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第70話 きみのままで かわらないで

 それから多車と風治は、星映こころがいかに唯一無二の天才的アイドルであるかを熱弁する。

 倫太郎およびオタクの暇木と手知は、二人の熱のこもった語りに熱いモノを感じ思わず聞き入ってしまう。

 

「そもそもさ、星映こころって最初は天才子役だったんだよな。ほら、俺らが中学の頃に流行ったあれ、『家出のススメ』っていうドラマあるじゃん」


 暇木と手知は知っていたが、倫太郎は知らなかった。


「題材がトー横界隈なもんだからドラマ開始前からめちゃくちゃ炎上しててさ。国会議員が『売春を肯定するようなものを公共の電波に流すのはいかがなものか』って苦言呈したら”ネットのひとたち”が一斉に反論して、そのあともみくちゃになって誹謗中傷合戦になって最終的に殺害予告で誰か捕まっとかなんとか。小学生4年生の年齢の星映こころが、家出して金稼ぎのために立ちんぼするというドラマ初回の予告シーンが、国内を超えて海外にまで飛び火したほどだったんだぜ」


 暇木と手知はその”ネットの人たち”のアカウントらに心当たりがあり、(これだからツイッヒーは……)と複雑な表情を浮かべていた。

 

「……俺、そういう炎上モノってすぐミュートするから……。言われてみれば、確かになんかそういうのあった気がする……」


 その頃は倫太郎はラグビースクールで日々疲弊しきっていたから、ろくに流行を追うこともできてなかった。だから家出のススメというドラマも記憶の彼方に消し飛んでいたし、もちろん主演が誰だなんて知らない。


 炎上騒ぎはとどまることを知らず、一時はドラマはおろか放送局のスポンサーが次々と降りるという前代未聞の事態にまで陥っていた。

 もう公開中止にしたほうがいいんじゃないか。放送すればするほど炎上して、もう取り返しのつかないことになってしまう。

 そんな声が大半を占める中、テレビ局は公開に踏み切った。


 テレビ局は、信じていたからだ。

 主演の星映こころの演技を見れば、そんな炎上なんて吹き飛ばせてしまえるのだと。


「で、それが! 星映の演技がマジですごかったんだよな! 田舎から飛び出してきた何も知らない無垢な少女の表情と、過酷な世界のトー横で耐え生き延びようとする強い女の顔をするときもあったりとか……第11話でこれまでさんざん金をだまし取って来た男を追い詰めて、金玉を蹴り上げて失神させたときの……あの星映が男を見下すときの表情とか……もうすごかったんだぜ! 表現力がずば抜けすぎてて、顔が言いだけで採用された男性アイドルの坊演技が逆に可哀そうになるくらいだったんだから! まさに天才子役! 終わってみれば海外からも”日本の良き苦しさを覚える若者たちの叫びを繊細な描写で表現した挑戦的で革新的なドラマ”だって手のひらクルックルよ」


 さらに極めつけとばかりに、こころが謳う主題歌は『東京へ行こうよ』。1955年に販売されたこの曲は”地方の若者を東京へと誘惑する歌”だと断じられ発禁処分を受けた歌謡曲。それを現代の今に主題歌として歌って見せるという挑戦的な試みに、どこか艶美なフレグランスさえ漂わせる確かな歌唱力を、幼い見た目で謳うこころのギャップに誰もが驚き、そして称賛した。表現の自由、という言葉が盛んに議論される時代になった現代において、過去に発禁処分を受けた曲を現代に蘇らせて魅せたこころの歌声は、日本中を魅了したのだ。

 

 決してポッと出てきた子役ではなく、幼いころからジュニアモデルとして幅広く活動してきた頃から星映こころの魅力は各界隈でも有名だった。

 それがいざドラマに出演、しかも大炎上するドラマに11歳で主演を飾り大成功を収めるのだから、芸能関係者たちは皆、星映こころの次のキャスティングボードを握りたいとばかりに争奪戦となった。

 

 しかし、そんな大人たちの事情を知らぬ顔で、星映こころは、宣言したのだ。


 子役を辞めて、アイドルになると。

 

「……す、すごいね。前例が、あんまりない気がする……」


「だから最初はものすっげえ荒れた。アイドルを舐めてんのかって。でも、そこでもこころはそこで歌とダンスで、実力でアンチを黙らせたんだよな。私はアイドルだって」


「……なんというか、ものすごいアイドルなんだね」


「そうだぞ!」


 演技力、歌唱力はもちろん、幼いころから天童として勉学もずば抜けていた。

 すでに英語はマスターしていて海外デビューも通訳成して乗り越え、ピアノやバイオリンといった音楽の素養もある。

 おまけに運動神経抜群。苦手なモノを探す方が逆に難しいくらいだ。


「最初、Scarlet a Riotが結成されたときはこころがどうしても目立つから他メンバーもモチベーションが全然上がらなかったらしいんだけど、それをこころが持ち前のリーダーシップでメンバーを纏めたんだよな。富士神ふぶきだってこころに才能を見出されて、舞台俳優にチャレンジしてんだって。他メンバーもこころに負けじとすげえ頑張ってるんだけど、グループ全員がみんないい意味で慣れあってなくて、互いにライバルだってなってる。ライブでこころ以外のメンバーが謳う『宣戦布告』っていう曲も歌詞がめっちゃ尖りに尖ってて最高なんだよな。紅白も出演拒否って早々に宣言したりしてあれもだいぶ荒れたけど、結局全国ドームツアーライブも二日も経たずに全席ソールドアウトだろ? 海外ツアーも計画されてるみたいだし、このまま尖り続けた存在であってほしい!」


「そ、そういえば……常鞘君、から見て……この、星映こころっていう人の声って……やっぱりすごいの?」


 何気なく言った暇木の言葉に、4人は興味が湧いた。


 どうなんだろう。


 やっぱり本気で声楽をやっている人からしてみれば……とか。


 ここまで一言もしゃべらなかった雷華は、その問いに、答える。


「曲は聞いたことがある、ライブ映像だから実際に聞いたわけじゃない。(姉が一緒に観ようとか言いだして)ドラマも観たことはある」


 そして、雷華は、はっきりと言った。


 「歌う声と表情が完全に一致してる。簡単にできることじゃない。あれが中学生の年齢なのは、驚いた」

 

 倫太郎は、雷華がはっきりと人の歌声を褒めていることを初めて見た。


 褒める時の雷華の表情は、淡々としている。


 そこには嫉妬とかそんなしみったれた感情はない。

 

 表現者の一人として、そのすごさを賞賛しているのだ。


「はっきり言えば、舞台の上で人が死ぬわけでも恋するわけでもない。虚構だ。歌もそうだ。でもその虚構を、本物として、そうであるかのようにふるまえる。この年でそれが出来たら、もう他にやることないんじゃないか」

 

 雷華の言葉に、思わず他5人も押し黙ってしまう。


「……不遜な質問になるけど、もし星映がオペラの道選ぶってなってたら、どうなってたと思う?」


 そんな簡単にうまくいくわけないよな、と言う反応を5人は想像していた。

 

「……」


 雷華はしばし考えこむ。その真剣な顔つきに、5人は思わず息を飲んだ。

 やおら、雷華が口を開く。


「……トゥーランドットの『In questa reggia(この御殿の中で)』か」


「え?」


「あれだけ高音域を持続できて躍動感あるドラマティコの声だせるんなら、歌えるんだろうなと思った」


(そこまで凄いんだ……)


 倫太郎は感服する。オペラ歌手として成功する未来を想像できるほどの逸材なのだと。


「それにしても星映って珍しい名前だよな」

 

「一応実在しない苗字なんだって。要は身バレ防止のための偽名。富士神なんていう苗字もないし」

 

 さあ、もう雑談しすぎだぞ、と多車が手をポンと叩く。随分と長いことペンを動かしていないことに気が付いたので、そそくさと勉強に戻った。


 その間、倫太郎は勉強以外のことで頭がいっぱいだった。


(……俺、そんな、女性の人の顔なんて、二次元以外でまじまじと見たことないし、わからないけど……でも)


 倫太郎は、思わずにはいられなかった


(星映こころって人……鈴木さんにすごく、似てる気がする……)


 

  ◇◇



「急に真剣な顔でお願いされて私最初びっくりしちゃったよ」


 同時刻、自習室として開放されている空き教室で、雫はかなたと二人で同じく勉強をしていた。


 一緒に勉強とは言うが、特進クラスにいる雫がかなたに勉強を教えているというのが正しいが。


「いやー、ごめんねごめんね、今度なんかおごるからさ」


「おごってもらえるのは嬉しいけど、でも、学年30位以内ってすごいね……」


 かなたと雫は同じ普通科だが、雫は普通科の選抜特進化コースで、定期考査の範囲がそもそも違う。雫の範囲はかなたが秋以降に履修する範囲だ。

 

「いやまぁ、流石に高校入ったらちゃんと真面目に勉強しなきゃなって思ったわけよ 最近バイトとかで熱入れすぎてたし」


 かなたの入試試験の成績を聞いたら、205位だった。人学年300名だから、半分以下だ。

 そこから30位は相当頑張らないといけない。

  

「まずは100位以内とかでいいんじゃない?」


「で、でもさ、どうせやるんなら高いハードルのほうがいいじゃん」


 それはそうだけど、と雫は思う。


「私はやると決めたら逃げねえ人間だからよ。酔っ払い男が来た時も逃げなかったし、ライブとかも頑張ったし」

 

 かなたはぽつりと言う。


 「習い事は結局逃げちゃったけど」


 そう言って、かなたは


「あっはは! 昔のことなんていまさら言ってもしゃあねえか!」


 笑ってごまかした。


 そのかなたの笑みがぎこちないことなんて、長い付き合いだから勘付いていた。


 だからこそ。


 長い付き合いだからこそ、踏み込んでいい話なのかどうか、迷ってしまっていた。


 かなたが絵画教室を辞める時を思い出す。


 かなたは「金賞取れなかったからやめるってお母さんと約束したから」と言っていた。

 

 『私、絵画教室辞めるわ。私、才能もないしやる気もないしさ』


 そんなわけがないと、雫ははっきりと言える。抽象的で、目に見えるものすべてを分解し、理解し、再構築していくような、そんな大胆で自由な絵の描き方が好きだった。

 象の鼻だけをアップして描いて、そこの象の鼻に他の動物が吸い込まれているのを描いていて、そこで生態系を構築している様を表現しているところとか。

 かなたが、像を見たときのイメージを、あの大きい鼻の穴を見て直感的に思ったことを、自由に描いていた。

 その奔放さが好きだった。

 自分にはできない解釈と発想。

 それはきっともっともっと基礎を磨けば、輝けるものだと思っていた。

 それに、かなたは絵を描いてる時、いっつも笑顔だった。絵を描くのがこんなにも大好きなかなたが、ただ『金賞を取れなかった』だけでそれを諦めさせられるなんて、おかしい。


 かなたの母親は、何かがおかしい。


 絶対にかなたには言えない言葉を、雫はずっと心の中に圧し留めていた。

 

 かなたはほかにも習い事をしていたと聞いている。

 プール、書道、バレエ、そろばん、学習塾……それを全部やろうとしていた。習い事を6つもやっていたと聞いていた。

 もはや、息をつく暇もない。余裕をもって取り組む心すら無くなってしまう。


「……」


 雫は、迎えに来ないかなたの親のことばかりを考える。


 雫の母親が、それとなく言っていた記憶がある。「才能を、選別している」「どんな才能があるのかを、若いうちから見定めている」

 

「だから、習い事の数が減れば減るほど、かなたちゃんの才能の可能性が無くなっていく って、本気で思ってる かなたちゃんも、その母親も」

 

 放任しているにしては、かなたは追い込みすぎている。

 まるで何かを、成し遂げようとしているような。

 親に、自分を認めてほしいような。


 小学校六年生の時点で、急にすべての習い事を辞めた。

 

 理由は、親が全て辞めさせたから。


 かなたに才能がないと、見限ったから。


『私さー、だーれにも言ったことないんだけど、大の仲良しの雫には言っちゃうね。これ、絶対秘密だよ』


 親に習い事を辞めさせられたかなたが、どこか憂いに暮れた目をしながら、ぽつりと言ったことを、雫はいつまでも覚えている。


『私さ、妹いるんだよね。私なんかよりもずっと真面目で頑張り屋でさ、すごい子なの。ピアノも上手だし、絵もきれいだし、声も、そして顔も……私なんかよりもずっと……可愛い』


 妹は別の小学校に通っているから、クラスの誰もかなたに妹がいるなんて知らない。名門私学小学校通いで、それをかなたは誰にも言ったことがないのだという。


『私の妹だなんて、信じられないって……』


 そんなこと自分で言わないで、と雫が言おうとして、

 

 はは、とかなたは空笑いした。


『お母さんもお父さんが、言うんだもん』 


 寂しくて、今にも消え去ってしまいたいような、悲しい表情を浮かべていた。


 雫が『私は! かなたちゃんのことすっごい可愛いって思ってるし! 私の大切な友達だよ!』と心の底から叫んでも、かなたは『ごめんね、変に気を遣わせちゃって』と、励ましの言葉を雫に言わせるような事態になってしまったこんな自分に嫌気がさすような顔で、雫の言葉に耳を傾けることができなかった。


 それ以降、かなたの口から妹のことが出てくることはなかった。


(かなたちゃんは、ずっと、妹さんと自分を比べられることに、苦しんできたんだ……) 


 それがコンカフェでバイトして、ライブで歌を披露するまで自分を取り戻せるようになった。

 それだけでも本当に嬉しいことだ。ずっと傍にいた幼馴染として、これ以上の喜びはない。


 だからこそ――

 

「かなたちゃんは、行きたい大学とかあるの?」

 

 かなたの言う30位以内に入りたいという目標は、本当にかなた自身がやりたいことなのか、それが気がかりだった。


「……そう言われると、うーん……。まあ、適当な所に滑り込めれば……」


「なにか大学でやりたいこととかある?」


「えー? ずっとailes d’ange でバイトしたいっていうこと以外あんまないなー。まあ日本大橋には通い詰めたいけど。ほら、お酒飲めるようになったらガールズバーとか行けるじゃん! そうしたらウチの店よりももっと過激なキャストさんたちに接待させてもらえるかも! ロリっ子とかいないかなー、私よりも身長が小さくてぇ……バニースーツとかも着てほしくてぇ……んで萌えシャン? っていうやつとかやってみたくてぇ……」


 そう楽し気に(オジサンみたいなニヤケ面しながら)語るかなたは、自分に勉強を教えてほしいと訴えてきたときの顔よりもずっとずっと、活き活きとしていた。


「あ、やべ。私今最高に気持ち悪いおっさんみたいな顔してた?」


「うん」


「ってそこは否定してよ!?」


 そうかなたが勢いよくツッコミをいれる。そのかなたを、雫は愛おしそうに、そして暖かく、見つめていた。 

 

「私はどんなかなたちゃんでも、大好きだからね」

 

「……お、おう」


 言われてかなたは急に恥ずかしくなって、その恥ずかしさを隠す様に長いことおきっぱにしていたペンを手に取ってようやく勉強を再開し始めた。

 

 ――あなたはあなたのままでいい

 

 そう言われて、心の底から同意できるように人間はできていない。そう、雫は思う

 

 社会に生きている以上、常に周りから比較される。

 自分自身も、時として周りから期待される優等生を演じている。

 本当に面倒くさい人間関係を前に、分け隔てなく親愛を振りまく存在を要求されている。

 

 それでも目の前にいるかなたは、自分を見てくれている。


 人には言えない趣味を持つ自分も、推しを前に我を失ってしまう自分も。


 だから、かなたには無理をしてほしくない。


 ただただ、貴方の思う好きを、突き進んでほしいんだ。


 雫はそれだけを願っていた。



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