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初めてできた友達は、小さくて可愛いコスプレ好きなオタクの女子高生でした。  作者: 安田いこん
第三章 198センチの陰キャオタク君が球技大会で頑張る話
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第62話 全力で走れ


『暇木君、手知君は、ボールをもらったらすぐにパスを回してほしい』

 

 試合前、暇木と手知が倫太郎に言われた作戦はシンプルだった。

 

『ボールは、俺と、風治君が、運ぶ』


「手知君!」


 倫太郎の声と共に、ボールがワンバウンドで送られてくる。弾道が低いから、運動神経が悪くても両手で抱えてキャッチまではかろうじてできる。

 

(つ、次は……! あ、あの、常鞘って人に、投げれば……)


 手知は雷華と目が合い、すぐさまパスを出す。雷華はそれを取って、ドリブルで突破しようとする。が、前を遮られ、倫太郎にパスを回す。


 そうしたら今度はまた手知にパスが回ってきた。


「うおおっ……」


 目まぐるしく展開が周り、スピードが速い。それでも自分がやる仕事は決められている。とにかく、パスを出せばいい。

 自分と同じように運動神経が悪く、フリーになっている暇木に手知は「えいっ!」とパスを出す。暇木も慌てた様子でボールを受け取るが、


「ど、ど、どこにっ……だせばっ……!」


 慌ててしまい、パスを出せる場所が分からなくなってしまった。


(み、ミスったっ……! ど、どうしよう、や、やばい、ぼ、ボールが、と、取られっ……!)


「暇木君!」


 倫太郎が手を広げてアピールをする。そこに向かって暇木は高くボールを投げる。


『どこにもパスを回せなかったら、お、俺がいるところに、ボールをぽーんと、あげて、欲しい。絶対に、とる、から』


「っし!」


 倫太郎はボールを掴んだ。倫太郎は今、ゴール近くに陣取っている。そこから四人にどこからでもパスが出せる位置だ。ディフェンスは暇木、手知にすら油断ができない状況に陥らされていた。


「ふ、ふぅぅっ……」


 自分のプレーで攻撃が途切れずに済んで、暇木はひとまずほっとする。


(た、体育の授業っていっつも、足を引っ張って、怒られて、嫌だったのに……)


 倫太郎がつかさずフォローに入ってくれる。自分のミスをカバーしてくれる。

 頼れる人がいるだけで、過酷だった試合が途端に楽になった。


「暇木君! ナイスパスっ!」


 それに、倫太郎が大きな声で自分をほめてくれる。それが単純に、嬉しい。

 自分が試合に参加できているということを実感できる。


(体育の授業で、き、嫌いだったのは、ほ、褒めてくれなかったから……運動部の人とか、ミス、すると……)


「おい! 簡単にパスさせんな! 動けよお前!」


 水木原はパスを通させた味方の選手に怒鳴る。怒鳴られた選手も怒鳴られ慣れているのか「わかってるわ!」とこれも強い語気で返す。


(あ、ああやって……怖い声で、言われるから……。運動部って、デカい声を出すのが当たり前って感じで……僕と手知みたいなもやしっ子は、それが嫌だった……)


 手知もまた、暇木と同じ感情を抱いていた。


(褒めてくれるの、嬉しいな……。釘矢って人、見るからに体育会系っぽくて最初めちゃくちゃ怖かったけど……褒め上手な人で、安心した……。あとなんか、こう……空気感が、ぼ、僕と、似てるっていうか……)


 手知と暇木は同時に思う。


((同じオタクのオーラ出してて、親近感湧くんだよね……))


 試合前、水木原のチームは暇木や手知はいないものとして考えていた。簡単にボールを奪えるし、どうせ試合中にへこたれてへばるだろうと。


 だが、二人は試合の中で役割を持たされ、それをしっかりと果たしていた。

 どんなにパスが苦手でも、倫太郎はその高い背丈でキャッチして、二人の仕事に意味を持たせた。

 だから、二人にディフェンスを割かなければならなくなる。


 必然的に――複数名ディフェンスを張られていた風治に、余裕が生まれる。


『あの雑魚は、ディフェンスが付いてるとシュート全然決まらないから』


 そう試合前に水木原が言っていた言葉を、言い換えるならば、


(フリーになったらシュートは入るんだよぉ!)


 風治が心の中で叫ぶ。倫太郎がディフェンスをおびき寄せ、誰もディフェンスがいなくなった風治に鋭いパスを出した。

 バスケ経験者とあって、倫太郎の速いパスにも対応できる。パスを受け取り風治は、幾度となく体育館で一人練習してきたシュートを、決める。


(よし、よし、よしっ……! シュートが入るっ……)


 ガッツポーズをしたい欲求にかられるが、それを我慢しようとした。


(でも、フリーでしか入らないって、マジで情けねえし……)


 水木原の言葉が思い起こされる。ディフェンスがいないとシュートが入らないだなんて、役立たずのシューターでしかない。

 それが分かっているから、分からされてきたから、風治は抑え込もうとする。

 こんなんで嬉しがって、なんの意味があるのだと。


「ふ、風治君、やったね! ナイスシュートっ!」


 走り回ってテンションが上がっているのか、いつにない溌溂とした声を出しながら倫太郎から手を差し伸べられる。

 

「……どうも」


 風治は倫太郎の手を叩いた。


(あー、もう……タッチするとか、これじゃあ、俺がはしゃいでるようにしか見えねえだろ……)


 大きな観客の声が聞こえてくる。

 聴き知った声。卓球部の部員たちだった。

 

「風治、お前フォームめっちゃきれいじゃね!?」「さすが元バスケ部じゃん!!!」「いけー! 我ら卓球部の同志ー!」

「お前の凄いところ見せたれー!」


(っ……あ、あいつら……)


 バスケから離れたコンプレックスを抱え、風治は普段から部員たちと距離を置いてしまっていた。

 自分でも情けないと思っている。バスケよりも卓球の方がレベルが低いんじゃないかとすら勝手に自分で線引きしてしまっていた。

 その卓球部の部員たちから、エールを送られている。


(ああ、もうっ……勝つしかなくなっちまったじゃねえかよっ……)

 

「釘矢! 相手のオフェンス、左に寄ってるぞー!」

 

 多車からの声が聞こえる。風治と声掛けをして、状況を確認するのが一歩遅れかけていた。

 そこをつかさず多車からのフォローが入る。


「ありがとう!」


 相手は多車の言う通りの陣形になっていた。倫太郎は水木原が通したかったであろうパスコースを徹底的につぶそうとする。

 

(よし、いいリズムで試合が進んでいる。8対10。ボールを奪われて2点差で負けてるけど、悪い流れじゃない。このまま相手の攻撃を遅延させて前半を終わらせて……)


「とか思ってんじゃねえだろうな」


 瞬間、水木原が倫太郎を鮮やかに抜いた。

 

「誰がお前のディフェンスに構ってやるかよ!」


 水木原は猛然とゴール下へと向かおうとする。


「うおおおおお!!」「おあああああ!!」


 それを暇木と手知が一斉になって止めようとする。


「キモ」


 水木原は舌打ちをしながら味方にパスをする。

 そのまま味方がシュートしようとして、


「バカ! 戻せ!」


 いつの間にか反対側に走っていた水木原が叫び、パスを出させる。


(しまった! 3ポイントラインの外にいやがる!)


 風治は慌ててガードしようとするが、だが、間に合わない。倫太郎も水木原の素早い動きに一歩遅れてしまっている。


(お前らには出来ねえだろうな、3ポイントシュートなんてよ! これで5点差だ!)


 水木原はボールが手元まで届くのを目で追い、そのまま即座にシュートを打とうと構えていて――


 ボン。


 急にボールが急角度で曲がった。


「は?」


 ボールが転々と転がって、外に出る。3ポイントシュートのチャンスが無為に終わった。


「……バスケのルールってよくわからないけど、グーでボール殴ってもいいんだよな?」


 突き指をしたくない、ただその一心でパスをグーで叩き落とした雷華は、平然とした顔で風治に確認する。


「い、いや、それは良いんだけど……お前……さっきまで、違うところにいただろ……。なんでそこにいるんだよ……」


「……なんとなく」


「なんとなくぅ!?」


 風治は感覚的すぎる雷華の回答に素っ頓狂な声を上げた。


 雷華は好き勝手にフィールドを動き回る。それがあまりにもバスケの試合の流れに、常識に反しているから、誰の視界にも入らない。

 

 唯一視界に入るのは、倫太郎のみ。

 

「常鞘君! ナイスプレーだよ!」


 雷華がディフェンス中に勝手に動いて穴が生まれても、倫太郎がすぐさまカバーに入る。

 オフェンス中でも自由に動き回るから、相手からしてみれば急にどこからともなく雷華が現れ、そこに倫太郎がパスを出す。

 雷華の自由が許されるのも、雷華が奇襲できるのも、全部倫太郎がカバーしているから。


「そういう感じでどんどん走り回ってもらって大丈夫! いい感じに相手のチームかく乱できてるよ!」


「わかった」


 倫太郎とハイタッチする雷華は、平然とした顔を浮かべている。

 自由なプレーが許されているのは倫太郎の献身的なプレーがあってのこそ。

 それを分かっていないで、そんな当たり前みたいな表情をしているのか。

 あるいは、それを分かっていて、その表情なのか。

 

「ま、まぁ……そ、それで、釘矢が良いって言うのなら……」


 風治は半ば呆れながらも納得せざるを得ない。

 倫太郎と雷華の間に、妙な信頼関係があったから。

  

(つっても、釘矢……だいぶ走り回りすぎてて、体力もう尽きかけじゃないのか……?)


 結局、前半最後のプレーを倫太郎のカバーもありシュートを決めさせなかった。

 前半が終わって8対10。前評判と比べて、大健闘だった。

 

「よーしよしよし! めっちゃいいよみんな! すげえ! やれてんじゃん!」

 

 多車は5人を出迎える。試合に出れない分、とにかくみんなに声をかけて盛り上げようと声を張る。


「あ、ありがとう……多車君」


「いや、釘矢お前凄いじゃん! あんな走り回れるんだな! すげえスタミナあんじゃん! まあ一回休め! ここ座って座って!」


 多車は倫太郎の肩をバンバンとたたきながら誘導するが、


「あ、はは、あ、ありがとう……でも、だ、大丈夫」


 倫太郎はそれを断る。


(やばい、今ここで、座ると……二度と、立ち上がれなくなりそう)


『倫太郎! 手を置くな! ラグビーの試合で疲れてるって相手に思われたら負けだぞ!』


 七馬の声が脳裏によみがえり、倫太郎は苦笑いしながら手を頭に置いた。


(冗談じゃなく、きつい……。後半、絶対途中でぶっ倒れるかも……。まあでも、いいや。どうなったって。やり続けるしかないんだから。走って走って、走り切るだけだ)


「なんかお前余裕そうじゃん! 次の後半戦、絶対逆転しろよな!」


「う、うん!」


 多車の誉め言葉を倫太郎は冷静に受け止めながら、味方選手の様子を見やる。

 

 風治は無理なパスを強いたせいか、肩で呼吸をしている。

 雷華は慣れない運動で、何度も汗をぬぐっていた。

 暇木、手知たちも、尻餅をつくように床に座り込んでしまっている。


 自分だけが体力を浪費するだけならよかった。ただ、自分が全力で動いてしまう分、味方もそれに合わせて動いてしまっていることに倫太郎は気が付く。

 前半から飛ばしすぎたかもしれない。


「あ、あの、暇木、君。手知、君……ど、どう? 後半、いけそう……?」


 へたり込んで疲れ果てている二人に倫太郎は声をかける。二人は「ち、ちょっと……」「う、動けなくてぇ……疲れちゃってぇ……」とか細い声で弱音を吐いている。


 そんな姿を見て倫太郎は――二人が試合の合間にスマホで観ていたであろうゲーム実況の画面を思い出す。

 確かあれって……


「……わ、わにぱー」


 倫太郎は突拍子もない声を出した。

 

「「っ!??!?!!?」」


 二人は目を丸くして思わず立ち上がった。


「え、えっ……えぇ!? し、知ってるの釘矢君!?」「お、おれ、俺ら、す、好きな、ぶ、Vtuverのっ……!」


「あ、あの……そ、その実況主の人……Vtuberの人、だよね……。て、テンセグの実況とかガチャ実況して、その、切り抜きで知ってて……な、なんというか独特な人っていうか……」


 倫太郎はテンセグの実況動画も切り抜きだけではあるが見たことはある。その中で特徴的な髪の毛の色と服装をしたVtuberがテンセグの実況をしていたことは知っていた。

 そのVtuberと、二人が観ていた実況主が同じように見えていたから、一か八かであいさつの口上を言ってみた。


「そ、そうそうそう! ガチャ運がなくて不憫なところとか面白くてぇ!」「個別ストーリーのセリフ一つだけで一時間くらい語ってるやべー人でぇ!」

「「知ってるんだぁ! 釘矢君!」」

 

 大正解だった。まさか同志が近くにいるとは思わなかったのか、興奮で疲れた足をもろともせずに倫太郎にぐいぐいと迫っていく。


「き、切り抜きもいいけど本配信もぜひ見てほしくてぇ!」「歌もうまくて3Dライブも配信で無料で観れるからぜひ聞いてほしくてぇ!」


「う、うん! み、観るよ! こ、後半も……が、頑張ろうね!」


「まかせて!」「やってやるよぉ!」


 2人は一気にやる気が上がってきた。この調子ならきっと後半戦もしっかりと走り切ってくれそうだ、と倫太郎は”オタク”の力を信じることにした。

 

(わかるよ、わかる……。同じオタクの趣味を持っている人がいたら、テンション上がるよね……。俺も、コスプレ喫茶で同じ気持ちを持ったから……)

 

 ふと、倫太郎は雷華の方を見る。何度何度もタオルで顔をぬぐっている。陸上部で運動の経験はあるとはいえ、目まぐるしく攻守が入れ替わるスピーディーな展開で体力を根こそぎ奪われている様子だ。


「つ、常鞘君」


「……なんだよ」


 倫太郎が声をかけるも、雷華はいつもよりもそっけない態度をとる。

 倫太郎の返事に応えるための気力もなくなってきているのだろう。


(こういう時、七馬先輩だったらなんて声をかけただろうか……)


 上級生に対しても堂々とした口調でズバズバと言っていたことを思い出す。

 七馬が、上級生に言っていたような言葉は、どんなものだっただろうか……倫太郎は思い返して、頭に浮かんできた言葉を、そのまま雷華に、ぶつけた。


「……まだ、走れるよね?」

 

「お、おまえっ……」


 雷華は抱えていたタオルで、自分の膝をひっぱたく。


「……言うように、なったじゃねえか……この野郎がよぉ……」

 

 倫太郎に舐められたようなことを言われ、雷華はキレた。これ以上舐めた口を聞かねえように徹底的に走り回ってやる、と雷華は醒めた目で倫太郎を睨んだ。

 よかった、元気が出たみたいだ……、と倫太郎はホッとする。


 最後に……風治だ。

 

 ぜえはあと、息を吸って吐いている。足だけではなく、シュートを何本も打って腕にも疲労がたまり、膝に手をついてしまっていた。


「……ふ、風治君」


「な、なんだよ……」


「……飴川さん、こっち、見てるよ」


「ええ!?」


 倫太郎が目線を送る先に、飴川は確かにいた。友達を多く引き連れて、倫太郎のチームの方を確かに向いている。


「頑張れー! D組―!」


 雫の元気いっぱいの声に、周りのクラスメートたちもそれに乗じて応援し始める。


「前半の途中くらいから、飴川さんが来てて、ずっと、応援してくれて――」 


「っしゃあぁぁ!!! やるぞやるぞやるぞやるぞ!!! 釘矢! ぜってえ勝つぞ! ぜってえ、勝つ!!!」


 卓球部の部員に応援されていた時よりも、雫の声援を聞いた今の方が何倍も何十倍もやる気が出てしまっているのはご愛敬と言うべきか。倫太郎は(まあ、元気が出たならいいかな……)と思いながらも、雫に目線を送って「応援、ありがとうございます」と頭を下げる。雫も倫太郎のしぐさに気が付いて、より一層大きくぶんぶんと手を振る。


(よかった、元気が出てくれた)


 安心する倫太郎。

 

 だが、倫太郎は試合中、ずっと気になっていたことがあった。

 それを気にしてしまうと試合に集中できないから、どうにかして頭から離れさせるようにしていた。

 でも、今、この休憩時間で考える時間が生まれてしまい、どうしてもその心配事が頭に浮かんでしまう。


(鈴木さん……は、どこに、いるんだろう。保健室かな……)


 雫の存在に気が付いていたのも、そこにかなたが近くにいるのではないかと思っていたからだ。

 だが、かなたの姿は見えない。


 救急車を呼んだ方がいい怪我なのかもしれないだとか、保健室でちゃんと治療ができるような設備が整えられているか心配だとか、かなたが痛みで苦しんでいないだろうかとか、全部のことを考えてしまう。


「おい、試合始まるぞー!」


 ぽん、と多車に肩を叩かれ我に返る。もう四人はすでにコートの中に入っていて、自分が来るのを待ってくれていた。


「おーい、何してんだよ釘矢! 時間だぞー!」「はよこい」「が、頑張ろうねっ……」「ぼ、僕、必死に走るからっ……」


「あ、う、うん!」


「よっしゃ、いってこーい!」


 多車に見送られながら、倫太郎はコートに足を踏み入れる。

 待ってくれている四人の顔を、倫太郎は見る。

 

(……この人たちのために、頑張りたいな……)

 

 倫太郎は不思議な感覚に包まれた。


(なんだろう、この、感覚。スポーツをやって、初めて感じた……)


 倫太郎の顔に困惑が広がる。胸に仄かに灯るぬくもりが、試合開始からずっと張りつめていた緊張の糸を優しく解く。

 

「いいぞー! 頑張れー!!」


 緊張が僅かに薄れ、周囲に声が聞こえる。

 それは、声援だった。

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