第57話 スポーツってなにが面白んだろう
白宮が倫太郎にファウルを宣告する。
思わず多車が抗議した。
「どこが!?」
あきらかに相手から倒れたようにしか見えなかったし、倒れた選手でさえもキョトンとしている。
「生徒の安全を考慮してのことだ」
そうとだけ白宮は言い切った。
当然であるかのように。生徒の怪我を防止するのが教師の役目だと言わんばかりに。堂々と、白々しく。
「あ、安全って……」
理不尽な判定に、多車は憤りを隠せない。
(……流石にひでぇな)
バスケ経験者の風治も、倫太郎や多車が気に入らないとはいえ、白宮の横暴すぎる判定には辟易としていた。
「よ、よっしゃ!」
倒された選手はミスプレーがファウルを誘ったファインプレーに変わり、ひとまず安心する。相手チームも自分たちに有利な判定である以上抗議をする必然性がない。
「あんなバケモンが本気出したらマジで怪我するから、これくらいの判定であるべきだよな」「怖いわ、死ぬぞあんなのにぶっ倒されたら」
むしろ当然だという空気すらあった。
「くそ、こんなんじゃ試合にならないっ……」
悔しがる多車をよそにフリースローを決められ、あっさりと先制された。
そのまま試合は相手ペースになる。倫太郎はパスをもらってもそこから動けない。動こうとすれば白宮に再び笛を吹くからだ。白宮は倫太郎をニヤニヤとした顔で見ている。
バスケ部に入らなかったこと後悔するんだな、と言わんばかりに。
「くっ……!」
やけっぱちでボールを放るが、ディフェンスをよけながらの無理のある姿勢ではシュートは決まらない。そのままリバウンドにもいけず、溢れたボールを相手に取られてしまう。
ディフェンスも、相手が接近してくるのをブロックしようとするも、そこでもまたファウルを取られてしまう。
もはや、倫太郎が接触しただけでファウル扱いだ。これではまともにディフェンスもできない。
白宮の笛により、倫太郎は何一つとしてバスケらしいプレーをさせてもらえなかった。
周りは「うわ、あいつ全然動けてないじゃん」「ただデカいだけ」「なんだ、がっかり」と笑っている。
そうこうするうちに前半が終わる。0対14という絶望的な状況。それでも多車は諦めずに、ハーフタイムの間に作戦を練り直す。
「こうなったら……お前の出番だろ! な!」
「……ふん」
倫太郎が白宮によって無効化されてしまっている状況で、カギになるのは風治だ。聞けば、中学はロングシュートが得意だったらしい。
「釘矢にパス渡すふりをして、お前にボール集める。そこでなんとかシュート決めよう! 3P入ったらまだ試合もわかんないからな!」
「……釘矢頼りにしてた癖に」
「あー……それは、その…………」
お前が非協力的な態度取るからだろ、と強く言おうとして多車は我慢する。
「……ごめん、別に風治を頼りにしてないわけじゃないんだ、だから、頼む」
「ふん」
風治は態度が悪いまま、どこか周りを気にするように視線を泳がせている。
(ふ、風治君、試合中ずっとコートの外見てたけど……どこ見てたんだろう)
倫太郎は風治が、何か事情があってプレーに集中できないのではないかと思っていた。でも、自分が今更それをいえない。活躍できてない、むしろ足を引っ張っているような自分が情けなくて、自分の意見を主張できない。
後半戦が始まっても、劣勢は続いた。
多車は俊足を活かし、なんとかドリブルでディフェンスを突破し、風治にパスをする。3ポイントが入る位置で、ここを決めれば試合の勝ち目はまだ見えるはずだ。
「……っく、くそ」
しかし、風治は自分に着くディフェンスの圧に押され、シュートを外した。なんてことない平凡なディフェンスのはずなのに。
「わ、わっ」
前半、ほとんどボールに触れるチャンスがほとんどなかった暇木は、転がったボールを取って、そこから混乱してしまっている。慌てて「手知ぃ!」と情けなく叫んてボールを渡すが、それがまるで爆弾を待たされたかのようにテンパってしまう。暇木も手知も、誰にどうやってパスを出せば良いのかわからない。だから結局手知はあらぬ方向にボールを投げてしまい、みすみす相手にボールを取られてしまった。
結果――試合は0対21。見るも無惨な大敗だった。
「まあ、まだ一回くらいは負けられるからさ! 切り替えていこう!」
多車はそうみんなに声をかける。
その一方で、倫太郎は肉体的にも、精神的に疲労していた。
(バスケって、走ってばっかりだ……ラグビーみたいに立ち止まる時間が全然、ない……)
ラグビーで運動の経験は確かにある。バスケには、ラグビーのように痛みを伴うようなコンタクトや、低い姿勢を強いられるようなプレーはない。
その代わりにオフェンスとディフェンスが目まぐるしく変わり、その度に走り回る。ラグビーに求められるものとはまるで違うスタミナに、倫太郎は早くも疲弊し切っていた。
さらに精神的なもの――周囲からの目線、理不尽な白宮に、感情的になる自分がいるのに倫太郎は気がつく。
それが怖い。
感情で、もしもそれが爆発してしまったら。
イライラで、人を突き倒すようなことをしてしまったら。それで人を怪我させたら。
水木原の噂が現実になる。
もしや水木原は、それを狙って――とまで考えてしまうと、倫太郎は頭がカーッとなってしまう。
(一回、頭冷やそう……)
人から離れるように、試合までしばらくの間一人になろうと、多車に一声だけかけてから体育館から離れた。
多車は「まあ、一回リフレッシュしたほうがいいな」と笑顔で返した。その笑顔が逆に苦しい。
トボトボと校舎内を歩きながら倫太郎は、グラウンドから聞こえる楽しそうな声を耳にする。
それを遠慮がちに遠くから、様子を覗いてみることにした。
グラウンドでは男子ソフトボールと男女ドッチボールが開催されている。
(確か、鈴木さんと飴川さんはドッチボール選択してたって聞いてたな……。予選リーグが異なるから、決勝で会おうって約束していたっけ)
ちょうどドッチボールの試合は、雫のクラスが戦っている所だった。
「いっくよー!」
体操服姿で思いっきりボールを投げる雫。主に男子達は雫の投げる姿に夢中になっているのか、投げるボールの速度は緩いのにスレスレで当たりそうになっている。
雫がボールを取るたびに、ジャンプするたびに、喜んで腕を胸元でキュッとするたびに、男子達は雫に釘付けになっているようだ。
体操服姿という軽装な姿で、雫のふっくらとした胸とすらりとした足、くびれの形状が露わになるのが男子達を夢中にさせるのだろう。
倫太郎は雫の体つきよりも、別のことに目がいっていた。
「みんなっ! 雫のこと守るよっ!」
相手の男子達の眼差しに勘付いている女子達は雫を守るように囲い、
「うおおお! 飴川さんにボールなんて当てさせねぇ!」
味方の男子達も雫にいいところを見せたいとばかりに張り切り、雫に向かうボールをファインプレーで止めたりしている。
雫という存在がチームに一体感を与えているようで、勢いそのままに試合に勝利していた。
その光景を見て、倫太郎は羨ましくなる。ああいう風に団結してできたらどれだけ良かっただろうか、と。
雫のように、クラスの人気者で、笑顔を振りまいて、みんなを団結させるような力が自分にもあればいいのに、と。
(そうすれば、俺も、球技大会を楽しく……)
「ちーっす」
「わっ!」
いきなり横から話しかけられた。誰かと思えば――
「さ、鈴木さん、驚かせないでくださいよ……」
「あっはは、ごめんごめーん」
かなただった。やはり同じく体操服姿で、半袖半ズボン。
普段の制服やメイド服、そしてライブのやんやのコスプレ姿とは違う魅力を倫太郎はかなたに覚えた。素肌が見え、服の分厚い生地の重みと、かなたの細い体が不思議なバランスで調和している。
そして先ほどまで試合をしていたのであろう汗ばんだかなたの汗の匂いと砂っぽい匂いが混じり合い、その和かな笑顔と相まって、元気に外を駆け回る女の子の愛らしさ、愛おしさを倫太郎は感じた。
近くにいるだけで、倫太郎は幸せを感じる。
「いやぁ、チビっていいね! 最後私一人になったけどボール避け捲りでこぼれたボールを外野にいた野球部の連中に渡したらそっから逆転した! おもしろかったー」
ちょこまかと逃げ回るかなたの様子を想像して、倫太郎はちょっと笑った。
おかげで、さっきの試合の鬱々とした気持ちが少し晴れる。
「どうよ、そっちの様子は」
「え、えっと……あ、あんまりって感じです」
「さよか」
倫太郎の沈んだ声でかなたは察する。
だから、それ以上倫太郎の気持ちを落ち込ませないよう、かなたなりに励まそうとした。
「まあ、楽しむのがいいんじゃねえかな!」
バン、と倫太郎の背中を元気つけるように叩く。
相変わらず硬い背中で、筋肉量がすごいなと毎回叩くたびに素直にかなたは驚く。
「あの」
「おん?」
かなたに背中を叩かれ、倫太郎は普段なら落ち込んだ気持ちが立ち直るところだった。
だが今日は、違った。
背中を叩かれた感覚が――七馬のことを、想起した。
七馬の夢を見たからか、その七馬が口に出していた言葉を倫太郎は思い出して、つい、言葉を漏らした。
「……スポーツの、楽しみって、なんだと思いますか」
言ってすぐ、倫太郎は後悔した。
なんでこんなこと言ってしまったんだ、と。
こんな、答えづらい質問を――
「気に入らねえ奴ぶっ倒すこと!」
かなたは即答した。倫太郎はキョトンとする。
「最後一人になったドちびな私に舐め腐った顔で相手するチームを負かすのは気持ちいいからな!」
「……あ、あはは」
変な質問でも窮することなく答えてくれた安心感はあった。
それでも、多分、かなたのように感情的にはできないだろうとも思った。
「あ、そだ。次の試合さ、あいつのクラスと戦うんだよ。あれ、名前何だっけ、性格がカスのやつ。そうだ、水木原!」
「え……えぇ!?」
知らなかった。水木原とかなたの試合があるだなんて。
焦燥感が募る。
なぜか、ものすごく嫌な予感がしたから。
「あいつ、君とのバスケの試合にも出て、ドッチボールにも出るんだとよ。舐められたもんだぜ。任せておけ、私があいつのチームにぜってえ負けねえから。勝つから!」
かなたは倫太郎の心配も露知らず、やる気満々の顔を見せた。
「私に任せな!」
そうしてかなたは倫太郎に拳を合わせる。
「は……はい。で、でも……む、無理は、しないで、くださいね……」
「大丈夫だいじょーぶ! 無敵の回避能力があるからさ、私!」
願うならば、雫のクラスがそうであったように自分がかなたを守りたい。ドッチボールなら接触もないし、絶対防御の壁になれるのに、と倫太郎は歯軋りする。
それじゃ、クラスのとこ戻るわー! とかなたは倫太郎に手を振って別れた。
「……」
かなたがクラスの女子と合流し和気藹々と話す光景を遠くから見つめながら倫太郎は、なんとか頭をきりかえる。
かなたのことは心配だけど、でも結局自分ができることはない。
それよりも、次の試合のことだ。
かなたに元気をもらって、気力は回復できた。
水木原との試合は、予選最後の試合。
それまでにはなんとか1勝して、流れをつかんでおきたい。
「気に入らないやつを、ぶったおす……」
わんぱくなかなたの言葉が頭の中で反響する。
水木原は、気に入らないやつ、に該当する、と、思ってもいいかもしれない。
でも、それを深く考えてなかった。
考え込みすぎると、水木原に対する憎悪で、体がセーブできなくなるかもしれないから。
カッとなるかもしれないから。
だから努めて平静になろうと思った。
平常心、平常心と。
スポーツに対し、倫太郎は常に、冷静沈着であることを自分に強いていた。
水木原に対する思いは封印することにしていた。
感情は、抑えるのが当たり前だと思っていたから。
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