第69話 奇跡の子
ある日の昼休みの教室にて。
男子6人が机を合わせ、教科書や参考書を広げていた。
さぞかしテスト勉強に励む勤勉な学生だろうに見えることだろう。だが、6人も集まってしまえば男子高校生たちの集中力はものの10分も持てばいい方で――
「え!? 釘矢、お前アイドル全然知らねえの!?」
「に、二次元のアイドルなら……」
「まーたゲームの話かよ。そんな面白いのか、あれって? あれだろ、アイドルを育てるソシャゲ。駅の広告で見たことあるわ」
早々に勉強に飽きてシャーペンを放り出した風治は、(なんかオタクっぽいからアイドルのこと知ってそうだな)と気軽に思って倫太郎に「好きなアイドルっているのか?」と雑談しようとしたのだ。
そうしたら倫太郎はゲームのアイドルしか知らないと来たものだから、風治はあっけにとられていた。
「だって、二次元だぜ? 別に生で会えるわけじゃないし――」
と風治が苦笑していると、その風治にもの言いたげな顔で見つめる男子二人がいた。暇木と手知だ。
「……あー、えっと、お、お前らって、その、アイドル、ゲーム……やってんだっけ」
「「うん」」
いつになく迫真に迫った表情でにらまれ、風治は思わずたじろいでしまった。
「あ、いや、その……ば、バカにしているわけじゃ」
「駅の広告で見たことあるって言ったけどおそらくそれはSNSで話題沸騰のあの大人気アイドル育成シミュレーションゲームであるところの『ファンタスティックアイドル! ~天翔ける少女たち~』のハーフアニバーサリーガチャの広告で間違いないね」「風治君が見たキャラは我雲光理だね、元々ライバルキャラとして登場していて既存キャラと対立したりしていて……」「信じられないくらいにわがままでプレイヤーであるプロデューサーの選択肢をことごとく無視したり勝手な行動をとるっていう破天荒なキャラクターなんだけど何度も育成して粘り強く親愛度を上げることでようやく解放されるプレシャスメモリーイベントで……」「いやでもそこからはちゃんとちゃんとプレイしてからじゃないと!」「ああ、そうだったそうだった……あぶないネタバレをしてしまうところだった」「今なら無料で最大100連キャンペーンやってるからやるなら今だよ!」「リセマラでほぼ確実に光理が引けるのは本当に凄いんだよ」「僕なんか前回のピックアップガチャで幽霧子兎の別衣装【夜はキミだけの気まぐれな魔法少女】でジュエルが25個しかなくなっちゃったんだから!」
「あ、いや、お、俺は別に興味は……」
「でも駅の広告で見たってことを覚えてるってことはそれだけ……」「興味があるってことなんだよね……」「プロデュースしたくなるアイドルがきっと見つかるよ……」
暇木と手知に言い寄られ、風治はひたすら怖気突く。
コンテンツを馬鹿にさせられて怒られるよりもそれ以上の熱気でコンテンツに勧誘されることのほうがシンプルにめちゃくちゃ怖いのである。
「あ、あの、暇木君、手知君。ほら、今は勉強の時間だから……そのあとは後でね」
倫太郎がオタクモード全開になった暇木と手知を嗜めた。
「釘矢君もやったらいいのに……」「僕たち二人は廃人だからイベントのフレンド最強の助っ人いつでも提供できるよ……」
「い、今はほら、ソシャゲはテンセグ一本に絞ってるから……」
「おーい、勉強しようぜー。始まってから10分持たないじゃないかー」
ポンポンと手を叩いて雑談タイムを終わらせようとする多車。
「はぁ……集中できたもんじゃねえ」
それに人一倍大きなため息を吐くのは、雷華。
倫太郎、雷華、多車、風治、暇木と手知は、放課後に教室で机を囲み、定期考査に向けて勉強をしていた。
誘ったのは多車だ。バスケ組でテスト勉強しようぜと声をかけたのだ。
それに倫太郎は飛び跳ねたいくらいに嬉しかった。放課後に友達と一緒に勉強するだなんて、夢にまで見た光景だったから。
風治も最初は乗り気じゃないようなそぶりを見せたが、根が恥ずかしがり屋なので素直にうんと云えなかった。ただ倫太郎の素の喜びように紛れ込む形でそれに加わった。
暇木と手知も、同じオタク友達の倫太郎がいるなら、という感じで加わる。
雷華は、普通に断ろうとした。なんで一緒に勉強なんかしなきゃいけねえんだと。
『いいじゃんバスケ組同士で仲良くしよーぜ』
多車が明るく言う。
『嫌だが』
『えっと……それじゃあ……』
奥の手とばかりに、多車が頭を下げた。
『俺らに英語を教えてください!!!!』
『……なんだって?』
雷華は将来海外で活動することを見越し、常日頃から英語はもちろんイタリア語など様々な語学を独学で学んでいた。高校生レベルの英語は当の昔に履修済だった。世界史についてもオペラの舞台であるからその時代背景を理解するためにも趣味で勉強しているくらいで、もう高校で学ぶことはほとんどないと言っていいくらいだ。
逆に、それ以外の科目については一切やる気がないので点数は壊滅的ではあるのだが。
『一緒に勉強しようっておこがましいかもしんないけどマジでガチで英語教えてほしい! 俺英語ぜんっぜんわかんなくて!』
『……頼むんだったら最初からそう言えよ』
はあ、と雷華は仕方なさげに腰に手を置く。
『ありがとう、常鞘ぁ!』
『あれ、お前って意外と頼めばやってくれるんだ、優しいとこあるんだな』
風治がきょとんとした顔で言う。
『俺を冷徹な人間だと思ってのかお前は」
『それは、まあ……』
風治の答えに、暇木と手知も申し訳なさげに首肯する。
『そんなことないよ! 常鞘君は俺のことを気にかけてくれたり優しいところもたくさんあるんだよ! すごくいい人なんだよ! ちょっとこう……知り合いじゃない人以外にはものすごいそっけないだけなんだよ!」
倫太郎のフォローに、4人は
((((それは極度の人見知りってことじゃないのか……?))))
心の中でツッコミをいれた。
『なんでもいいだろ、もう。俺も数学は分からないから代わりに誰か教えろ』
『あ、あ、じゃあ、ぼ、僕が……僭越ながら』暇木がおどおどとしながら手を上げ、誰がどの教科が得意か苦手かの話になる。
そんなかんやで勉強を始めたのはいいものの、だいたい誰かが先に集中力が切れて、小難しい勉強から逃げ出したいとばかりに雑談に興じる。
その逃げたい欲が一人二人と増えていくと、やがて勉強から雑談の時間のほうが増えてしまう。
そういう感じで、今に至る。
「そういう多車は好きなアイドルいるのか?」
「好きって言うか、ほら、彼女がアイドルグループ追っててさ、それに俺もハマってるって感じ」
「お前今さらっと彼女がいるっつったな。俺のあてつけかオラ」
あはは、と多車が軽快に笑う。嫌味っぽさを感じない爽やかな声だから、ぐぬぬと風治は歯ぎしりするしかない。
「まあ、にわかって言われそうだけど、あの超有名アイドルグループの……」
「あー」
言われて風治は頭にすぐ浮かんできた。
今この時代を時めくアイドルグループと言ったら一人しかいない。
「星映こころ、のグループか」
「そう! そのグループユニットのScarlet a Riotが彼女すげえ好きで、それを一緒に帰ってる時ずっとその曲歌ってんの」
「とんでもねえ惚気話を聞かされれるこっちの身になれ……」
血の涙を流す風治。
「……星映こころ?」
倫太郎は初めて聞いた。
二次元のアイドルなら(主にヘックスで流れてくるゲームのキャプチャ画面や二次創作イラストなどで)有名どころは知っている。
だが三次元となるとまるでピンとこない。
「え、釘矢知らんの!? お前本当に現代人か!?」
そこまでなんだ、と倫太郎は驚く。
暇木と手知も知らないという顔をする。
「オタクって三次元興味ないのか?」
「あ、ぼ、僕は女性声優のことなら……」「お、同じく……」「三次元のアイドルって、ソシャゲでコラボとかしてないし……」「Vtuberの配信のゲストとかで来たら覚えるんだけど……」
「いやまあ、そりゃあ星映こころってヨーチューブどころかテレビでもほとんど出ないからなぁ」
アイドルなのに? と倫太郎は疑問に思う。
よくわかんないけど、アイドルってテレビのバラエティ番組とかに出てるものだと思ってた。
「Scarlet a Riotは超実力派アイドルグループなんだよ。応募者三万人以上のアジア最大のアイドルオーディションで選ばれた精鋭のアイドルで、メディアの露出を抑えて、有料会員限定のサイトだけで日々の活動内容とかゲームとかやってんの。出てくるゲストもすげえ豪華なんだよな」
なんだか、一見お断りみたいな感じだと倫太郎は率直に感じた。
今の時代、いかに自分たちを見てもらうかというのが主流だ。
積極的に配信をしたり、バズ狙いでSNSでダンスを踊ったりしてとにかく注目を集めることに集中する。
その時代で、Scarlet a Riotは違う。
興味があるなら見に来たら? というどこか高飛車な雰囲気さえ漂わせる。
「でも、ネットにあげてるMVの曲がめちゃくちゃすごいんだよ。なんかアイドルっていう感じじゃなくて、ミュージシャンっていうか、総合芸術っていうか。ライブも海外からのアーティストを招集して現代アート的な演出なんだって」
「へ、へえ……?」
「あと、歌詞がすごいんだよね。これ、デビューして初めて出した曲の歌詞。黒と紅のツートンカラーが威圧感を放つトレンチコートとパンツで 『幸福論はなぜ明日のことについてばかり語る 明日への羨望だけが今日の諦めと取引できると騙るからだ』『国家が生み出した幸福論という名の虚構から抜け出せ 孤独死を待つ者たちよ』とか歌うのよ」
「……そ、そんな尖った歌詞を歌ってるの?」
「でも、星映こころが謳うとすげえ様になるんだよな。それに引っ張られるように他メンバーも……あ、彼女の推しは富士神ふぶきって言うんだけど、そのふぶきちゃんも華奢な体つきで声量ある声だすからギャップもすごくて。でも、ちゃんとアイドルっぽい歌も歌えてて。この曲名『はひふへほりん』っていう曲とかきゃぴきゃぴした歌詞なんだよね。今度はパステルカラーで胸元にメンバーカラーの大きなリボンをあしらったワンピースで『ああ 私の胸にあなたがいっぱい こんなにも幸せでいいのかな いいよね このま ずっと ずっと!』って」
多車は振付を交えながら歌う。
さっきまで描いていたイメージとまるで違う。
派手な歌を歌うだけじゃない、アイドルらしいきゃぴきゃぴした曲も歌う。
その本来ならば矛盾して対消滅するはずの二面性を担保できるのも、星映こころの歌声だからこそだと多車は熱弁する。
「ビジュアルもすごいんだぜ。これ、中学一年生だって信じられる!?」
多車がスマホで画像を見せる。
ネット上で無断転載されている、ライブの映像を切り抜いた画像だった。本当はダメなんだけど、と多車は苦笑いしながら。
そこに映し出されていたのは、煌びやかなマイクを片手に麗しくポーズを決め、凄みさえ感じさせる、美少女だった。
「……っ」
倫太郎は、思わず息を飲む。
眩いほどのライトアップに負けないどころかそれ以上の輝きを放つ、可憐な少女。
彼女の眉や唇、目つき、そして垂れる汗、揺れるポニーテールですらも、それが全て計算されつくしたかのよう。
それでいて、こころの体つきは中学一年生とは到底思えないほどに成熟していた。
膨らんだ胸元を敢えて強調するような衣装に、幼さを残す白く細い二の腕。
大人びた美しさと、あどけなさを残す可愛さが、奇跡的なバランスで保たれている。
聞くものすべてを震撼させる甘美な声に、激しくリズミカルなダンス。
”存在すること自体が奇跡”とさえ形容される星映こころに、倫太郎は目を奪われていた。
「すごい、人だね……」
そうだろそうだろ? と多車はニコっと笑う。
だが倫太郎は、その日本中が熱狂するという星映こころに目を引かれたのは、星映こころが可愛いから”ではなかった”。
似ている人がいたからだ。
身近に。
読んでいただきありがとうございます! 評価、ブックマークよろしくお願いします!




