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初めてできた友達は、小さくて可愛いコスプレ好きなオタクの女子高生でした。  作者: 安田いこん
第三章 198センチの陰キャオタク君が球技大会で頑張る話
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第64話 覚醒

ドクン、ドクン、と血液が熱く波打つ。喉から出てきそうになるほどに、心臓が高鳴る。


 倫太郎の肉体を、再び、蘇らせる。


(……そうか)


 倫太郎は思い至る。人間が怒りの臨界点を超えた、先を。

 

(本当に怒ると、人って……こんな、冷静に、なるんだ)




 

 すべてが、静寂の中に居た。




 

 知覚するすべてが、鋭利に感じる。一挙一足の自分の動作を機微に捉えられる。

 過剰な集中力で、倫太郎の汗が引く。

  

「お前、なぁ、俺が疲れてプレス止めると思ってんだろ。試合終わるまで続けてやるよ。だから惨たらしくつぶれろ、ゴミが」

 

「もういいから」


「あ?」


「もう、しゃべらなくていいから」


 倫太郎はボールを、股下から投げた。


「なぁっ!?」


 突拍子もない倫太郎の奇行に水木原は虚を突かれるも、それが苦し紛れでしかないだろうと高を括っている。


 倫太郎が手を伸ばすよりも先に、水木原は転々と転がるボールを取った。


「悪あがきかぁ!? くたばれカスぅ!」

 

 そのまま、自然と、左腕の側で、抱える。


 倫太郎の手が、ボールを掴んでいた。

 

「……は?」


 倫太郎が向ける先は、転がるボールではなかった。水木原が先に取ることは分かっていた。

 だから、水木原が癖で構える向きに向かって、手を滑らせていた。

 

 倫太郎の手により、ボールがはじかれる。


「なぁ!?」


 はじかれてフリーになったボールを倫太郎は、瞬歩がごとく長い脚で、数歩でとらえる。すぐにつかみ、そのままドリブルで突っ走る。

 状況が硬直していた中、他の選手たちの反応が鈍る。

 倫太郎は誰よりも先に、ゴール下に近かった。

 

「ダンクだぁ!!」


 観客たちが色めき立つ。

 ついにあの水木原のプレスを突破したのだ。その解放感で、一気に逆転ののろしを上げるダンクを、ここで決めるんだ。

 そんな期待感で怒涛のような歓声が体育館を響き渡らせる。


 その歓声に煽られるように、水木原のチームが一斉に倫太郎を止めようと向かう。


 止めなければ。何が何でも、倫太郎にダンクをさせたら、”流れ”が変わってしまうと。

 

「……」


 倫太郎は、冷静だった。

 10点差を埋めるために必要なものは、2点のダンクじゃない。

 流れでもない。

 

 3点入るスリーポイントシュートだ。


 倫太郎はノールックで、風治にパスを渡した。


 信じていたから。


 風治ならきっと、勝つことを諦めないでいてくれて、自分にボールが渡ることを予測しているはずだから。


「お前……恐ろしい奴だよ……」


 風治は倫太郎からのボールを、余裕をもって受け取った。

 風治も分かっていた。ここでダンクしたら、逆転の可能性が低くなるだけだと。

 

「そうなったら俺がここで……外すわけにはいかねえじゃねえかよ」


 風治は完全フリーになった状態で、シュートを放つ。

 スリーポイントラインを優に超える位置から放たれたボールは、きれいな曲線を描き、ゴールポストに滑り込んだ。

 11対18。7点差になった。


「す、すげえ!!!!「スリーポイント入ったぁ!」「反撃だぁ!!」「いけえ! 頑張れー!!!」


 試合を見守っていた生徒たちは理解する。ただの憂さ晴らしのダンクで2点を取るんじゃない。勝つために、シュートが外れるリスクを負ってまで3点を取りに行ったんだ、と。


「風治君、ナイスシュート!」


 倫太郎が風治に声をかける。溌溂とした表情と声に風治はちょっとびっくりした。

 まるで人が変わったかのようだった。

 倫太郎の声に、風治は軽快に答える。


「勝つぞ、釘矢」


「うん」


 スリーポイントシュートを、よりによって馬鹿にしていた風治に決められ、水木原は苦々しい顔になる。


「よこせ! 速攻で行くぞ!」


 怒鳴りながら水木原はボールをもらう。そしてドリブルで一気に走り抜けようとする。


「は……はぁ!?」


 水木原のドリブルが、止まった。


「同じようにプレスかけてやる」「僕とっ……」「暇木君、そして、常鞘君の、三人ならっ……!」


 雷華、暇木、手知が、三人で水木原にゾーンプレスを掛けに来たのだ。


「こ、この、カスぞろいがぁっ……!」


 雷華たち三人は、倫太郎がゾーンプレスで追い詰めされている様を見ていた。

 自分がどれだけ頑張ろうとしても、助けられない。そんな状況を見せつけられていたのだ。

 そこで黙って傍観しているほど、落ちぶれてなんかいない。


『おい、暇木。手知。もし釘矢が突破してゴール決めたら、アレと同じこと水木原にやるぞ』


 雷華がプレーの合間、暇木と手知に伝えていた。暇木と手知は即座に合意した。


 ただただ倫太郎が苦しい姿を見ているだけなんて、嫌だったから。


 自分たちも、倫太郎のためになんとかしてあげたい。あれだけチームのために献身的に頑張っている倫太郎のために、自分たちができることをしたい。

 その思いが、即興のゾーンプレスを産み出す。


「か、カスがぁ! 雑魚が集まったって関係ねえんだよ!」


 即興であるがゆえに、水木原のドリブルを止めるのに精いっぱいで、デイフェンスは穴だらけだ。


 パスが通る隙間が生まれる。

 その隙間を見抜き、水木原がパスを出した。


「あぁ!?」


 隙間を生んだのは、暇木だった。雷華との間のスペースを埋められず、その隙間をボールが通ってしまう。

 自分のミスでパスが通ってしまい、暇木は自らの失態で目の前が暗くなる。


「通すよね、その隙間」


 倫太郎がパスコースを防いだ。


「はぁ!?」


 水木原は眼をむく。

 

 倫太郎は三人のディフェンスを見ながら、暇木と雷華に隙があるのを見抜いていた。だから、そこに十中八九通すと確信していた。

 だからそこにあらかじめ目星をつけ、パスを受け取る相手の選手との距離感を精査し、予想通りにボールを奪う。

 

「く、釘矢君っ! ありがとうっ……!」


 暇木が歓喜の声を上げる。どこか、信じていた。自分のミスをきっと、倫太郎ならフォローしてくれるだろうと。


「風治君っ」


 相手選手がすでに反対側のコートでパスを待ち構えていた分、自陣は水木原以外味方しかいない。倫太郎は悠々と、風治にパスを送る。


「冷静に、冷静に……」


 風治は呼吸を整えながら、フリーの状態で再度のスリーポイントを決めようとする。


「カスがぁ! お前みたいな試合で役立たずが二回も打たせると思うんじゃねえ!」


(……あ、これ、どうしよう)

 

 水木原の突進を見て、倫太郎は反射的に、その進路に自分が入れば防げるのではと思った。

 

 ルール上、倫太郎が体を固定した状態で立っていれば、倫太郎がファウルを取られることはない。相手の進路をふさぐブロッキングという立派な戦術である。

 

 そして倫太郎は、ファウルを取られないようなブロッキングができる余裕が、あった。


(あー……通そう、かな……)

 

 あったが、倫太郎は、あえてそれを無視した。


 体との接触を恐れていた……ではない。

 自分が正当な立ち位置にいて、そこに水木原が突っ込んでぶっ倒れる分には、倫太郎にとって何も躊躇するようなことではないから。


 ただ、直感があった。


(風治君なら、この距離感なら、決めてくれる)


 風治がシュートするタイミングと、水木原が間に合うタイミングを考えたとき、わずかに、風治が先にシュートを完遂できる。

 もしも、水木原が勢い余って風治と接触する可能性があれば……。


 倫太郎は、水木原を、見逃した。


 見逃されたことを知らず、水木原は風治を体を張って止めようとした。

 水木原が予想するよりも早く風治はシュートのモーションに入った。両手で、ゆったりと、しかし確実に、放つ。

 

 そしてそのコンマ秒差で、水木原は風治の手を、叩いた。

 

 水木原の予想では、そこにボールがあるはずだった。それをはたき倒す予定だった。

 

 そのボールは宙を浮き、ゆるやかに下降し……ポストを揺らす。

 

 14対18。4点差になった。それだけではない。

 

 白宮が、水木原のプレーに呆れた様な表情を浮かべながら笛を吹く。


「……ファウルアフターシュート」


 シュート後に水木原が風治にファウルをしたとして、スリーポイントの得点が認められた状態で、なおかつフリースロー1回が風治に与えられたのだ。

 4点分……ダンク2回分の働きだ。


「すげえええええ!!!」「あ、あっという間に点差縮まってる!!」「これまさか、これまさかがあるっ!?!?!」


 今日一番の盛り上がりと言っていい歓声が体育館を埋め尽くした。


 呆然とするのは、風治。


(え、入った……入った……? 二連続で……? 俺が……?)


 想像もしたことがなかった。

 だって、何回も何回も練習しても、本番の試合で一本もスリーポイントが入ったことなんてなかったからだ。

 だから、練習した努力なんてなんの意味もないと思っていた。

 全部、無駄だと思っていた。

 モテようとしたあさましい自分のあがきが、全部くだらなくてみじめだと思っていた。


 だけど、今は――


「風治ーーー!!! かっけええぞーーー!」「お前やるじゃねえかぁー!」「どんどん決めたれー! 逆転しろー!!」


 生徒たちから熱い声援を送られている。男子も、女子も。そして……


「すごい、すごい、すごいっ!!」


 きゃあきゃあと、飛び跳ねながら喜んでいる雫の姿を風治は見た。

 自分のプレーをみて、喜んでいる。

 たゆんたゆんと、魅惑的な胸を揺らしながら。


(やば、し、集中ができなく……)


「風治君、さすがだね!」


 倫太郎が元気な声で飛び込んでくる。それと同時に雷華も「お前バスケ上手いな」暇木も「え? なんで今ファウルになってフリースローになったんですか? バグ?」暇木も「と、とにかくスーパープレーってことじゃない!?」と思い思いに風治をたたえる。見守っていたクラスメートたちも風治の逆転を呼ぶビックプレーに歓喜の声を上げていた。


(お、俺……い、今、めっちゃ、震えてる……やばい、に、にやけが……)


 突として背中をバンと強くたたかれた。

 外野からやって来た多車だった。


「風治。ここからだからな。ここでフリースロー、決めてからだからな」


 多車は風治に気合を入れなおす。


「……分かってるわ」


 その多車の言葉で冷静になった。まずはこのフリースローを決めないと、お話にならない。

 風治は気合を入れなおす様に、指を鳴らす。


「ちょっくら、3点差にしてくるわ」


 倫太郎たちは声を上げて風治を後押しする。ムードは完全に、倫太郎のチームだった。


「……今のは誰がどう見ても完全なファウルだ。お前、なにしてんだ? あんなファウルを覚悟してまでする点差でもないだろ? 何考えてんだ? 考えてバスケしてんのか? お前がこんなくっだらないプレーするとはな。中学で何学んできたんだ?」


 白宮は、一人肩を落とす水木原に、冷酷な言葉を投げかける。

  

「……」


 水木原は何も反論できない。ただただ、背中を丸め、全身で呼吸することしかできない。


 そんな水木原に味方選手が声を掛けようとするも、その水木原の負のオーラで近寄れない。

 きっと、どんな言葉をかけても、水木原のプライドを逆撫ですることになるだろうから。


 さらに、水木原の単独プレーで、選手たちは辟易とするものを感じていた。

 一人でバスケをやって、試合を終わらせようとする。いくらそれが勝ちに一番近い方法だとしても、反感を覚えるのも無理はない。


 水木原のチームの熱意は明らかに、冷え切っていた。


 風治のフリースロー。ディフェンスもいない。一人だけの世界。

 風治は冷静沈着に、フリースローを決めた。


 15対18。3点差。


「ああ、もう、もう、もうっ……!!}


 水木原がボールを受け取りながらも、試合の残り時間を確認する。2分を切ってる。

 だったら、もう、わざわざ危険を冒してまで速攻する必要はない。


 ゆっくり、じっくりと、時間をかけて攻めればいい。


 水木原は苛立つ心を抑え込みながら進もうとする。雷華と暇木、手知も即興のゾーンプレスが一回限りでしか意味がないことを分かっているから、仕掛けてはこない。


(カスどもが、ラッキーパンチでいい気になってんじゃ……)


 ヌッと、水木原の正面に大きな影が覆いかぶさる。


 倫太郎が、水木原の進路をふさぐように立っていた。


「はっ。もう、スタミナ尽きてんのに、ようやるわ」


 さっきのゾーンプレスで、倫太郎が精魂尽き果てているのは分かっていた。ダンクまがいでのダッシュも、試合直後のスピードと比べてだいぶ落ちていることも分かっていた。

 体力がなくなった今、ただの物置でしかない。

 

 これまでと同様に、ステップであっさりと倫太郎の傍を通り抜けようとする。

 だから、倫太郎のディフェンスもこれまで通り余裕で抜かせると、水木原は確信していた。

 

 倫太郎の体が、水木原の視界を覆うまでは。


「っ……!?」


 あり得ない。水木原は動揺する。

 自分のスピードに、倫太郎が追いつくことなんて、試合中一度もなかったから。

 抜こうとすれば簡単に抜けられていたからだ。


「……」


 倫太郎は無言で、水木原を威圧する。


 もう二度と、抜かせはしないと。


「ふ、ふざけっ……」


 水木原はもう一度ステップをきかせ、抜こうとする。倫太郎の手が水木原の握るボールに触れる寸前まで近づき、水木原は慌ててそれを戻した。


「は、はぁっ……!? お、お前っ……ま、まさか、これまで、わざと、抜かせてっ……!?」


 そう考えないと理解が追いつかない。


「……」


 倫太郎はその問いに答えない。


 なぜなら。


 自分でも分からないからだ。


 なんで今、水木原を止められているのか。


 なんで今、限界なはずの体が、機敏な動きをできているのか。


 全く分からない。


 教えてほしいくらいだ。


 どうなっているんだ、俺の体は。


(俺の体、誰が動かしているんだ……?)


 そんなことさえ、倫太郎は思う。


 正直、水木原のドリブルについていけばいくほど、肉体が悲鳴を上げている。

 筋肉の繊維がブチブチと切れる音が聞こえてくるよう。誰かが勝手に、自分の肉体のリミットを外しているとしか考えられない。


 自分で自分を殺しているような感覚さえ覚える。


 それが、なぜか、倫太郎は、


 楽しかった。


「っ!」


 倫太郎はわずかに水木原の手元から浮いたボールを、叩いた。


「しまっ……!」


 倫太郎はこぼれたボールをすぐに取ろとする。だが、叩く力が強く、コート外まで出そうになる。


「うああああああっ!!!」


 倫太郎はダイブし、ボールを片手で必死にコート内に戻した。

 そのダイブの勢いが止まらず、倫太郎はコート外に倒れ込んだ。


 倫太郎のダイブで、見守っていた生徒たちが驚いたように身を引く。ボールは雷華の手元に戻る。風治にパスを渡そうとするが、相手のディフェンスの方が速いことを見抜き、雷華が自らシュートを放った。

 雷華が静かに拳を握る。シュートが決まり、 17対18。とうとう、1点差に迫った。歓声がより一層、一層と大きくなる。


 試合は続いている。倫太郎は、一度倒れ込んだまま、立ち上がれない。

 周囲が、ざわざわと騒ぎ始めている。誰かが、保健室の先生を、呼ぼうとしている。それくらい、どうしようもない状態のように見られているのかと、倫太郎は変に冷静になる。


 分かってる。立ち上がらなければならないことなんて、分かってる。

 だが、一度足を止め倒れ込んでしまい、肉体が”休んでもいい状態”なのだと脳が錯覚していた。


 地面は冷たく、頬がひんやりとする。


 気持ちがいい。心地がいい。


 ずっとこのまま、寝そべってしまいたくて――


 

 

「頑張れっ!」

 

 


 ハッと、倫太郎は顔を上げた。肉体の、精神の限界を超えた反射速度だった。


「あともうちょいだぜ、頑張んな!」


 かなたが膝を抱えながら、おどけた微笑をたたえ、つぶらな瞳で自分を見つめている。

 鼻に詰め物をしていてもなお、その鼻は小さくこぶりで、それすら可愛くさえ見えてしまう。


「勝つんだろ?」


 幻覚だと思った。都合の良い夢だと思った。

 でも、これが現実だと倫太郎は理解していた。


 こういう時、かなたは、倫太郎の背中を押す。


 決まっていつもそうだ。自分を一歩前に踏み出そうとしてくれる。


 そんなにコスプレ喫茶が怖いなら、無理していかなくていい。

 そんなに人が怖いなら、無理して掃除のバイトに行かなくてもいい。

 そんなに球技大会が嫌なら、無理して参加しなくてもいい。


 そんなこと、一度たりとも言わない。


 疲れただろ? もう十分頑張ったんだから、もういいよ。そのまま、倒れたままでいいよ。


 だなんて、言う訳が、ない。


 倫太郎は起き上がった。周囲の生徒たちがやおら驚く。試合の笛を握る白宮は、倒れ込む倫太郎を無視して進めようとしている。


「ありがとう、ございます……」


 倫太郎は、かなたにそう言い残して、コートへと戻って行った。


 かなたの近くにいたクラスメートは、恐る恐るかなたに声をかけた。


「……あ、あの人の表情、なんか、こ、怖く、なかった……? 真剣な顔、なのは分かってるんだけど、わ、私、が、頑張ってって、声をかけるのも、無理だった……」


 かなたは笑い飛ばす。


「怖くなんかないよ。だって」


 倫太郎の大きくて広い背中を見ながら、かなたは言うのだった。


「かっこいいじゃん。スポーツする人って」

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