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初めてできた友達は、小さくて可愛いコスプレ好きなオタクの女子高生でした。  作者: 安田いこん
第三章 198センチの陰キャオタク君が球技大会で頑張る話
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第58話 がんばれー

「あー、もう無理無理。終わり終わり」


 風治のヤケクソになった声が虚しく響く。

 2試合目、3試合目と、倫太郎のチームは無得点のまま敗北した。

 白宮の笛によって倫太郎が思う通りにプレーできないのは相変わらずで、それに輪をかけるように風治がディフェンスがいる状態で無理に3P決めようとして失敗し続け、多車も走り回った結果疲れからかパスミスが目立つようになり、暇木と手知はミスが怖くて立ち尽くすという、最初の試合からむしろ悪化している。

 バケモノがいたら無敵じゃん、という前評判虚しく、最速で予選敗退が決まった。


 予選最後の試合は、あの水木原が相手になる。倫太郎にダンクが許される代わりに、体育の授業であそこまでコテンパンにやられていると、ダンクの有無だけで試合が有利に動くとは到底思えない。


 さらに、バスケのチームは運動神経が良い奴で集めているらしい。

 テニス部、バレー部、野球部、サッカー部の実力者で揃えているらしい。当然ここまで予選全勝で波に乗り、そこに水木原が入ればもはや無敵。


 そんな中、さらに絶望的なのが――


「……ごめん、ちょっと保健室行くわ」


 試合が終わる直前で多車は、なんとか1点でもと決死のドリブルをして、足をくじいて大きく転けてしまったのだ。


「だ、大丈夫……!?」


「大丈夫、ちょっとアイシングすればいいから」


 そう言って多車は保健室に行こうとする。


「そのまま棄権したほうがいいんじゃねえの」


 不貞腐れた風治が言う。風治からしても、次の試合にまるで勝ち目がない。やるだけ無駄だ、と一方的に決めつける物言いに多車は怒鳴りそうになるが……


「……うるせえよ」


 そう言い返すので精一杯だった。


 これで試合の中で1番走れていた多車の調子が崩れれば、いよいよ本当に水木原との試合が虐殺の様相を呈していくる。

 

「やってらんね、まじで」


 風治はひねくれたようにどっかに行ってしまった。暇木と手知は諦めたように二人で体育館の隅に座ってスマホを見ている。ゲームの配信でも見ているのだろうか。


「……どうしよう」


 倫太郎はもう、それしかいえなくなってしまった。



 ◇◇◇


 

 一方その頃、雷華は。


「……」


 一人で教室に残っていた。

 制服姿のまま、いつも通りの格好で。

 

 外からは球技大会の楽しげな声が窓を貫通して教室の中に漏れる。雷華以外にも吹奏楽部で参加を見送った生徒もいるが、全員が応援のために外に出ていた。1年生の教室で堂々と残っているのは雷華だけだ。


 その雷華はイヤホンをつけながら本を読んでいた。聴いていたのは、声楽の講師から紹介されたオペラ『道化師』。

 時折一時停止や巻き戻ししながら、対訳本を片手に、名曲オペラをじっくり堪能するように味わっていた。


 最後まで聴き終わった雷華はイヤホンを外し、深く、深く息を吐いた。

 

「なんだこれ……」


 雷華は呆然としたように声を漏らした。

 

「すごいな……オペラってここまでやっていいのか……」


 後半、出てくる人物全員が感情を爆発させている。混沌とした最中、道化師を演じていたのが本当に演者を殺し、取り押さえられそうになって「これで喜劇は終わりです」と観客に向かって言って幕が下りる。

 

 現実主義というオペラで、叫ぶような声で歌う。激しく、怒鳴っているような。


「こんなん歌ってたら、喉死ぬだろ」


 感情か……と雷華は一人思う。


 道化師を貸してくれた講師から雷華は最近「感情が豊かになりましたね」と言われたことがある。

 全く意識していなかったが、歌い方が変わってきたのだという。

 これまではどこか冷たさがあった。それが変わって、感情的になったと。

 現実主義と呼ばれるオペラを与えたのも、それが所以かと雷華は講師の思いに馳せる。


「あいつ、もう少し感情的になればいいのに」


 水木原に言われた時も、怒鳴り返せばよかったんだ。

 感情を抑えたままだと、いつか爆発する。

 それこそ今聞いた、道化師のように。


「まあ……当分無理か」


 自販機で水でも買うか、と雷華は教室を出る。この高校で雷華が唯一気に入っているのは、好みのミネラルウォーターが売られていることだ。それ以外ない。


 運動なんて陸上だけで十分。ボールを扱う競技なんて、ピアノ趣味にしている自分にとっては無駄だと断じる。


「スポーツってそもそも何が面白いのかもわからない」


 倫太郎の試合が気にならないといえば嘘になる。ただ、結局自分は傍観者でしかないことも自覚していた。オペラの観客のように純粋に創作を楽しむ立場でしか観ることの意義を知らず、勝敗を決する舞台で自分がどんな声をかけたらいいのかもわからない。

 がんばれ、だなんて当たり前のことを言われても鬱陶しいだけだろう。

 だから雷華は、朝のHRで一言だけ倫太郎に「バカなこと考えるな。普通にやれ、普通に」とだけ声をかけた。それに倫太郎は雷華に応援された嬉しさで「うん」と答えた。


(それ以外、何も自分がすることも、できることもない)


 校舎の廊下の窓が空いていた。そこから校庭を見下せば、ドッチボールの試合が観れる。

 雷華は覗こうともしないでそのまま素通りしようとしていた。


 だが、ある声が聞こえて思わず立ち止まった。


「うるさ」

 

 やかましい声だった。

 雷華は声の主を察しながらも、窓から顔を覗かせる、

 室内にいたから外の暑い日差しが顔に当たって目をしかめた。


「……やっばあいつか」

 

 ドッチボールの試合で、一方のチームがあと1人という危機的状況の最中、残った唯一の生徒がひたすらボールから逃げ惑っていた。


 うおおお!! とか、おらああ!! とか叫んでいる。

 避けるたびに味方からの大きな歓声が沸く。がんばれ、がんばれ!! と男子女子からの熱い声が響き渡っている。


 その小さな生徒は、かなただった。


「……あいつみたいに体小さいと、本当にちょこまかと逃げられるもんだな」


 またボールを避ける。そのたびに大歓声。


「………………」


 その歓声に雷華は思わず、乗った。


「がんばれー」


 小さな声で、別にかなたに届かせようとしたわけではない。ライブのあの掛け声のように、かなたを奮い立たせることを目的としていない。

 単純に、自己満足でしかない。


(……何やってんだ、俺)


 届かない声援、というまるで意味のない行為をなぜしようとしたのか、雷華は自分に呆れる。


 そして、ある男子にボールが渡った。

 その男子に、雷華は見覚えがあった。水木原だ。

 

「……あ」

 

 水木原は、ボールを振りかぶって、かなたに投げつけ――


「……」


 そこからの一部始終を、雷華は校舎の窓から見ていた。

 その"騒ぎ"がひと段落するまで、雷華は目を離すことができなかった。


 雷華は窓のサッシに手をかけながら、強く握っていたことに気がついた。手のひらが一本の線で赤くなっていた。バツが悪そうにしながら手を離す。


 どこか感情的になる自分がいた。


『君は最近感情的になりましたね』


 講師の言葉を思い出す。

 

 自分が感情的になったのは、気弱なくせして度胸は人一倍ある倫太郎のせいで、無害そうな顔して友達のためなら途端に押しが強くなる雫のせいで、そして――


(あいつらに変に影響されやがって、俺)


 この感情の行き場のなさを覚える。

 何をしたらこの感情は晴らせる?

 ヤジでも飛ばしてみるか。そんなみっともない真似できるか。

 なら、俺は、この感情をどう処理すれば――


「あ……常鞘じゃん」


 廊下の先に誰かがいた。

 多車だ。

 雷華は驚いた。

 多車の右足首が、包帯で巻かれていたから。


「やっちまった、怪我しちまった。捻挫」


 松葉杖をついて、不自由そうに歩いていた。

 その多車の様子に、雷華はいつになく感傷的な言葉を投げかける。


「……よかったな、大事な大会前じゃなくて」


「あはは、そうだな……え、もしかして常鞘俺のこと心配してくれてる!? 奇跡!?」


「バランス良くするために今から左足も捻挫させてやろうか」


「ごめんごめん!」


(……常鞘って、最初に会ったころよりかは感情が柔らかくなったよな。これまでは近づこうとするのも、話しかけようとするのも、ちょっと勇気がいたし)


「……で、お前、どうするんだ、バスケの試合。この時間だったら……予選最後の試合だろ」


「あ、あー、え、えっと……俺、こんな状態になっちゃって……もー、本当に情けなさすぎる」


 雷華の方から多車に近づく。多車は反射的に表情を見られたくなくて思わず手で顔を覆った。


「まじでさー……なんで次の試合が水木原とだってのに」

 

 水木原、という名前を聞いて雷華は思わず反応する。


「次の対戦相手、そいつらのクラスか」

 

「おう……これまで全敗で流れやばいのに、それでなんで俺怪我してんだろ。バカらしくて、嫌になる……」


「……別にお前が怪我したくてしたわけじゃないだろ」


「あったりまえだろ! あ、すまん、怒鳴って……」


「それはどうでも良い。それで……次の試合は代わりのやつ考えてるのか」


 あれ? 俺今なんでこんなこと問うたんだ? と雷華は自問自答する。


「そ、それなんだけど……ソフトボールとドッチボールも試合の時間と丸かぶりで、代わりがいなくて……」


「……そうか」


「でも、し、しょうがないっていうか……その、お、俺、他のクラスの陸上部のやつに代わりに出てもらえないかって聞いてみる! そんな特例処置ができるかは実行委員に聞かなきゃだけど、でも……ほら、最悪勝ちを目指してもらわなくてもいいっていうか、ただ試合を成立させて欲しいって言うか……さ!」


「多車。お前の代わりのことなんだが……」


 雷華は、自分がこれから何を言おうとしているのかをちゃんと自覚していた。無意識だとか適当に口から出たわけではない。

 本心で言おうとしている。


 だからこそ困惑している。

 俺は本気でこんなことを言おうとしているのか?

 なんで?

 なんのために?


 わからない。

 意味が不明すぎる。


 でも。


 だとしても。


 雷華は、頭に浮かんできた言葉を有耶無耶にすることは、できなかった。


 感情的な自分に皮肉的に笑いながら、多車に言うのだった。

 

「次の試合――」


 ◇◇◇


 


「あー、もう、むしゃくしゃする」


 男子トイレで顔を洗いながら、風治は今日一日中ずっと不機嫌だった。


(デクの棒のあいつは役立たずだし、多車は生意気にリーダー気取ってるし、オタク2人はくねくねしてて気持ち悪いし……)


 本来やりたかったことが全然できてない。俺はもっと、バスケの経験を活かして、大会で注目を集めて――


「お、中学でバスケ辞めた雑魚いるじゃん」


「っ!」


 男子トイレに、水木原がやってきた。つい先ほどドッチボールの試合が終わったところなのだろうか、勝ち誇った満足そうな顔を浮かべている。水木原のクラスは特に運動神経がいい生徒が集まっていて、そのうちの1人である水木原はさぞかし活躍したのだろうと思うと風治は苛立つ。


「……」


 風治は水木原を無視して横を通り過ぎようとする。


「お前、ディフェンスがいねえとシュート入らねえのまだ治んねえのかよ」


「なっ……!?」


 けらけらと水木原が挑発的に笑う。

 水木原と風治は同じ中学だった。だから水木原は風治の致命的な欠点をよく知っていたし、その理由も、高校でバスケをしなかった理由も分かっていた。

 分かっていて、水木原は嗤う。


「ディフェンスで押されて転げて、靭帯痛めたのまだ気にしてんの? お前の自滅のくせに」


「……っ!」


 感情的になった風治は殴りかかろうとして――


「おっ?」


 水木原にいとも簡単にその拳が交わされた。


「何してんの? ねえ、雑魚が俺に何しようとしてんの? ねえ、教えてよ、ねえ」


 水木原は風治に詰め寄る。自分に非がある以上、強く出れない。


「お前がバスケ続けなくてホッとしたよ。バスケの才能がないくせに惨めに練習するの、見てて腹立つ。お前知ってんのか? お前が怪我した試合、監督が『風治くんは毎日頑張ってるから1分だけでも試合に出してあげたい』からだったんだそ? 中学の部活引退してから監督と食事行った時にそう言ってたわ。結局そのあとディフェンスが怖くてまともに試合にも出れなくなったし。で、監督後悔してたぜ、お前を温情で試合に出したこと。『私が期待しすぎたのが悪かったのかなぁ』つってな! お前、中学でバスケ辞めてよかったなあ。お前のせいで傷つく人間、1人くらいはいなくて済むようになったからよぉ」


 サディストの目で水木原は風治を詰る。それに風治は何も言い返すことができない。

 負けているから。バスケの才能も、言葉の強さも、性格の強さも、何もかもが。

 中学の頃から自分を挑発させるような物言いをして、言い返そうとしても捲し立てられて反論する余裕すら与えない。たとえ非がない状況であっても、その口八丁手八丁で逆にこっちが頭を下げなければならなくなる。


(お前みたいなのがいるバスケ部になんて入りたくねえから辞めたんだよ)


 ……と、言えたらどれだけよかっただろうか。仮にそれを言えたとして、その2倍も3倍も水木原の小馬鹿にした反論で捲し立てられ、結局負ける。

 論破される。


「お前、そういえば次のバスケの試合出るんだっけ。ま、かわいそうだけど頑張れよ、せいぜい」


 それだけ言い残して、水木原はトイレから出て行った。元々用を足すのが目的ではなかった。

 風治を嘲笑するのが目的だったのだ。遊び感覚で言い負かすだけ。小さい虫を気まぐれに踏み潰すような感覚でしかない。


「……っち。死にてえ、まじて」


 水木原に言われた言葉は散々頭の中で反芻してした。言われなくても知ってる。ちゃんと死にたいって思うくらいには落ち込んだし、ちゃんと絶望した。

 そこから割り切ったつもりだった。

 それでも、この球技大会は――バスケ部が出られない試合なら、少しでもこれまでの努力が報われると思った。


 バスケだけじゃない。そもそもとしてのスポーツ才能がないのは自分でも知ってる。スタミナもないし、瞬発力もない。

 それでもシュートだけは自信があった。練習なら成功率は平均値よりかは高いかも、と自分でも思えるくらいには頑張った。


(……それも、試合でできなきゃ、意味ないけど。てか、監督マジでそんなこと思ってたんだ。後悔してたんだ、うわ、俺の被害妄想だと思ってたけどガチか。うわ、本気で死にたい、あー、もう、やだ、くそが)


 全てを水木原に見透かされた気持ちになる。それでも一つだけ、バレていないことがあった。いや、もしかしたら見抜いているかもしれないけど、でも、まだ面とは言われていない。


「才能ないくせに、なんで俺が中学までバスケやってきたのかっていう、理由……」


 とっても単純で、水木原が知ったら大声で腹を抱えて嗤うだろうこと。

 でも、風治にとってはそれは本気の気持ちだった。


 スポーツなんていう、辛くてしんどいだけのことをする理由なんて、一つしかないだろう。


「……次の試合、どうすっかなぁ……。多車が生きてれば……いやどうやって水木原を抜かすか……くそ、わかんねぇ。無理ゲーすぎる」

 

 風治はぶつぶつと呟きながらトイレを出て、体育館に戻ろうとする。

 

(というか釘矢、あそこまで弱気な奴だとは思わなかった。てっきり白宮の笛にむかついて暴れまわるものかと……)

 

 でも、次の試合でいっそのこと暴れてしまって、水木原をそれこそ再起不能なまでに殺人タックルしてくれたらいいのにな、と毒づく。


 その道すがら、通り過ぎる体育館倉庫の裏に――風治は咄嗟に1人の男子と1人の女子が、人気のないところで何か話こんでいるのに気がついた。

 最初は、ああ、ただのカップルか、クソくらえ、とくらいしか思ってなかった。


 だが、その女子が――風治がスポーツをやる唯一の理由である飴川雫だったから、振り返らずにいられなかった。


 そして、風治の目が雫の隣にいる男子に向いて、愕然とする。


「な、なんで……飴川の隣に、お前が……釘矢がいるんだよっ……!」

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