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第74話 がんばってがんばってこー

 かなたは、これまでの睡眠負債を完済するほどに深い眠りについた。

 目を閉じ、開けたらもう早朝だった。不思議と、体が軽い。カフェインの離脱症状も抜け、久しぶりに食欲が湧いた。

 毎朝食パンの半分だけを食べていたのが、今日に限っては1枚ちゃんと食べられた。

 

「……ふぅ」


 身支度を済ませ、今一度自分の顔を鏡で見る。

 多分昨日までの自分は、そうとうひどい顔をしていたんだろうな、とかなたは自嘲する。

 化粧で必死に隠そうとしていた目のクマや肌荒れが、一晩ぐっすりするだけで元通り。


「現役女子高生の若さってすげえや」


 そりゃあ、お姉さま方も店長も自分をいたわるわけだとかなたは納得した。

 この若さゆえのリカバリー能力を過信しすぎていると、あっという間に体がボロボロになる。


 睡眠時間を削りすぎると逆に記憶力が低下する、だなんて話も聞く。無理をしていいことなんてない。

 

「少し、冷静に……なれた、かな」


 これまでは、身を削りすぎていた。いや、身を削ること自体がもしかしたら目的になっていたのかもしれない。

 そうまでしないと、そこまで体をぼろぼろにしないと、意味がないと思っていた。


「……よし、がんばろう」

 

 学年30位に入ること。その目標は変わらない。


 加えて――


「釘矢君との、勝負に、勝つ」


 釘矢君、という言葉を口にするだけで変に顔が綻ぶ。にやついてしまう。


 だって、面白いから。倫太郎のことを考えるだけで、心があったかくなる。


「ふっふっふ……負けないからなぁ」


 鏡の前の自分にさよならをして、かなたは家を出た。


 快晴の夏空から心地よい風がかなたを出迎える。定期考査まで、あと一週間。

 

 


 ◇◇◇




 テスト前と言うこともあり、授業では教師がテストに出そうな部分を仄めかして生徒たちの注目を集めようとする。

 テスト前だからちょっとはやる気出そうかな、と眠い目をこすりながら黒板を見やる生徒もいる一方で、それでもダルさの方が勝ったり友達と駄弁ったりスマホをいじったりする方に心が傾いている生徒もちらほらと見かける。


 そんな中、かなたは背筋をピンと伸ばし、集中した状態で授業に挑んでいた。


 昨日までは中途半端に眠くて教師の話を半分も聞き取れなかったし、脱線する雑談のほうがずっと脳に残ったりしていた。

 今日は、ちがった。

 冴えた頭で、教師がこそっとこぼす一言二言までも聞き逃さず、ノートに書き記していく。


「……」


 授業中、雑談を持ちかけようとしてきた友達も、かなたがいつもと違って真面目に授業に向き合っている様子を見て、声をかけるのをためらった。


 長いようで短い授業が終わり、軽く伸びをするかなたに、友達が興味深そうに尋ねて来る。


「かなた、どうしたの? なんかめっちゃ集中してんじゃん」


「そうそう。私たちの『話そーよー』っていう目線にも気が付かなかったくらいだし」


 言われてかなたは、あはは、とちょっと照れ笑いをする。

 

「あらほんと。テスト前に気張っちゃってたからかな? 今回はちょっとガチでやりたくてさー」


「へえ、何かあったの?」


「えーっと……その、親が、ね、成績良かったらスマホ最新のに買い替えてあげるって」


「うわ、いいなー!」「羨ましすぎるー! ウチの親バカだからそういう餌で釣る様な真似はしないって言うんだよね!」「かなたんとこの親、めっちゃいいじゃん! 私もそれやったら勉強のやる気出るのになー」「かなたんの親最高じゃん!」


「せやろせやろ」


「で、それで、何位以内とかってあるの?」


「あ、それがね、その……30位、以内」


「え、やば!?」「特進科のクラス含まないとしても、とんでもなく高くない!?」「かなたって私と学年順位どっこいどっこいよね? ちょっとヤバすぎ」「それはかなたん親厳しいなぁー」「いきなり30位以内とか推薦もらうレベルじゃん、やばー」「ちょっとそれは頑張れないかも」


「君ら手のひら帰しエグくない?」


 いや、それが普通の反応だと、かなたは思う。

 自分の今の成績を知っている友達からしてみれば、あまりにも高い目標であることは当然分かるからだ。


「かなた、あんまり頑張りすぎないでよ? 昨日だって、ちょっと体調悪そうにしてたじゃん」「いつもよりも化粧厚かったしねー」


「え。バレてたの?」


「そらそうよ、変にテンションも高かったし」「ちょいピリッとしてたもんね」


「あらまー……恥ずかし」


 かなたはほっぺに手を当ててちょけてみせる。


「スマホもいいけど、体調大事にね?」「ウチらは勉強アンチだからさ、嫌になったらいつでも戻ってきてもいいのよ?」


「あはは、ありがとね」


 体を大事にしてね。無茶しないでね。

 

 そう言われるのが、当たり前だ。

 友達として、普通の接し方だ。


「なので、俺も鈴木さんの順位を越すくらいにがんばろうと思います」

「一緒に勉強、頑張りましょう!」


 倫太郎だけがおかしいんだ。


 でも、そのおかしさに、救われている自分がいる。


(ま、頑張らねえと彼に順位抜かれたら”なんでも”言うこと聞かされちまうからなー)


 そんなことを思って一人心の中で笑う。


 かなたの心に巣くっていた悲壮感は、鳴りを潜めていた。


 

 ◇◇

 



(頭痛い……)


 一方、倫太郎もまた定期考査に向けて頑張ろうとしていた。


(英語とか全然わかんない……いいよもう俺日本にずっと住むから英語使わないから俺だけ英語免除とかにならないかな……)


 などと意味不明なことを頭の中で喚きつつも、倫太郎は休み時間の合間も苦手な英語を克服すべくノートにひたすら英単語を書き写しては暗記に励んでいる。


「なあ、常鞘、なんで釘矢って急に勉強に目覚めたんだ?」


 机に向かってすっかり集中モードに入っている倫太郎を見ながら、多車は雷華にこっそりと問いた。


「……30位以内に入りたいんだと」


「30位……って相当ヤバくね? 前一緒に勉強してた時に、前の定期考査の順位教えてもらったけど……180位くらいじゃなかったっけ。そこから150位以上も、とか……」

 

「頭おかしいよなあいつ」


「お前ストレートに言うな!?」


 多車は腕を組みながら、無言でひたすらペンを走らせる倫太郎の表情を見る。

 真剣な表情で一心不乱に取り組んでいる様に、倫太郎の本気度を垣間見た気がした。

 

「……何がそこまであいつを駆り立てたんだ? 30位ってことは推薦狙ってるとか?」


「さあな」


 雷華は適当にはぐらかす。


「なに話してんだお前ら、って思ったら釘矢のことか?」


 横から風治がやってくる。風治もまた、休み時間の合間でも勉強に勤しむ倫太郎を、奇妙なモノを見るような目で眺めていた。

 多車から先ほどまで話していた内容を聞くと、風治はどこか呆れたように笑う。


「はっ。無理だろ、あいつ俺よりも成績悪いんだぜ。それに1週間あんな調子で続くわけねえよ。すぐ飽きるわ、前の時だって半分くらい雑談してたくらいなんだし」


 おいおい言い方ってもんがあるだろうよ、と多車が風治の皮肉を諌めようとするのに先んじて、


「お前は他人のすることなすことケチつけないと生きていけない人間なのか?」


 雷華が風治の顔すら見ずに吐き捨てるように言った。


「は、はぁ!? うざ、お前……!」


 風治は機嫌を悪くしたようにどこかへ行ってしまった。苛立つ風治は雷華のキツい物言いに怒鳴りたくなる気持ちもあったが、他人に言われて嫌なことを自分も言ってしまっていることを自覚し、言い返す言葉が見つからなかったのだ。


(常鞘も、もうちょい優しい言い方したら友達増えるのに……)


 多車は頭をかきながら、気まずくなってしまった空気を入れ替えるように会話を続ける


「しかしまあ……大変な目標だよな、30位って。すげえ努力いるし、俺なら途中で絶対に諦めるわ」


(……諦めねえよ、あいつは)

 

 雷華は心の中で呟く。

 雷華は知っている。何かを続けるのに絶対必要なもの。

 それを、今の倫太郎は持っている。

 決して途中で諦めたり手を抜いたりすることなどないと。


 それは、勉強をしなければならない、ではない。

 心の底から勉強がしたいと、思えるような動機。


「……」


 雷華が会話を無視して黙っているので、呆れるように雷華から離れて多車は倫太郎に声をかけた。


「よっ。勉強頑張ってんじゃん」


「…………え、あ、あっ!? た、多車君っ!? は、は……はい!」


 声をかけられたことに数秒のタイムラグがあり、反応できなかったことを謝るように倫太郎はわちゃわちゃとペンを直したりする間に机からノートやら何やらが落ちてしまった。


「いや慌てすぎ。もー、何やってんだよ」


 多車は笑いながら釘矢の落とし物を拾ってあげる。


「あ、ありがとう……ご、ごめん、ち、ちょっと、集中してて……」


「まあそれは側から見てもわかるけどさ。で、どうしたん? 急に勉強頑張って」


「あ、え、えーと……」


 すると、倫太郎はなぜか顔を俯かせた。声がちょっと震えている。首筋を仕切りに手をやっては熱った肌の熱を隠そうとしていた。


(……恥ずかしがってる?)


 倫太郎の勉強の目的がますますわからなくなったが、会話をしても勉強の集中力の切らすことがないのか、今すぐにでも勉強を再会したげにそわそわとノートに目をやっているのをみて、その本気度は確かに伺えた。

 これは茶化すのもおちょくるのも良くない。


「ま、頑張れよ」


 詮索をすることをやめ、多車はそう声をかけるにとどめた。


「……ありがとう。がんばる、よ」


 多車にお礼を言いながら、倫太郎はペンを持ち直す。不断の倫太郎にとって、誰かから親しげに話しかけられること自体が嬉しく、会話することを躊躇うようなことはしなかった。

 だが、今の倫太郎にとって、友達との会話よりも、勉強の方が大事だった。


("友達"よりも勉強を優先するだなんて……今までの自分だったら考えもしなかっただろうな……)


 勉強は嫌いだ。意味がわからないし、覚えることが多すぎて嫌になる。


 でも、やりたい。勉強を、したい。


(筋トレと同じかも……。きつくて痛くて疲れるのに、スポーツしている人はみんなやってる……)


 むしろ、筋トレは楽であればあるほど意味がない。体に、そして心に負荷をかけてこその筋トレだと、誰かぎ言っていた気がする。


 なんのためにキツいことをするの? それは――


(心の底から、やりたいと、思うから……)

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