第73話 倫太郎VSかなた
「――というトラブルがあって鈴木が大層落ち込んでると、コンカフェの働いている人から聞いたんだと。で、励まそうとしてるんだが、問題の鈴木からの返事がないと。まぁ、バイト先でミスした手前、同僚の人とコミュニケーション取りずらいだろうな。で、うちの姉が慌てふためいた結果、俺から鈴木に連絡だけでも取れないか、と依頼されたわけだ」
そう淡々と話す雷華。姉からの頼みではあったが、雷華はかなたと一度たりとも一対一でメッセージのやりとりをしたことがない。それゆえ、今日という日に限って連絡しようものなら流石のかなたも察するだろう。『はるにゃんからお願いされて連絡してきた』と。そうなったらかなたは余計に気に病むに違いない。
私室で試験そっちのけで声楽の教本とイタリア語の学習にのめり込んでいたところに、突然もこもこの生地で油断しきった露出度の高い部屋着を見にまとった姉がずっとおろおろしてめそめそしているものだから、そろそろ静かにさせたい。そんな訳で雷華は、おそらく日常的にLANEのやりとりをしているであろう倫太郎に渋々と連絡を試みたのだ。
「で、ちょっとお前の方からあいつに適当でもいいからLANEでメッセージ送れ。変に気を遣うような文章とかにはするなよ」
「…………」
しかし、電話口の倫太郎は沈黙を続けていた。雷華が話す間、最初こそ『大袈裟だな……』と雷華が呆れるような反応が返ってきたが、そのあとは声ひとつ聞こえてきやしない。
「おい、聞いてんのか?」
「……うん、聞いてる」
雷華からの話を聞いている間、倫太郎は今すぐにでもかなたにLANEで電話したかった。
大丈夫ですか、ご飯はちゃんと食べれていますか、今は無事なんですか、と。
倫太郎にとってかなたは、自分なんかよりも真面目で元気で明るくて、なんでもできる人だと思ってた。
こんな自分にも仲良くしてくれて、かなたのおかげで友達が出来てクラスにも居場所ができた。感謝しても仕切れない、本当に大切な人。
そんな人が、今苦しんでいる。
それが悲しくて、涙が出そうになる。
コンカフェでそんな失敗をして、辛いに決まってる。
「……常鞘君の話を、聞いてる時……涙をこらえるのに、必死で……声、出せなかった。ごめん」
「謝る所がよくわからねえけど……まあ、いい。で、鈴木にだな、お前の方でコンタクトを取ってみろ」
「わかった……でも、なんて、送れば、いいんだろう」
「それはお前らのいつも通りのあの訳の分からない二次元のオタクの話とかすればいいだろ。お前らのことだからLANEでそういうオタクの話とかしてんだろ」
「そ、それは、そうなんだけど……。テンセグ、あ、いや、スマホのソーシャルゲームのことなんだけど、ほら最近イベント戦が始まってて、そこでボスの特攻キャラが鈴木さんが好きなキャラだったからこれから時間制限がある戦闘の中でどのタイミングでどのスキルを発動するかっていうタイムラインの構築しようっていう話とかを……」
「知らねえ要らねえ情報を俺の耳に流すな」
「あはは、ごめん……」
「そういうへんちくりんな話でもいいから吹っ掛けてみろよ」
「……それは、できない。鈴木さん、テスト期間中テンセグもしないって言ってるし、それに、ツイッヒーも辞めてるから……二次創作の話とか、オタクの話とかも……」
「お前らって普通の会話とかしたことないのか?」
「……うん」
「うんってお前」
「でも、言われてみれば、そうなんだ……。俺、オタクでしか、鈴木さんと、繋がれないというか、楽しく会話できる自信が、ない、から……。せ、世間話も、し、しないことは、ない、けど……オタクの話をしているのが前提、だから……その前提が崩れるともう、俺、何を話したらいいのか分からなくなっちゃって……」
「んだよこいつ」
「面目ないです……」
「はあ、じゃあ……あいつ、あいつ呼べよ。あの、俺の姉の……えーと、なんだ、パトロン? やってる飴川」
「推しとパトロンって全然ちが――いや、本質的には変わらないのかもしれない……」
「いいからその飴川と相談しろ。流石に飴川なら同性同士だしお前よりかははるかに話しやすいだろ」
「そ、それも、そうだね……ちょっと、相談、してみるよ……」
「じゃあ、そういうことで、電話切るぞ。あとはお前らでなんとかやれよ」
「え?」
「え? ってなんだよ」
「常鞘君も、協力してくれるんだよね?」
「……はぁ? なんで俺が、鈴木のために――」
と嫌味を吐きかけようとして、すぐ真横に姉がいることに雷華は気が付いた。
姉はと言うと、かなたを想い泣き腫らした赤く充血した目でまだ頬を袖でごしごしと擦っている。
「お姉ちゃんはなんで、またちょっとウルっときてんだよ……」
「だってぇ、だってぇ……ソフィアちゃんのことが心配で心配で……。こうして、釘矢さんも、いろんな人たちがソフィアのために動いてくれているって思ったら、私、嬉しくて……」
「……はぁ」
「あ、あの、き、聞こえていますか、は、はるにゃんさん!」
「あっ! く、クギ様――じゃなかった、釘矢、さん! あの、お願いします、私よりもきっと、もっともっと身近にいてあげることができると思うから……」
「はい、頑張って、鈴木さんを、助けてあげたいと、思います!」
よくここまで恥ずかしげもなく言えるなぁ、と他人事のように見ていた雷華に、
「常鞘君もそうだよね! 鈴木さんのこと、心配だよね!」
突然のキラーパスが飛んできた。
そんなわけねえだろ誰があんなやつのことを、と言いかけようとして、姉の期待を込めた目を向けられていることに気が付く。
仮にここでかなたのことなんて興味もないしどうでもいい、と言ってしまったら――それはもう大変なことになるだろうと言うのは想像に難くなかった。
苦渋の決断の末に、雷華は絞り出すような声を出して言った。
「………………はい」
「雷華ぁ……! 雷華は本当に、優しい子だよね……雷華みたいな子が弟で私は嬉しいよぉ……お母さんとお父さんに感謝しないとね……!」
「………………………………そうですね」
「それじゃあ、あの、一回、飴川さんと三人でLANEのグループ作ろう! そこで一緒に考えよう!」
「……わかったよ、もう」
姉と倫太郎に板挟みにされてしまったら、雷華は逃げる術もなく。
(なんだってこう、面倒くさいことに巻き込まれるんだよ俺は……)
◇◇
「……と言う訳なんです、飴川さん」
その後、倫太郎は雫と雷華との3人のLANEグループを作り、雫をグループ通話に誘った。
自室で勉強に集中していた雫は最初こそ倫太郎と雷華に通話に誘われたことにびっくりしたが、倫太郎の話を聞いてすぐにノートを閉じ、椅子に浅く座って背筋を伸ばした。
「……かなたちゃん、そんなことに……」
雫の声は見るからに落ち込んでいる。自分が何かできたんじゃないか、助けてあげることができたんじゃないかと苦悩していた。
部屋着の真っ白なコットンのワンピースの皺を指でなぞりながら、雫は沈む声で言う。
「……やっぱり、あの時、ちゃんと、私が引き留めていれば……」
「え、な、何かあったんですか!?」
慌てる倫太郎を制するように、雷華が(ようやく泣き止んで部屋から離れた姉に一息ついて)指を鳴らしながら口をとがらせる。
「思わせぶりなことを言うな。はっきりと言え」
「……うん。あの、昨日のことなんだけど……」
そうして雫は、昨日のかなたの様子を伝えた。
明らかに何かに急かされているかのように勉強に励んでいること。
その熱量……いや、執着に、異変を感じ取っていたこと。
そしてそれを、言えなかったこと。
どうしてそこまで勉強を頑張るの? と。
「30位以内に入るんだって言っていて、頑張ろうとしてたの……」
「……す、すごい目標ですね……」
「鈴木はそんなに成績いいのか?」
「えっと……それは、その……かなたちゃんの成績は、正直、あんまり……」
「30位目指すほどの実力もないと?」
「き、厳しい言い方になるけど……実際、相当、難しいと思う。で、でも、頑張るっていう勢いはあったんだよ? でも、今日の朝にちょっとだけかなたちゃんと会う機会があって……目元も、暗くて……見るからに元気がなくて……ああ、あの時、声をかけてあげていれば……」
同じクラスの子との約束の方を優先してしまい、かなたのことを呼び止めることができなかった後悔に心を痛める雫に、倫太郎は優しく諭そうとする。
「そ、そんなに、落ち込まないでください……飴川さんのせいじゃないですよ……」
「そうだな、鈴木が単に身の丈以上の成果出そうとした結果寝不足で、結局自己管理ができてなかっただけだ」
「ち、ちょっと、常鞘君、その言い方は……」
「なんだ、釘矢。それ意外何もないだろ。要は鈴木が単に無茶してバイト先に迷惑をかけたって話。だから鈴木は落ち込んでんだろ? 自分の面倒が見切れないせいで他人に迷惑をかけたんだって思ってふさぎ込んでんだから」
「それは……」
確かに、かなたはコンカフェで甲斐甲斐しく働いている。仕事のミスで落ち込んでいるかなたに同僚のキャストたちが心配しているのも、かなたの真面目な働きぶりを見てのことだろう。
「あいつがなんの責任感もないようなバカだったら今頃ヘラヘラしてバイト先の連中らに返事してるだろうよ」
ものすごく遠回しで棘のある言い方ではあるが、雷華がかなたのことを責任感のある人間だと評している。
それが、雷華なりのかなたへの心遣いなのだと倫太郎と雫は気が付く。
「常鞘君って……もっとこう……素直な性格になったらいいのにね……」
「あ? 何だお前」
「うん、釘矢君もそう思うよね……なんか損してるよ……」
「飴川もうるせえよ。いいから話を戻せ。で、飴川は何だ、あいつが高い目標を持つ理由でも知ってんのか?」
「それは……」
喉から出てきそうになっている言葉を、雫は、寸でのところで飲み込んだ。
「わからない……」
家族のこと、母親のこと……そして、妹のこと。
これをかなたの了承もなく、身勝手に口に出すことは親友であっても、いや、親友だからこそ、出来なかった。
「そう、ですか……」
「でも、絶対に入りたいんだって……真剣な顔で、言ってたの」
「何をそんな切羽詰まってんだか。30位以内に入らないと罰ゲームでもあるのか?」
倫太郎は考える。かなたは一体、何に追われて勉強をしているのだろうか。
急に好きなゲームも辞めて、体調を崩すくらいに体を酷使して。
――そんなに頑張らなくていいんですよ。勉強なんて、絶対にしなきゃいけないことじゃないんですから。
そんな慰め方が頭に浮かぶ。
(何か、違う……)
「……このままだとかなたちゃん、ずっと体調崩したままになっちゃう。それが心配……なんとか、無理しない方向に持っていけたら……でも、なんて言ったらいいんだろう……」
雫の考えは、確かに間違っていない。倫太郎はそう思う。
ただ――それが本当にかなたを救えるのかが、倫太郎は勇気を持って確信できなかった。
(鈴木さんが、本当にかけて欲しい言葉って、なんだろう……)
かなたは、かなたなりに"本気で"勉強に向かい合おうとしている。
その意思を削いでしまうことが、本当に良いことなのだろうか。
「……俺は、前向きになるような言葉を、かけてあげたいって、思います」
倫太郎は言う。
「それはなんだ、具体的には?」
「えっと……その……あ、お、俺の、好きななろう作家で、それが名前の理由の人がいて……お前は気を張りすぎてるから、もっと気を楽にしろって、言われてその名前にしたらしくて……鈴木さんもなろう好きだから多分気に入ってくれるんじゃ……」
「お前本当に話のネタがオタクしかねえのな」
「へ、へへ……」
でも、前向きになるって、どうなったらできるんだろう。倫太郎は考える。
自分に自信を持つこと、だろうか。
「あの……飴川さんって、どうやって自分に自信を持ってますか?」
「え。私自信持ってるみたいに見える? 私なんて周りから色々言われてるよもう、毎日」
「そ、そうなんですか」
「あれやってない、これやってないって……。クラスの子の約束とか頭から抜けちゃったときとか、すごい謝るのに苦労したもん。はは。私は別に貴方のことが嫌いだからすっぽかしたんじゃないよって何回も言ったよ……」
「まあ、超優等生な人間ってワンミスしただけでものすごい糾弾されるから損な生き物だよな」
「……常鞘君のぶっきらぼうな言い方、ちょっと安心する」
「なんでだよ」
「だって常鞘君、私に何も期待してないでしょ?」
「はぁ?」
「それがいいの」
「……なんだ、そりゃ」
「常鞘君は、私の推しの弟様で、そして私に何の感情を向けないの。フラット。ほかの女の子とおんなじ。興味ないって言う感じ。それが好き……」
「はあそうですか」
2人の何とも不思議な掛け合いを倫太郎は苦笑しながら聞いていた。
優等生として期待されている雫。
麗しの男子として誉めそやされる雷華。
周囲から期待されている存在だ。
自分はその期待に、応えることができなかった、情けない人間だ。
そんな情けない人間の自分の背中を、かなたは――力強く、押してくれた。
(人間不信で、コンカフェに行くことを躊躇っている自分に、無理しないで行かなくていいよ、とか……スポーツにトラウマがあって球技大会出たくないって弱音を吐いたら、頑張らなくても良いよ、とか……そういう"慰めの言葉"を投げかけれていたなら……今の俺は、多分、いない)
気弱で情けない自分を後押ししてくれた、温かくて強い言葉。
それにどれだけの勇気をもらってきただろうか。どらだけ、救われてきただろうか。
頑張らなくていいよ、ゆっくりでいいよ。
そうじゃない。
かなたに必要な言葉は――
勉強なんて頑張らなくても良いよ
じゃ、ない。
「あの、俺……考えました。鈴木さんに、投げかける、言葉……」
「……どんな言葉?」
雫は慎重に耳をそば立てるようにし、
「なんだ、わかったのか。早く言え」
雷華は急かすように口を尖らせている。
その2人に、倫太郎は宣言するように言う。
◇◇◇
死んだように眠っていた。目を覚まして、自分が玄関の靴箱に背中を預けて眠っていたことに気がつく。
重い体をなんとか引きずりながら家に着いて、ドアを閉めてからの記憶がない。メイクも落とさずに寝ていたから、顔の肌がパリパリと乾燥しているみたいで不快だった。寝汗と化粧が混じり合って嫌な臭いがする。
洗面所に行こうとしても、立ち上がれない。
カフェインの離脱症状で、頭が締め付けられるような痛みが走る。
今の時間を確認するために、皺くちゃになってしまった制服のポケットからかろうじてスマホを取り出す。
スマホの通知から、コンカフェのキャストたちからのメッセージが見え、咄嗟に目を背けた。
動悸が激しくなる。
呼吸がうまくできない。
「……うぅ」
――大丈夫だよ!
――ゆっくり休んで!
――今はメンタル大事!
かなたを思い遣るメッセージが映し出されているスマホの画面を、かなたは直視できなかった。
何も食べてないのに吐き気がする。出すものなんてないのに。
こんな空っぽな自分が。
親からも見捨てられるような自分が。
「……やら、な、きゃ……いけ、ない、のに……」
立ち上がって、今すぐにでも机に向かって勉強しなきゃいけないのに。
「30位以内に、入ったら……お母さんに、褒めて、もらえるん、だ、から……」
大好きなお母さんの喜ぶ顔が見たい。
子どもはそういうものだ。これまで育ててきてくれた親のために自分が何ができるかを考えるのがこの役目。高校生にもなったんだからそれくらい考えて当たり前のこと。
……だと、かなたは自分に必死に必死に言い聞かせていた。
自分のためではない。
親のために。
「私を産んでよかったって……言ってもらう、ために……」
かなたの心は壊れかけていた。励ましの言葉も、慰めの言葉も、届かない。
そんなに頑張らなくてもいいよ、なんていう哀れみの言葉でもかけられたら――自分はもう二度と親に褒められなくなくなってもいいのかと、眼を見開いて叫んでしまいたくなくなる。自分を心配してくれているのをわかって言ってくれているのに。
そういう心遣いすらも無碍にしてしまいたくなる自分は、やっぱりどうしようもない人間で――
「メッセージ、返さ、な、きゃ……」
返事をしないとまた気を遣われてしまう。大丈夫だと、伝えきゃ。大丈夫です、だからわたしみたいな人間なんて気にしなくていいですよって、伝えなきゃ。
ピコン。
スマホの画面に新しい通知が届く。
倫太郎からだった。
「飴川さんから聞きました」
「……え?」
瞬間、かなたは嫌な予感が脳裏に浮かんだ。
今日のバイトのミスを知ったキャストの人たちがかなたを励まそうとして、そのうちの1人のはるにゃんが、雷華にことの詳細を伝えたとして。
その雷華が雫に伝え、そうして倫太郎にまで届いていたとしたら。
「……考え、すぎるな……でも……」
もし、倫太郎から――頑張らなくてもいいんですよ、なんて、言われたら。
倫太郎が、自分を憐んでいるような表情をしながらこのメッセージを送っているのだとしたら。
「……うぅ」
理由は分からない。だが、かなたは倫太郎だけには、本当に倫太郎だけには、自分の情けない姿を知られたくなかった。
見たくない。
ここから先の倫太郎のメッセージを、見たくない。
「やだ、やだ、やだやだやだやだやだ……」
青ざめた顔は不摂生も相まって病的なまでに白くなり、口は渇き震えが止まらず、今すぐにでもこの世界から消え失せてしまいたい欲求に駆られ――
「学年30位目指してるんですよね」
「実は俺も勉強さぼってて、勉強しなきゃって思ってたところなんです」
「なので、俺も鈴木さんの順位を越すくらいにがんばろうと思います」
「一緒に勉強、頑張りましょう!」
「………………は?」
苦しみに悶える声を漏らしていたかなたの口から、不意に、素っ頓狂な声が漏れた。
倫太郎のメッセージの意味が理解できず、思わず起き上がる。
「……な、なに……え? ど、どう言うこと……?」
わたしのことを、慰めようとしたんじゃないのか? 30位なんて目指さなくてもいい、と説き伏せようとしたんじゃないのか?
「わたしの順位を越すくらいに頑張るって……え……?」
正直、倫太郎の行動原理がさっぱり分からない。
そもそも、倫太郎からメッセージを送ってくること自体が稀だ。変に距離感が近い、と怪しむこともできるが、最近コンカフェを一緒に帰りたい、なんて言い出してきたものだから、不自然、とまでは言い切れない。
「……本気で、本当に、単純に、勉強を一緒に頑張ろうって……言ってんの……?」
雫から聞いたのが「自分が30位以内を目指して頑張っている」ということ"だけ"しか聞いていないのであれば――バイト先の失敗も何もかも知らないで、言っているのだとしたら。
倫太郎のメッセージには、自分への哀れみはない。
「は、はは」
なんだか、自分が堂々巡りをしていたのが、馬鹿らしくなってくる。
そうだ、そうだった。
倫太郎は、そういう”やつ”だ。
どこまでも純粋で、まっすぐで、面白いやつ。
さっきまで強張っていた唇が緩みながら、かなたはメッセージを返す。
「じゃあ、学年順位で負けた方が勝った方の言うことなんでも聞くとかどうや」
くっくっく、とかなたは笑う。
急に気分が上がってしまって、自分でも想像しないような文章を打ってしまう。
このメッセージを見た倫太郎の顔を見て見たい。きっと慌てふためてしまうんだろうな。
「やりましょう!」
倫太郎からすぐに返事が来た。
「はっはっは、やるんかい」
本当に、純粋に、勝負したいと思ってるんだな。かなたはどこか嬉しくなる。
倫太郎の言葉はいつだってまっすぐだ。
そこに忖度はない。
ただただ思ったこと、感じたことを、素直に口に出す。
そういうところが、倫太郎のその素朴な所が――かなたは、好きだった。
「やってやろうじゃねえか 吠え面かくんじゃねえぞ(中指を立てている絵文字)」
「負けませんよ!」
倫太郎の力強い返事が返ってくる。
「はっはっは、おもしれー、男……」
そうしてしばらく、ぼーっと天井を見つめながら、倫太郎とのLANEのやり取りの余韻に浸っていた。
冷めた体にじわじわと、熱が込み上げてくる。
「こうなったら……負けるわけにゃいかねえわな……」
頑張ろう。
かなたは――誰でもない、自分の心から込み上げてきた言葉を、胸に抱きしめた。
◇◇◇
「……という、LANEのメッセージを、おくり、ました」
その後、一連のLANEの流れを倫太郎は雫と雷華にLANEで伝えた。
「お、釘矢君にしかできないね……私、で、出来ないかも 怖い、から」
「いいんじゃねえか 変に甘えた言葉吐くよりも」
「ありがとう、常鞘君 飴川さん、大丈夫ですよ。鈴木さんは、強い人ですから 最後まで、走り抜けられます」
「まあ、お前が嘘つくような人間には見えねえから鈴木にも真意は気が付かねえだろうけど」
「なんの話?」
「は? いや、そりゃ、お前が鈴木の順位を抜くまで頑張るとか」
「やるからには、俺も本気出します。鈴木さんに勝つために」
「……マジかよお前」
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