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初めてできた友達は、小さくて可愛いコスプレ好きなオタクの女子高生でした。  作者: 安田いこん
第三章 198センチの陰キャオタク君が球技大会で頑張る話
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第66話 自分なりに考えた人生のトラウマとの向き合い方

 倫太郎は夢の中で揺蕩っていた。


 薄汚れた透明な沼に浸かっているような、実体のないナニカに沈んでいる心地。

 全身が疲弊しているのか、身体中が熱い。淡い灰色の世界の中で、倫太郎は息が苦しい。

 ベッタリとした汗が滲み、呼吸が浅い。


 誰かの声が聞こえる。


 その声は、その声だけは、この曖昧な世界の中で唯一の、拠り所のように思えた。

 誰の声なのか――倫太郎は覚えがあった。


 頼り甲斐があって、自分をこの混濁した暗い世界から、救ってくれる人。


 でも、その人は今はもう、いないはずだった。

 自分の側から、離れてしまった人だ。

 

「七……馬、せん、ぱい……?」


 七馬の声が何度も何度も、微かだけど確実に、聞こえる。

 囁いていた。何を自分に聞かせようとしているのだろうか。


 怪我をさせてしまった自分への、恨みや辛みだろうか――倫太郎は怖気つく。耳を塞ぎたくなる。体が言うことをきかず、その声から逃れられない。

 俺に怪我をさせておきながら、なにバスケを楽しんでくれてんだと怒鳴られたらと、倫太郎は怖かった。

 七馬らしき人の声を聞くのが、怖かった。

 

「……?」

 

 だが、何かが変だった。

 声色が、とても穏やかだった。労わるような、思いやりに溢れた、声。

 いや、違う。

 こんな、甘い声だっだだろうか。

 心がジンジンと熱くなるような、ときめくような、多幸感に包まれるような、そんな声――

 

 「……んぁ」


 目が開く。随分と長い夢を見てきたような気がする。うすぼんやりとした意識が、ゆっくりと、ただ確実に、はっきりとしていく。


 パッと見て、ここが保健室だと分かった。

 そして自分がベッドであおむけになっているのも、何となくわかった。


 そして、ベッドの傍らに腰かけている、小さくて、可愛い――かなたが、近くにいると思った。


「……あれ」


 いなかった。声の主はかなただと思ったから。


「あら、起きた? 貴方、倒れたの覚えてる?」


 倫太郎が起き上がるのに気がついたか、保健室の先生がカーテンを開けて様子を見に来た。


「……えっと、な、なんと、なく……。ば、バスケの試合をして……だ、ダンクを、した……の、は……」


「記憶はハッキリしているようね」


 先生は胸を撫で下ろす。


「貴方、ちょっと無茶しすぎよ。体力がなくなるまで動くなんて……。審判の先生もちゃんと止めなきゃいけないのに」


「あ、あは、は……。あ、あの……し、試合って……ど、どうなりました……?」


「勝ったって聞いたわよ。さっきまで保健室にいてたあの子に」


「あの子……?」


「そう。今日鼻血出した子。鈴木ちゃん」


「鈴木さんが来てたんですか!? あ、あの、鈴木さんの怪我は本当に大丈夫なんですか!?」


「ち、ちょっと起き上がらないの。安静にしてなさい」


「す、すいません……」


 諭され、倫太郎はおずおずと枕に頭を預ける。


「鈴木ちゃんね。特に晴れてもいないし、詰め物変えたけど血も止まってきたから、大丈夫よ。安心なさいな。それよりも自分の体の方を……」


「よ、よかったぁ……」


 倫太郎は全身の力が抜けるような心地になった。

 

(……やっぱり、夢の中の声は……鈴木さんの声だったんだ)


「さっきまで寝てる君に色々とお話ししてたわよ。最後のダンクで逆転勝利して周りが大盛り上がりだったとか、倒れ込む貴方を担架に載せようと、バスケを観てた生徒も一緒になってみんなで持ち上げたとか、その最中に貴方が無意識に『大丈夫、大丈夫だから』って今にも失神しそうな顔で呟いてみんなが総ツッコミしたとか、ね」


「……そ、そうだったんですか」


「特にほら、一緒のクラスの子、風治君、暇木君、手知君、それと常鞘君が中心になって周りの生徒に声をかけたようでね。担架を運ぶ人を呼んだり、担架を通る道を開けたりしてね」


「……」


 倒れてしまった自分なんかのために、そんなことまでしてくれて――倫太郎はどこか気恥ずかしくなる。


「そこのベットに寝かせた後もしばらくはそばにいてくれたのよ。良い友達ね、彼ら」


「友達……」


「あら、なに初めて聞いた言葉みたいな反応しちゃって」


 あまりにも馴染みのない言葉に倫太郎が言うものだから、先生はちょっと笑ってしまった。


(とも、だち……)


 そのニヤケ面を先生にバレない様に、倫太郎は布団を顔まで隠した。

 

「それでそのあとは、鈴木ちゃんが詰め物を変えにやってきてね。そのあとはずーっと、鈴木ちゃんが貴方の側にいてくれたのよ。仲良いわね、うふふ♡」


 からかい半分に先生は笑った。


「鈴木ちゃんが近くにいて、嬉しかったでしょう?」


「はい、とても」

 

 顔を隠しながらも倫太郎は、まっすぐにそう、答えた。


「……私まで恥ずかしくなってきちゃった」


 隠そうともしない倫太郎のかなたへの甘酸っぱい思いを感じ、先生は濃いブラックコーヒーが飲みたくなった。


「しばらくそこでゆっくりしていいからね。もう今日は授業もないし、早退しなさい」


「……ありがとう、ございます」


 カーテンを閉め、倫太郎は半個室のベッドの上で1人になった。


 目をつむると、バスケの動きが浮かんでくる。走って、走って、声を出して、味方にパスを通して、相手のパスを止めて……。

 それが無限に続いてしまうものだから、


「ね、寝れない……」


 ぐるぐると、同じシーンばかりが頭の中で再生される。


 試合の時は無我夢中だったけれど、いざこうして倒れるまで動いてベッドで横になっていると体中が悲鳴を上げていて、とてもつらい。

 ランナーズハイの高揚感が抜け、疲労感だけがずしりと反動として体に残り続けている。


 これが全力でスポーツをするということなのだろうか。


「大変だ、スポーツって……」


 ラグビーをやっていた時は、ここまで疲れるようなことはなかった。

 大抵のプレーでは、自分の方が常に有利だったし、自分の方が図体も大きかったから相手のタックルもそこまで痛みを感じない。


 今日のバスケが、人生の中で一番疲れたと言ってもいいくらいだ。


 それでも――


「楽しかったなぁ……」


 倫太郎は、ほう、と息を吐く。


 みんなのために、走り回ること。

 試合に勝つためのプレーを常に考え、道筋を立てること。


 ただパスをもらって突進するだけだったラグビーとは全然違った。

 考えて、考えて、考え抜く。脳みそが汗かくまで、味方の動きも、相手の動きも見る。

 

 自分がただ活躍したい、じゃない。

 チームのために、味方のために動く。自分を犠牲にする。


 それが、楽しい。


 それが、好きだ。

 

『俺、ずっと悔いていることがあってさ』

『スポーツの楽しさ……お前に教えられなかった』


 七馬の言葉を思い出す。


 倫太郎は考える。

 スポーツの楽しさは、自分が楽しむこと……ではない、のかもしれない。


(誰かのために……)


 ラグビー日本代表の選手は、試合前の国歌斉唱で彼らは涙を流すという。

 その意味が分からなかった。

 

 一昔前のラグビー代表の日当は三千円だったという。世界を倒すためのハードトレーニングで、屈強な男たちが食事で喉が通れなくなるほどの鍛錬であっても。

 何人もの選手がケガで合宿から離れてるほどでも。それでも参加する選手が絶えない。

 その意味が分からなかった。


 ワールドカップで、”柱”と呼ばれるベンチ外の選手がいたという。代表に漏れてしまった選手だが、選考の場に立つことができるほどのラグビーのエリート選手たちだ。その中には前人未到の大学日本一9連覇を果たしたチームの主将もいた。

 その柱の選手たちは試合に出られないとあらかじめ宣告されていた。それでも、貴重な時間を費やしてでも試合にでる選手をサポートし、練習相手になる。試合に出られないと決まっているのなら、辞めたってもいいのに。

 その意味が分からなかった。


 今ならわかる気がする。


 日本のためだ。

 

 日本を背負うという、桜のプライド。

 日本の代表として戦い、そして、支える。

 そこでみっともないプレーなんてできない。情けない姿をさらすことなんてできない。

 これが日本のレベルなのだと、見下されたくない。


 自分の名誉のためなんかじゃない。試合に出るとか、そこで活躍するとか、そういうことじゃない。

 

 周りのために。

 

 自分を支えてくれる人たちの、その努力を、献身を、みくびられないために。


(だから先輩は、あんなにチームのために、戦って……)


 チームが大好きだから。仲間が大好きだから。

 倫太郎のことが、大好きだから。


(少しだけ……先輩のことが、分かった気がする)

 

 倫太郎は寝転がりながら、冷静になって自分の考えを俯瞰してみる。


(言ってしまえば、ひどく集団主義的で、自己犠牲的……だな、これ)


 分かってる。


 なのに。


(その自己犠牲が、気持ちよかった……)

 

 もうどうなったっていいと思える、もう体が言うことを聞かないなかでも無理矢理に自分に鞭を打ってスパルタを打つのが、異様なまでに、心地良かった。


 まったく理解できない。だって、あり得ないから。

 自分を殺すことに、陶酔すら覚えるんだから。


 ラグビーと言う痛みを伴うスポーツであるが故の、心酔。


(気持ちいいだろうなぁ……そんな状態で、日本代表として、ラグビーでプレーするの……)


 スポーツで高みを目指せば目指すほど、背負うものが増え、守りたいものが増えていく。

 野球部も、サッカー部も、バスケ部も、そこで頑張っている生徒たちも、同じだ。


(ちょっとだけ……羨ましくなった、かも、しれない)


 毎日努力を重ねて、チームのために、みんなのために汗を流す。


 

 

 この時、倫太郎は生まれて初めて、努力してスポーツをしてみたいと、思った。


 


 七馬が見る世界に、自分も入りたいと願った。

 

 もしも、それにもっと早く気が付いていたら。


 白宮のバスケの勧誘を、受け入れたかもしれない。

 そんな世界線がもしかしたら、あったかもしれない。


 でも。

 

 白宮に誉めそやされる光景を想像して、さすがにそれはないな、と苦笑した。


(……今の生活も、やりたいこと、たくさん、あるしな……)

 

 ソシャゲのテンセグも今のイベントストーリーは考察のし甲斐のある意味深なセリフやキャラクターでSNSは持ちきりだしそれも追いたい。

 そのテンセグの実況プレイをしていたVtuberとやらもちょっと興味があるから暇木と手知に色々教えてもらいながら配信をチェックしたい。

 カードゲームも環境が変わるほどの強力なカードが出たらしく界隈ではその話題で持ちきりだし、自分もその流行の先端に乗ってみたい。

 

 コスプレ喫茶にも、ずっとずっと、通いたい。そこでオタクの話を延々としたい。好きなモノを好きなように追っている人たちに囲まれながら、オタクを楽しみたい。

 

「俺は当分……このまま帰宅部のままでいいや……ツイッヒーでテンセグの二次創作見よ……」


 つい癖でスマホでSNSを覗こうとして、スマホが手元にないことに気が付いて、力なく枕に顔をうずめた。


 頭の中で、かなたが『まったくオタクはSNSがないと生きていけないんだから』と笑っているのを想像する。

 そのかなたの声を想像すると、ちょっと笑えた。


「……」

 

 目が覚める直前まで傍にいてくれたかなたについて、倫太郎はしばし想いに耽る。


(ずっとずっと、話しかけてくれたんだ。俺に、伝えようと、してくれて……本当に、優しい人だなぁ……)


 ふと、倫太郎は、夢の中のことを思いだす。


 夢で自分を呼んでいたのは、かなただった。

 でも……


(なんで俺、七馬先輩の声と鈴木さんの声を、聞き間違えたんだろう……)


 声質は全然違うはずだ。七馬の声も夢に出るくらいに覚えてるはずだ。間違えるはずもない。


(……同じ、だから……?)


 背が小さいところ。

 頼りがいがあるところ。

 一緒に居て、安心するところ。

 孤独だった自分を、救ってくれたこと。


 思えば……


(鈴木さんに……七馬先輩を、重ねて、いたのかもしれない……)


 七馬は、大切な先輩だった。

 大切な人だった。


 そんな人を自らの手で傷つけてしまった事が、トラウマになっていた。


(多分、そのトラウマは……一生、消えることはないんだろうな)


 そのトラウマを背負いながら、生きていく。

 努々、忘れるな。


 俺の体はいつでも、人を傷つけることができる。


 分かってる。言われなくても、分かってる。


 だから。

 だからこそ。


(今度は……大切な人を、俺の体で……守るんだ)


 かなたが水木原にボールを当てられるような、そんな危険な目に遭いかけたら。


 自分を犠牲にしてでも、絶対に助ける。


(俺の体は……誰かを傷つけるためじゃない。大切な人を守るために、あるんだ)


 だから。


「……七馬先輩」


 倫太郎は自分に言い聞かせるようにして、言葉を紡ぐ。


「許してください、とは、言いません。でも、信じてください。俺は絶対に、人を傷つけませんから」


 七馬と会えることはもうないのかもしれない。

 

 それでも、もしも再会することができたら、その時は、今の言葉を胸を張って言えるような人間になろう。


 そう、倫太郎は決心した。


 若くて未熟かもしれない、でも、これが倫太郎が考えるトラウマとの向き合い方、あるいは……人生との向き合い方だった。


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