけで、私、嬉しいの」


「おー、両思いだ」


 わはは、とかなたは軽快に笑う。いつものかなただ――雫はほっと胸をなでおろしながら、かなたと共に笑った。


 かなたから給仕してもらったアイスティーは、一生忘れられない味になった。

 

 

 ◇◇◇

 

「……でさぁ、なんか釘矢君最近ずっと体調が変なんだけどなんなんだろうね」


 2人が話している流れで、かなたは倫太郎の話を持ち掛ける。


「え」


 雫はまさか喧嘩!? と驚くが、いやいやそうじゃなくて、と苦笑いをする。

 

「あのー、期末考査終わった後に一緒に日本大橋で遊びに行って、 一緒に漫画やらカードやら買って、メイド喫茶行っただけよ? 別に怒られるようなことしてないと思うんだけど……」


「うーん、どうしてだろうね」


 分からないね、みたいな顔をしながら雫は心の中で『放課後に2人きりで遊びに行くとか完全にデートじゃない……』『それで釘矢君がデートだって思っちゃって、そして意識しだしたんじゃないかな……』『多分釘矢君、かなたちゃんのことが好きだって自覚したんだろうなぁ……』正解を導き出していた。


 ――釘矢君が、かなたちゃんのことを好きになったからじゃないかな。


(って言えたらいいんだけど)


 それを言った場合のかなたの返答としては大方予想できた。


『え? 釘矢君が私を好きに? なんで?』


(かなたちゃん……自分が恋愛対象に含まれてるっていう自覚が、本当にないからなぁ)

 

 かなたはメイド服がとても似合う、可憐で可愛らしい女の子だ。容姿も整っているから、小学校中学校の頃はひそかに男子から熱い視線を向けられていたことも知っているし、その男子から何回か告白されたことも雫は知っている。


 そしてかなたは『なんで私のことが好きなの?』と告白してきた相手を『ねえなんで?』と質問攻めし、答えに窮した男子を次々と撃沈させていたのだ。それはかなたが男子のことが嫌いだとか告白されて深いだとか、そんなことが理由ではない。


 かなたは理解できないのだ。

 

 自分のことを恋愛対象として見る人の存在のことを。

 だから質問攻めをする。好きの理由を知りたいから。


『いや、友達の好きならわかるよ、普通の人付き合いとしてさ。私と雫の関係だってそうじゃん、私も雫のことは好きよ。でも、告白してくる男子たちの言う”好き”ってなんなの? なんで私のことを恋愛的な意味で好きになるの? というかそもそも恋愛的な意味での好きって何?』


 中学時代、男子から告白された後のかなたから、ちょっとした愚痴のようなものを聞かされた時、雫はなんと返せばいいのか分からなかった。


 雫はかなた以上に告白された回数は多いがすべて丁重にお断りしていたし、恋愛経験はかなたと同じくゼロだ。とはいえ、好きと言う感情とは何か? という問いに、雫は子どもながらにそれ相応の価値観は持ち合わせていた。


(恋愛の好きは……ずっと一緒に居たいっていう独占欲みたいなもの。一途に愛するということ。男子たちはきっと、その感情をかなたちゃんに抱いていたんだと思う)


 その感情の存在自体は、かなたは知っているはずだ。

 やんやというゲームのキャラクターに対し、かなたはかなたなりに真剣に”愛している”わけだから。


 だが、その感情がなぜ自分に向けられるのかが、分からない。

 かなたには愛をギブする相手はいる。でも、自分がギブされる側だとは思いもしない。


 自分が一途に愛される存在であるということが、頭の中で想像できない。


 それはなぜか。


 雫は、習い事が終わっても一向に迎えに来ないかなたの親のことを思いだす。


 一度だけ、本当に一度だけ、雫はかなたの母親の姿を見たことがあった。あれは確か、絵画教室を辞める前の日のことだったと思う。母親の後ろで下を向きながらひどく落ち込んだ顔をするかなたと、それを一瞥もしないで絵画教室の先生に淡々と『辞めさせていただきます。これ以上は無駄なので』と冷淡な声で言っていた母親のことを。

 その母親の見た目は、とてもきれいで美しかったと記憶している。モデルのようにスタイルが良く、知己にあふれた聡明そうな顔立ちをしていた。


 だが、雫はその母親のことを本能的に嫌悪していた。


 かなたのことを一縷たりとも気にかけずぞんざいに扱っている様に、得体のしれない人間の心を持たない怪物だとさえ思った。


 かなたはそんな母親のことを、うつむき加減ながらもじぃっと見つめている。

 かなたが母親に向ける感情のそれは、慕情だった。

 愛してほしい。私の方を向いてほしい。抱きしめてほしい。頭をなでてほしい。ねえ、お願い、お願い、お願い、お母さん。


(かなたちゃんが、自分を愛してくれる存在を信じていないのは……最愛のお母さんに向けていた愛が、返ってこなかったから、としたら)


 それはなんて残酷なことなんだろう、と雫は胸が締め付けられる思いがした。


「まー、土日になったら釘矢君ここに来店してくるだろうし、釘矢君の大好きなメイド服でたっぷりご奉仕させながら事情でも聞いてやろうかねえ。もしかしたら、テストの結果が思う通りにならなかったとかだったら、ちゃんと慰めてやらねえと」


 かなた自身は、期末考査の結果には確かな手ごたえがあった。一番苦手としていた科目がちょうど今日返ってきていて、予想以上の高得点をたたき出していた。この調子なら本当に30位以内に入れるかもしれない。

 大好きな母親から褒められるかもしれない。それを思うだけで自然と上機嫌になる。


「そうだね、そこで釘矢君とお話できたら楽しいだろうね」


 ふふ、と微笑みながら雫は、2人の行く末をただ見守ることにした。

 

 雫は願っていた。


 倫太郎ならきっと――かなたを救ってくれるだろうと。



 ◇◇◇

 

 しかし、そんなかなたの上機嫌を無下にするかのように、土日になっても倫太郎は、Heart Craftに来店しにくることはなかった。

 

(なんか最近LANEの返事も変に遅いし、話しかけようとしてもなんか避けて来るし……一体何なんだ)


 かなたは倫太郎の挙動不審さに怪しむものの、それが自分に向けられた好意の裏返しだと気が付かない。


(もしかしたら……本当にテストの結果が悪くて落ち込んでるとか……。いやでも、LANEで報告してきたテストの点数も別に悪いわけでもないし。何なんだ、何があったんだ彼に)

 

 かなたは寝る前ですら倫太郎の不審さについて延々と頭の中で考え続け、続けて……そして、


「あ」


 かなたは、思い至った。


「……まさか、釘矢君……」

 

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